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第86話「よるにまどう」

「やっぱおかしくね?」


 徹流の就任演説が終了し、解散となったブリーフィングルームで、颯真は卓実にそう声をかけられた。


「……卓実君……」


 【ナイトウォッチ】の軍師キャラとして認識されている卓実がこんなことを言い出すとは、主語がなくても分かる。徹流の言葉に対してだ。

 並んで立つ颯真と冬希の前に卓実と真が立ち、「少し話に付き合え」と誘ってくる。

 断る理由もなく、颯真は頷き、四人は食堂へと向かった。


 それぞれ思い思いの飲み物を手にテーブルにつき、四人は顔を見合わせた。


「当事者として、颯真はどう思ってるんだ?」

「当事者って……僕はただ深追いして裏の世界に落ちただけだ。色々幸運があって戻ってこれただけで」


 アキトシに助けられなければいまだに戻ってこれなかったどころか死んでいたかもしれない、という事実を加味して颯真が苦笑する。


「ただ……確かに、僕は【タソガレ】の生活を垣間見た。それで【タソガレ】も共存できないか、できないとしても互いに干渉せず生きられないかって考えている。だから——叢雲新司令の言葉には共感できない」

「それは俺らも同じだぜ? な、真?」


 卓実が隣に座る真を見る。真もああ、と頷き颯真を見る。


「俺はお前の言葉が真実だという前提でそう判断している。お前が見たものがお前を惑わせるものだという可能性はないのか?」


 静かだが、それでも力を含んだ言葉に颯真は一瞬呆気にとられる。

 確かに、あの時アキトシがあの街に呼びかけて颯真に偽りを見せたという可能性は否めない。真が慎重になるのも無理はない、とも思う。


 しかし、颯真の中には確信があった。

 あれは颯真を惑わせるためのものではない。その根拠として——。


「もし、アキトシさんが僕を惑わせるならそもそも僕をこちら側に返すのではなく【タソガレ】に協力するよう話を運ぶはずだ。実際、僕はこの世界に戻ってきたし【タソガレ】と手を取り合えればいいとは思うけど人類に危害を加えるなら僕だって許さない。もし僕を手駒にしたいならそんな制御できない状態で手放すとも思えないから、アキトシさんは人類に対して嘘をついていないし僕を利用しようとも思っていないはずだ」

「——なるほど」


 颯真の言葉に、卓実と真が納得したように頷く。

 颯真の言葉には一理ある。卓実がそのアキトシの立場だとして、颯真を利用したいと思ったならどうしただろう、と考え、すぐに理解する。


 颯真を利用したいならまず信用を勝ち取ること、その上で「人類が敵である」という根拠を植え付けるだろう。そして、颯真が絶望したところで「自分なら絶対に裏切らない」と手を差し伸べる。


 それは実際にミツキが行おうとしたことだったが、颯真がそれに乗らなかったのは単純に颯真はミツキを信用していなかったからだ。いや、それだけではなく、颯真は颯真自身の意志で善悪を判断し、結論を出した。そんな人間を外部の存在が制御するなど不可能に等しい。


 それなら颯真が見聞きしたことも、アキトシのことも全て真実だろう。

 そう考え、卓実は改めて徹流の言葉を思い返した。


 「【タソガレ】を滅する」という徹流の発言。それは颯真の言葉を聞いていたらそう簡単には出てこないはずだ。それなのに【タソガレ】を滅ぼす決定を下した意図が気になる。

 裏の世界に攻め込む、【タソガレ】を滅ぼす。


 いや待て、と卓実は考え直す。

 裏の世界に攻め込むための兵士を募る、と徹流は言っていた。しかし、単純に【タソガレ】を滅ぼすだけならそれこそ通路を開いてそこに核を撃ち込めば済む話ではないだろうか。少なくとも卓実ならそう立案する。確かに自分たちの住むこの表の世界と裏の世界は連動するところがあるというが、裏の世界に核を撃ったからと言って表の世界まで核汚染されることはないはずだ。連動しているのはあくまでも「表の世界に咲く花が裏の世界でも咲く」程度であって物質の組成は別物だし、住まう生命も基本的に違う。大気組成は颯真が生きていることから表と裏、両方の世界でほぼ同じようだし、核も同じように機能するだろう。


 それなのにその選択肢を選ばなかったということは単純に核発射の権限がないからか、と考え、卓実は違う、と否定する。


 裏の世界への進出は恐らく日本独自の決定ではない。【タソガレ】を滅ぼすには日本の勢力だけでは不足している。そう考えると世界規模で攻撃を考えているはずだ。


 それなら日本以外の核保有国が核を撃つことを打診するはずだが、そうなる前に軍隊による制圧を図ったのは何故だ。

 自分ならどう考えて核を撃たないと決定する? と卓実が思考を巡らせる。表の世界に影響が出ないなら核を数発撃ちこむだけで【タソガレ】は絶滅するはず。それとも、【タソガレ】は放射線に強いという特性があるのか。いや、いくら【タソガレ】が放射線に強くても生活圏を完全に破壊されれば生き残ることは難しい。少なくとも裏の世界を灼き尽くせるほどの核をこの世界は所持している。それなら——。


