兵員輸送車が誠一の家に近づくにつれ、車内は徐々に緊張に包まれていく。
「……」
両手を組み、颯真が目を閉じて意識を集中させる。
今回、戦うのは【あのものたち】ではない。紅白戦のような試合でもない。
魂技を使っての対人戦闘を実際に行うことになる。
できれば戦闘に持ち込みたくないが、誠一を軟禁しているということは相手は徹流、そして靖の考えに賛同している人間ということ。
敵対するなら戦うしかない。勿論、不殺を貫くつもりではあるが万一のこともあるため「そうなってしまった場合」の覚悟を固めていく。
今まで多くの【あのものたち】の命を奪ってきた。それは殺さねば殺されるからだったが、それでも【あのものたち】を倒してきてなにも思わなかったかと言えば必ずしもそうではない。特に、裏の世界に迷い込んで以降の颯真の心には多少の申し訳なさがあった。いくら攻め込んでくる【あのものたち】が知性の低い個体であったとしても【タソガレ】の一体であることには違いない。もしかすると、こちら側に来なければごく普通の獣として生きることができたのではと考えるとそれを送り込んだミツキに対して怒りがわく。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。今は誠一を救出し、協力を仰ぎ、徹流と靖を止めなければいけない。
車が誠一の家の前に差し掛かる。
「どうする、どこかに車を停めて、いくつかのグループに分かれて侵入するか?」
淳史がタブレット端末を操作して何やら作業をしている卓実に声をかける。
「あー……」
卓実が頭を上げ、運転席に視線を投げる。
「正門にぶちかましてやれ!」
『はぁ!?』
卓実の言葉に、淳史と真が同時に声を上げた。
「ぶちかませ、って——」
「ああ、言葉通りだ、ピオニロミサイルだ!」
やったれ! と息まく卓実。おい待てやめろと止める淳史。
「ピオニロミサイルはコンビニに突っ込む車のことだろ! しかもアクセルとブレーキ間違えるやつ!」
いくらなんでも酷すぎる。確かにこの兵員輸送車は装甲もしっかりしているので誠一の家の正門くらいは軽くぶち破れるだろうが、だからと言って隠密を完全に捨てて突撃とは思い切りがよすぎる。
なんでえ、と卓実がタブレット端末の画面を淳史に突きつけた。
「今いるメンバー! 全員! 隠密能力ゼロ! こっそり侵入したところであっさりバレて各個撃破される。まぁ、颯真なら魂が視えない分隠密性能は高そうだがその颯真の戦闘スタイル見てみろ、
「……ひどい」
卓実が淳史に見せたのは今車に乗っている実行メンバーの各種能力値を数値化したグラフだった。
攻撃力や防御力、素早さや隠密などを七段階評価で評価し、状況に応じて作戦に投入するためのツールであったが、そこに記されたメンバー全員の「隠密」パラメータは軒並み低ランクのDからE。強いて言うなら颯真と冬希が少しマシな程度のCランクなくらいである。
こんなんでどうやってステルスするんだよ、マジでバーサーカーしか付いてきてねえじゃねえかと毒づき、卓実はいいから突っ込め、と運転手に指示を出した。
「ここからは俺たちと【ナイトウォッチ】上層部との全面戦争だ。どうせ神谷さんを連れ出した時点で上にはバレるしバーサーカーしかいないならド派手に宣戦布告した方が景気がいいってもんなんだよ!」
「……そう言う軍師キャラが一番バーサーカーだった……」
そう呟いたのは誰だろうか。
いずれにせよ、今のメンバーでは隠密行動が難しいということはデルタチームの隊長である淳史もよく分かっていることだった。卓実の言う通り颯真と冬希なら多少は気付かれずに侵入できるかもしれないが、万一見つかった場合誰よりも派手な戦闘をするのも目に見えている。
ええい、ままよと淳史は呟いた。
「中川の言う通りだ! もうどうでもいいから突っ込め!」
「! 了解!」
淳史の言葉なら仕方がない。
というよりも待っていましたとばかりに、運転手はアクセルを踏み込んだ。
道のど真ん中で急転回、機首を正門に向ける。
真っすぐ正門に突っ込む兵員輸送車。
直後、車はものの見事に誠一の家の正門を突き破り、庭に乗り込んだ。
正門から玄関までの石畳に乗り上げ、そのまま玄関の前に横付けする。
「行け!」
車の扉を開き、淳史が叫んだ。
『おおおおおおおおおおおお!!!!』
鬨の声を上げ、隊員たちが車を降りていく。
「な、何だ……!?」
まさか兵員輸送車が正門を突き破って乗り込んでくるとは誰も思わなかったのだろう、玄関周辺を巡回していた隊員が慌てふためき、魂技で強化されているアサルトライフルを車に向けるが、あまりにも遅すぎた。
「うらぁ!」
魂技を解放し、両手に光を宿した淳史がその拳で隊員たちを殴り倒す。
それを卓実が【
「南、瀬名、お前らは神谷を頼む!」
敵襲、と玄関に駆け寄ってくる隊員たちを相手にしながら淳史が颯真に声をかけた。
「ここは俺たちが引き受ける、お前らは神谷を連れてこい!」
「はい!」
