颯真の説明が一通り終わったところで卓実がはぁ、とため息をつく。
「真っ黒じゃねえか」
卓実の言葉に冬希も真もうんうんと頷く。
「総理大臣がプロジェクト【アンダーワールド】を立ち上げた、それでいて八坂司令を更迭して叢雲新司令を据えたってことは【ナイトウォッチ】を私物化する気満々だぞこれ」
「あと、総理大臣が計画を立てた、ということは他のメンバーに真意を伏せて密かに本来の計画を進めていた可能性がある。颯真が裏の世界から帰ってきたことでデータも揃い、計画自体を伏せる必要がなくなったから行動に移した、ということか……」
真と冬希の考察に、颯真もそうだね、と頷いた。
颯真がプロジェクトの話を聞いたのは誠一からだ。しかし、誠一はあくまでも「夜を取り戻すため」のプロジェクトだとして説明していた。つまり、誠一もプロジェクトに関わる人間ではあるが中心人物ではない。もしかすると和樹もそうだった可能性はある。
「——神谷さんが危ない」
空になった紙コップを握り潰し、颯真が絞り出すように呟いた。
「それは、どういう——」
不思議そうに冬希が尋ねる。いや、颯真が何を言わんとしているかはなんとなく想像がついていた。
冬希も誠一が原型チップを埋め込んでいるという話は知っている。本人が早い段階で「私が埋め込んでいるチップは君たちのものとは少し違う」と話していたから【ナイトウォッチ】のエースは違うんだ、と思っていた。
だが、もしそれが単純にエースだから原型チップを埋め込まれた、というのではなくプロジェクト【アンダーワールド】に関わっていたから埋め込まれた、というものであったなら。
「もしかして颯真、神谷さんが原型チップを埋め込まれたのは」
冬希がそう言うと、颯真は「多分」と頷いた。
「原型チップはあまりにも強すぎてよほど強い魂を持っていないとチップに食い殺されるとか言われてたんだ。僕に埋め込まれたチップもその原型チップの一つなんだけど、僕の場合は確実にプロジェクトの鍵となるべく埋め込まれた。神谷さんもきっとその強さと父さんを知る人間ということを買われてプロジェクトに——」
「だとしたら急いだほうがいいんじゃねえか? 相手は八坂司令を無理やり更迭した奴だぞ? 神谷さんも従わないとなったら排除くらい」
卓実も、いや、この場にいる全員が新人時代に誠一によって鍛えられた。その間の交流から誠一がどのような人物かは把握している。
誠一がこのような決定を受け入れるとは思えない。そうなると徹流は誠一の排除を図るだろう。勿論、原型チップ一号を埋め込まれた誠一が無抵抗に拘束されるとは思えない。だが、いくら誠一であっても何人もの【ナイトウォッチ】隊員を相手に立ち回れるとは思えないし、敵が【あのものたち】ではなく人間であるなら不殺を貫くはずだ。それが仇となって拘束されるのは容易に想像できる。
どうする、と、颯真は三人の顔を見た。
「……僕は、神谷さんを助けに行きたいと思ってる」
「それが何を意味するのか分かっているのか」
颯真の言葉に、真が思い直せと言わんばかりに口を開く。
勿論、と颯真は頷いた。
「捕まれば反逆者として拘束されるし【ナイトウォッチ】としての権限も剥奪される。多分チップも無効化されるだろうし、そうなったら僕はただの人間だ。だけど——叢雲新司令、いや、井上総理の思い通りにしちゃいけないって思ってる」
「だが、お前一人で覆せると思っていたら自惚れにも程があるぞ」
真の鋭い指摘が颯真に刺さる。
分かってる、と颯真も頷いた。
「分かってる、僕一人じゃ何もできない」
「だったら——」
「僕に力を貸してほしい」
諦めろ、と言おうとした真を遮り、颯真はきっぱりと言い切った。
「僕には可能性があるとか力があるとか散々言われてきたけど、僕なんて結局のところただの子供なんだ。僕の中の力も大人たちが自分の都合で埋め込んだものだ。だけど、だからと言って大人が間違ったことをしているのを黙って見ているなんてできない。僕の敵は【タソガレ】じゃない、人も【タソガレ】も不必要に傷つける悪い奴らだ。だから、僕は叢雲新司令と井上総理に喧嘩を売ろうと思う」
「マジか」
颯真の決断に、卓実が思わず声を上げた。