「……人類側は裏の世界に『何かがある』と思っているのか……?」


 思わず、考えが口を突いて出た。

 卓実の言葉に、真、颯真、冬希の視線が卓実に集中する。


「卓実、それって——」

「颯真は裏の世界に行ったから見てるだろ。裏の世界にはこの世界にはないものがあるんじゃないか?」


 言われて、颯真も考える。

 自分が裏の世界で見たもの——それは大小さまざまな【タソガレ】だったかもしれないが、それ以上に光る石や人類の科学力を上回る科学技術がそこにあった。


「……まさか、叢雲新司令は裏の世界の資源や技術を——?」


 颯真が口を開くより先に、冬希がそう呟いていた。

 多分な、と卓実が頷く。


「ここからは俺の勝手な推測だ。叢雲新司令は裏の世界に未知の資源があると踏んだ。もしかすると颯真が得た情報を捻じ曲げて世界各国に伝えている可能性もある。裏の世界への通路が開ける話が嘘じゃないとしたらそこから兵隊を送り込んで【タソガレ】を殲滅、日本はめでたく裏の世界の資源を独占できる——と考えると辻褄は合う。そもそもただ【タソガレ】を殲滅したいなら核を数発撃ち込めば済む話なんだ、他の国がそれを言わないことを考えると叢雲新司令が各国を止めた可能性もある。『核を撃てば表の世界にも影響が出るからやめろ』とな。実際は核汚染を避けて安全に資源を回収したいんじゃないか?」

「なるほど」


 ここに参謀キャラがいて助かった、と思いつつも颯真は納得したように呟いた。

 とはいえ、【タソガレ】側も重篤なエネルギー問題を抱えていることを颯真は知っていた。そう考えると裏の世界には資源となるようなものはないのではと思うが、実際のところ資源とはエネルギーだけを指すものではないし、もしかすると【タソガレ】が気づいていないエネルギー資源が存在する可能性もある。いずれにせよ、核攻撃しない理由として裏の世界にある未知の資源を狙っている、ということは十分に考えられる。


「——で、ここで出てくるのは日本政府がどこまで裏の世界を把握しているか、だ。他の国に核攻撃させないことを考えると裏の世界に未知の資源があると考えているのはほぼほぼ確定。資源を独占したいと考えているのも理解できる。なんだかんだ言って日本も技術大国であり続けたいだろうからな。そこで日本でしか扱えない資源なんてものが出てきたらそりゃー市場独占できるし日本からすればメリットしかない話だ……と言いたいが、本当にそうなると思うか?」


 卓実の問いかけに颯真と冬希が顔を見合わせる。

 本当に日本にとってメリットしかない話か? その疑問に颯真はNoと考える。


 そんなにも甘い話であるはずがない。それこそ、日本の資源を妬んだ他国が攻め入る可能性も高い。その他国の侵略を跳ね除けられるほど自衛隊が万能とも思えない。そうなると裏の世界の資源をめぐっての世界大戦勃発だろう。そうなれば——それこそ、日本に再び核が落とされる可能性も出てくる。


「駄目だ」


 がたん、と立ち上がり、颯真が声を上げる。


「プロジェクト【アンダーワールド】の真意が裏の世界の資源だなんて、そんなの、僕が認めない!」

「ちょっと待て落ち着け颯真!」


 立ち上がった颯真を卓実が慌てて止める。


「落ち着け、お前が一人反対したところで何も変わらないし、むしろ反逆者として拘束されるぞ!」

「でも——」

「いいか颯真、今お前が拘束されるのは得策じゃない。【ナイトウォッチ】の権限を剥奪されてもお前は戦えるっていうのか?」


 卓実が止めたことで、冬希も颯真の腕を掴んで座らせようとする。

 でも、と再び声を上げた颯真に、卓実は落ち着いた声で説明した。


「今、俺たちに必要なのは情報だ。颯真、お前今『プロジェクト【アンダーワールド】』とか口走ったな。教えろ、そのプロジェクトについて」


 その声があまりにも落ち着いていて、颯真の頭も一瞬で冷える。


——そうだ、今は僕が知り得る情報を共有した方がいい。


「分かった。説明する」


 椅子に座りなおし、颯真は口を開いた。


「プロジェクト【アンダーワールド】——それは父さんも関わってた『夜を取り戻す』ためのプロジェクト……。提案者は、井上靖……今の総理大臣だ」

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