「鏑木隊長……」
近づいて来る淳史に、颯真が身構える。
「なんだよ、なに警戒してるんだ。俺は別にお前の敵じゃない」
そう言いながら隣のテーブルに座る淳史。
「正直、俺は叢雲新司令はいけ好かねえ。あいつ、『夜を取り戻す』とか偉そうなこと言いつつも【ナイトウォッチ】内で上に立つことばかり考えていた野心家でな。そりゃあ司令官の椅子は気持ちいいだろうよ」
淳史のテーブルに、ついてきた隊員がコーヒーの紙コップを置きながら座っていく。
「お、気が利くな。別によかったのに」
「いや、自分が飲みたかっただけです。それに話をするうえで水分補給は大切なので」
しれっと答え、コーヒーを飲み始める隊員。それを尻目に、淳史は颯真たちに視線を投げた。
「まぁ、デルタチームの隊長である俺がお前らを止めずに一枚噛ませろとか言ったらそりゃー警戒もするわな。だが信じてくれ、俺は叢雲新司令の話には同意しかねる。【タソガレ】の殲滅は【ナイトウォッチ】の仕事じゃねえだろうに」
「……夜を取り戻すためには殲滅も必要かとは思われますが」
努めて冷静に冬希が指摘する。
その声に「バーサーカーがなんか言っとる」という顔になる卓実と真。
あぁ? と淳史が声を上げた。
「そもそも【ナイトウォッチ】の仕事は人々を【あのものたち】から守ることだろうが。【あのものたち】が攻撃してこなければ俺たちの仕事はない」
そう言い、淳史は颯真を見た。
「おい南、」
「はい」
「プロジェクト【アンダーワールド】含めて大体の話は立ち聞きさせてもらった。それを踏まえて、お前は人類も【タソガレ】も両方守りたいって言うんだな?」
淳史の確認。
はい、と颯真は即答した。
「僕は人間も【タソガレ】も等しく幸せになるべきだと思っています。まだ、その道は見えないけどその道はあると思っています。だから」
【タソガレ】を殲滅させようとする叢雲新司令や井上総理の言葉には賛同できません、と颯真は続けた。
それを聞いて淳史も安心したのだろう、それなら、と大きく頷く。
「だったら善は急げだ。行くぞ」
紙コップのコーヒーを一息に飲み干し、淳史が立ち上がる。
「えっ」
淳史が一枚噛ませろ、と自分に賛同してくれたのは理解していたが、颯真は事態が完全に飲み込めずに硬直する。
そもそも話が早すぎる。まるで淳史も【ナイトウォッチ】本部に対して何らかの反感を持っていたかのようなその言動に不安を覚える。
実は同じことを考えていたのが自分たちだけではなかった、ということかもしれないがそう簡単に手を組めるほど信頼関係は築けていないはずだ。
それなのに行くぞと声をかけてきた淳史に、颯真は困惑した目で見上げるしかできなかった。
「こういうのは先手必勝なんだよ。政府側が兵隊を募った場合、俺たちに打てる手は限られてくるぞ」
政府が動く前に動き、徹流と靖を叩く。淳史はそう言っている。
確かにことが大きくなってからでは収拾させるのは難しい。それこそ全面戦争になってからだと人類と【タソガレ】の共存は夢のまた夢になってしまう。
「分かりました」
大きく頷き、颯真は立ち上がった。それに続いて冬希、卓実、真も立ち上がる。
「それで、どうすれば」
デルタチームの隊長である淳史が加わるなら、その指示に従った方がいいだろう。
そう思って確認した颯真だったが、淳史は勿論、と頷いた。
「今回の作戦の立案者は南だろうが。お前が指揮を執れ。俺はあくまでもお前の補佐だ」
そう言い、淳史が颯真の肩を叩く。
「まぁ、それでも俺から進言できることがあるとすれば——お前らが話していた通り、まずは神谷の救出だ。実はさっき情報が入って、神谷も自宅に軟禁されているらしい。まず神谷を救出、協力を仰ぐ。それから【ナイトウォッチ】本部に行って叢雲新司令の拘束、それから井上総理の計画の公表だ。少なくとも裏の世界の資源を狙っていると全世界に公表してしまえば日本が独断専行することはできなくなる」