卓実も徹流の演説は気に食わなかった。しかし、そこに総理大臣が、そして政府が絡んでいるとなるとあまりにも敵が大きすぎて太刀打ち以前の問題だと思っていた。自分程度が歯向かったところですぐに鎮圧され、全ての権限を奪われた挙句に人生が終わる。徹流の決定は理不尽ながらも受け入れるしかないかと思い始めていたところだった。
それなのに、颯真は頑として受け入れないという姿勢を見せた。日本という国家を敵に回してでも靖の計画を阻止したい、と言う。
無茶だ、と卓実は心の中で颯真に言う。
そんなことをすればお前の人生が終わるぞ、と。
それは真も同じだった。
卓実と違って先に颯真を止めようと言葉を発したのは真もまた敵が大きすぎることを理解していたからだ。卓実よりも先に説得に入ったのは止めることによって颯真に恨まれるという可能性を卓実に背負わせたくなかったからだ。
しかし、颯真はそんな真の言葉にも卓実の呟きにも考えを覆さなかった。
「僕一人では何もできないけど、皆がいたらもしかすると井上総理を止められるかもしれない。どうしても駄目だというなら僕一人でも——」
「私は行く」
颯真と真のやり取りを黙って聞いていた冬希が、突然口を開いた。
「瀬名!」
本気か、と卓実が声を上げる。
「ああ、私は本気だ。颯真が正しいと思ったなら、私はそれについていく。勿論、颯真が間違っているなら殴ってでも止める」
「……バーサーカー……」
冬希の言葉に、真が思わず呟く。
「誰がバーサーカーだ! とにかく、私は颯真についていく。私は『夜を取り戻すため』に戦っているのであって、『資源を奪うため』に戦っているわけではないから」
「冬希……」
颯真が冬希を見る。
冬希が小さく頷き、颯真の手に自分の手を重ねる。
「どうせお父さんが逮捕されて、疑いは晴れたものの一度は反逆者扱いされた私だ。何を今更」
「うわぁ、危なっかしくて見てらんねえ」
額に手を当て、卓実がため息をついた。
「しゃーねーな、俺も手伝うよ。お前ら二人だけじゃ作戦も何もないだろ」
「え、総理官邸に乗り込んで井上総理を拘束すれば勝ちだろう?」
卓実の指摘に、あっけらかんと答える冬希。
その瞬間、颯真と卓実は顔を見合わせた。
「……颯真……。瀬名って……ほんと……」
「……バーサーカーだった……」
流石の颯真もこれはひどい、と思った。
常に冷静で、目の前の敵を的確に排除していた冬希がまさかの「目の前に敵がいたからぶっ飛ばした」だけという事実。
学校の成績は常にトップなのに立案能力に関してはあまりにも作戦(物理)すぎて言葉が出ない。
これはもしかして自分がいないと大変なことになる……? と卓実は恐怖した。
最悪の場合、総理官邸が無事で済まないかもしれない。
ええい、ままよ、と卓実も意を決することにした。
手伝うとは言ったが、生半可な覚悟では二人が危険人物になるだけ。それなら新人チームの軍師キャラと言われていた自分が一肌脱ぐしかない。
「いいかお前ら、俺は戦闘員としてはお前らの半分も力はない。だが、少なくとも立案能力だけはお前らの十倍くらいあると思ってる。だから——俺の指示に従えよ?」
「井上総理を止められるなら、従う」
「私も同じく」
颯真と冬希が頷く。
卓実はそれに頷き、真を見た。
「ってなわけで俺もクーデター組に入ったんだが」
「……はぁ」
真が盛大にため息をつく。
「仕方ないな、俺も協力しよう。と言いたいが、俺は元々協力するつもりだった。一応は止めはしたがこういう時、一度は誰かが止めないと話がこじれるだろう」
「うわ、真が珍しく真っ当なこと言ってやがる」
これは明日槍が降るか? などと冗談めかして言いながら卓実は両手をパン、と叩いた。
「話はまとまったな」
颯真、冬希、真の三人が再び頷く。
「まずは神谷さんの安否確認、叢雲新司令に同意できないなら協力を仰ぐ。それから首相官邸に乗り込んで井上総理を拘束だ。異論は?」
卓実の質問に、三人は首を横に振る。
「だったら善は急げだ。先のことは分からんが、とりあえず今は裏の世界への侵攻計画を阻止する。作戦名は——」
「【ナイトウォッチ・アンダーワールド】」
その言葉は食堂の入り口から響いた。
四人が驚いたように入り口を見る。
そこには何人かの部下を引き連れた淳史が立っていた。
「お前ら、面白そうなことを企んでるようじゃないか。俺たちにも一枚噛ませろ」
そう言い、淳史は颯真たちが座るテーブルに近づいてきた。