刀を抜いて加勢しようとした颯真が頷き、冬希を見る。
「冬希!」
颯真の言葉に、冬希も頷く。
「急ごう、増援を呼ばれる前に神谷さんを救出して離脱しなければ!」
颯真がそう続けると、冬希はああ、と再び頷いて走り出す。
「颯真、軟禁されているということは自室にいるはず。急ごう」
こっちだ、と颯真を誘導する冬希。
刀を手に、二人は走り出した。
「あとはお願いします!」
「おう、任せとけ!」
卓実が銃を連射し、力強く頷いた。
外で轟音が響き、それから敷地内が蜂の巣をつついたような騒ぎとなったことで誠一は何かしらの異常事態が発生していることを悟った。
敵襲、という声やどうやら【ナイトウォッチ】の隊員らしい、という声にどうやら徹流の方針が気に食わない誰かがクーデターを起こしたらしい、と判断するが、同時にどうしてここに、という考えも浮かび上がる。
ここに徹流はいない。そもそも【ナイトウォッチ】の本部ですらないこの屋敷に乗り込んだところで得られるものは何もないはず。
それなのにどうしてこんな騒ぎになっている、と考え、誠一はすぐに気が付いた。
——目的は私か。
それなら合点がいく。徹流の「【タソガレ】を滅ぼす」という発言に反発し、軟禁されたのは事実だ。話の詳細を知っているかは別として、誠一が軟禁されたという話は【ナイトウォッチ】のそれなりの立場にいる人間なら誰しも知っていることで、それに対して徹流に反感を抱いたならクーデターという単語にも納得できる。
この家に乗り込んできた誰かは自分を目的としている、そう悟った誠一の決断は早かった。
立ち上がり、クローゼットを開け、その奥に立てかけていた刀を手に取る。
【ナイトウォッチ】の制式品であるカーボンファイバー製のものではなく、個人所有の
本来なら強盗が押し掛けたときに脅すために使うようなものだが、この刀が今ここで必要な装備だと、誠一は考えていた。それも侵入者に振るうためのものではない、振るうべきは今自分を軟禁している徹流の部下に対してだ。
扉を開ける。外部との連絡を絶たれているだけなので鍵を掛けられたりはしていないが、それでも廊下には二人の隊員が見張りとして立っていて、廊下に出た誠一を見とがめる。
「どこに行くんですか。今、ここは襲撃されていて危険です」
「いや、私は行くよ。
その言葉に、見張りの隊員たちもすぐに気付く。
襲撃者の目的は誠一だ。誠一にもそれに気づいて行くと言っているのだ、と。
「いけません! 行かせるわけにはいきません!」
「そう言われてはいそうですかと指示に従う気は私にもなくてね!」
誠一が刀を抜く。その刃の鋭い光に隊員たちが怯む。
しかし、そこで怖気付くほど隊員たちも弱くはなかった。
「行かせないと言っている! 部屋に戻ってください!」
見張りの二人もアサルトライフルを構えようとするが、この距離で銃器は不利だとすぐに判断、肩から胸の前に垂らすように装備していたカーボンファイバー製のコンバットナイフを抜く。
相手は日本刀を抜いているが、こちらの装備も耐刃性能が高いカーボンファイバーとアラミド繊維混合の戦闘服、まともに突きや斬撃を受けなければダメージは最低限で済ませられるし、第一【ナイトウォッチ】といえど人間を殺害する権限はない。そんなことをすれば殺人者として普通に処罰される。
だからこそ誠一の日本刀ははったりだと二人は判断し、誠一を抑えるべく床を蹴った。
「甘い!」
誠一が刀を握り、二人に向けて容赦なく振るう。
刀とコンバットナイフがぶつかり、そしてコンバットナイフの刃が砕け散る。
「——っ!」
いくら魂技で強化したとしても、素材としての弱点を突かれれば脆いのがカーボンファイバーとしての欠点。対し、誠一は居合の心得もあるのか的確に相手の武器だけを打ち砕いていく。
「くそ——っ!」
【
だが、二人の弾幕をものともせず、誠一は二人に向かって真っすぐ突っ込んだ。
二人も分かっている、いくら実弾でも魂技による身体強化は、ましてや原型チップを埋め込んだ誠一に傷をつけることはできない、と。それでも被弾の痛みは変わらないのでそれで怯ませようとしたのだが、誠一はまるで痛覚などないかのように突き進む。
「はぁっ!」
鋭い気合の一声。
振り下ろされた刀が二人を斬り伏せる。
「ぐ——」
身体強化で上半身と下半身が泣き別れするという事態には至らなかったが、二人はその場に倒れ伏し、苦しげに呻いた。
「安心しろ、峰打ちだ」
流石の私も人殺しなんてしないよ、と言い残し、誠一が歩き出す。
『——神谷さん!』
その誠一に、二つの声が投げかけられる。
「神谷さん、無事ですか!?」
その声と共に駆け寄ってきたのは——誠一の予想通りの二人だった。
「颯真君、冬樹君、やはり君たちか」
誠一が苦笑し、刀を鞘に納める。
「神谷さん、お迎えに上がりました。叢雲新司令と井上総理の野望を阻止する手伝いを、お願いします」
颯真がちら、と誠一の背後で苦しげに呻く二人の隊員を見て、そう言った。