「神谷さんが——」
淳史の言葉に、冬希が声を上げる。
それは颯真も同じだった。
やはり、誠一はプロジェクトの全容を知らなかった。恐らくは靖が独断で動けると判断し、先手を打って誠一の動きを封じた。軟禁ということは誠一は抵抗らしい抵抗をしなかったということだろうが、それは何か思惑があってのことだろうか。
「とりあえず、今のメンバーは俺を含めて八人か。意外と集まったな」
食堂で話し合っていたのは颯真たち四人と淳史と淳史が連れてきた三人の計八人。
淳史が、自分が連れてきた三人を見ると三人はサムズアップして笑ってみせた。
「俺たちはいつでも行けますよ! あの叢雲をぶちのめせるならどこへでも!」
「……うわ、血の気多い奴ばっか……」
隊員の意気込みにいささか引きながらも卓実が呟き、それなら、と両手を合わせた。
「こんだけバーサーカーが多ければ作戦の立てようもあるってもんだ。隊長が颯真に指揮を執れって言うなら俺はそれに合わせるぞ。先輩だろうが何だろうが知るか、俺に協力しろよ」
「勿論だ。【ナイトウォッチ】稀代の立案能力、見せてみろ」
半ば挑発にも似た淳史の言葉。
あたぼうよ、と卓実も返した。
「鏑木隊長、俺だって頼られたらいつも以上に頑張るってものです」
「期待してるぞ」
そんな会話を交わしながら、一同が食堂を出て一度解散する。
数分後、宿舎の前には一台の兵員輸送車が横付けされ、そこに希望者——先ほどの淳史含めた四人どころではない数である——が乗り込んでいた。
「なんだ、お前らもついてくるのかよ」
デルタチームのほぼ全員が揃ったことに淳史が苦笑する。
「そりゃあ、鏑木隊長とデルタチームきってのバーサーカーだけじゃ不安で不安で」
あ、一応定時報告とかトラブル対応のために何人か残しておきましたから、と返答するメンバーに颯真は頼もしさを覚えた。
これならきっと神谷さんも救出できるし井上総理の野望も阻止できる、そう考え拳を握る。
思っていた以上に、颯真に味方する人間は多かった。もしかすると、【ナイトウォッチ】全体でも多くの隊員があの決定に不満を持っていたのかもしれない。勿論、【タソガレ】は敵だ、排除すべきだと思っている隊員も多いだろう。それでも、こうやって共に戦ってくれる仲間が少なからずいるというだけで心強かった。賛同する人間がいなくても誠一のもとに駆け付けるつもりではあったが、それでも孤独感や自分が間違っているかもしれないという不安は大きい。それがこうやってついてきてくれる人間がいるだけで吹き飛んでしまうのだから現金なものだ、と颯真の口元から苦笑がこぼれる。
「冬希、君はこれでよかったの?」
ふと、気になって颯真は冬希に尋ねた。
冬希が一瞬えっといった顔になるがすぐに口元を引き締め、力強く頷く。
「もし、君が間違っていたら私は君をぶちのめしてでも止めていた。それをしていないというのが答えだよ」
「冬希……」
「君、本当にバーサーカーだよね」という言葉を飲み込み、颯真が冬希を見る。
「冬希が付いてきてくれて心強いよ。僕一人だったらきっと途中で心が折れていたと思う」
そう言い、そっと冬希の手を握る。
「ありがとう。付いてきてくれて」
「礼を言われるようなことはしていない。それよりも、こんな昼間から動いているのだからきっと怪しまれる。いいのか?」
冬希の言葉に颯真が時計を確認する。
時間はまだ外出禁止の時間には届かない、夕方。日の入りにも届いていない時間で、外はまだ明るい。
そんな時間にある程度の装甲が施された兵員輸送車を走らせれば街中でも目立つ。
とはいえ東京二十三区内にも自衛隊の施設はあるので【ナイトウォッチ】の装甲車が走ったところで「自衛隊で何かあったのか」と思われるのが関の山だろう、と考え直す。
それよりも今は誠一の安否が気になる。軟禁されているからと言って安心できない。
無事でいてください、と祈りつつ、颯真は淳史と話しながら作戦を立てている卓実を見た。