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第85話「よるにせんげんする」

 しんと静まり返った夜の街。

 そこに颯真と冬希がそれぞれの刀を手に並んで立つ。


「やっぱりあの二人が揃ってこそなんだよな」

「ああ、瀬名を止められるのは南しかいないからな」


 そんな声がどこかから聞こえてきて、颯真は思わず冬希を見た。


「……冬希?」


 その瞬間、冬希が真っ赤になって顔を逸らす。


「べ、別に突っ走って鏑木隊長に殴られたとかそんなことはないから!」

「……殴られたんだ」


 颯真としては何故か納得できる話だった。

 颯真と冬希、この二人は周りの制止を振り切って独断専行することが多い。流石に隊の秩序を乱すレベルのことはしないが、それでも一歩間違えれば大怪我間違いなしという戦いをしてしまう。


 それがそうならずに済んでいたのはひとえに二人が互いを無意識のうちにカバーしていたからだが、颯真が事情聴取を受けている間に先行して復帰した冬希は一人で危ないところまで突っ走ってしまったのだろう。その結果が淳史の鉄拳なら颯真も「女の子に手を出すなんて」と憤る前に「冬希、それはやりすぎ」と言えるものである。


 いずれにせよ、颯真がいない間の冬希は他の隊員の手に負えなかったらしい、と改めて知り、颯真は肘で冬希の肘をつん、と小突いた。


「冬希、僕はもう大丈夫だから」

「ああ、これからは私が必ず守る」


 刀を強く握りしめ、冬希が宣言する。


「そこ、任務中にイチャイチャすんな!」


 離れた所から野次が飛んでくるが、二人は気にしない。


『【解放Release】』


 二人の声が重なる。

 二人を金色の光と蒼白い光が包み、触れ合った部分がちかり、とひときわ強い光を放ち散っていった。



◆◇◆  ◆◇◆



 和樹が拘束された、という報せを受けてからの数日は多少ピリピリした空気が漂っていたものの【ナイトウォッチ】全体は比較的平和に過ぎていた。

 状況を把握するにはあまりにも情報が少なく、誠一からも「彼が拘束されるとは……」という声が上がっていたため誠一自身も詳しい状況を把握していない、と颯真は判断していた。


 そんな中、【ナイトウォッチ】に新たな長官が就任すると連絡が届き、颯真たちはブリーフィングルームに集まることとなった。

 ブリーフィングルームのスクリーンに一人の男が映し出される。


『私は叢雲むらくも徹流とおる。この度更迭された八坂和樹元指令に代わり【ナイトウォッチ】の長官として就任することになった』


 叢雲徹流と名乗った男はカメラ越しに隊員全員を見るかのように視線を巡らせる。

 何故か、その視線と目が合ったような気がして颯真は背筋にぞくりと冷たいものが走った錯覚を覚えた。

 自意識過剰かもしれないが、徹流は自分を探している、そう、何故か感じてしまう。


『一人の隊員が裏の世界に行き、戻ってきたことでデータが集まった。これから、【ナイトウォッチ】も攻撃の態勢を整えることになった』


 ざわ、とどよめくブリーフィングルーム。

 その中の視線のいくつかが颯真に投げられる。

 颯真が今ここにいるデルタチームは全員颯真が裏の世界に迷い込み、そして帰還したことは知っている。颯真が裏の世界で何を見たかもほとんどの隊員が土産話感覚で聞きに来たから知っている。


 だからこそ徹流の言葉も「そう来たか」程度のざわめきだったが、もしかすると他の隊はそれで済んでいないかもしれない。


『今まで人類は【あのものたち】——【タソガレ】に苦汁を味わさせられてきた。だが、この世界は我々人類のものだ。【あのものたち】に奪われていいものではないし、人類こそが生き残るべき種である』

「な——」


 颯真のかすれた声が口から漏れる。

 それは徹流の選択なのか。【タソガレ】とは徹底的に戦うというつもりなのか。

 事情聴取の際に颯真は何度も説明した。【タソガレ】にも【タソガレ】としての文明や文化があり、それは尊重されるべきだ、と。それを聞いた上で、【タソガレ】と戦うつもりなのか。


 勿論、颯真も人類に仇なす【タソガレ】とは戦うつもりである。だが、同時に【タソガレ】に仇なす人類も敵だと思っている。

 話はまだ途中だが、これでは徹流は颯真にとっての「敵」となってしまう。


『【あのものたち】にも生活があるという報告は受けている。しかし、文明を築いていて人類に牙を剥くのならそれはただの蛮族だ。これは、【あのものたち】との戦争となる。こうなったら人類か【タソガレ】どちらかしか生き残れない。そして、そうなった場合生き残るべきは人類だ』


 人類の代表がまさか「生き残るべきは【タソガレ】」と言うことはないだろう。だから、徹流の発言が間違っているとは思わない。ただ、颯真と意見が合わないだけだ。

 それでも、どうして共存の道を考えなかったのだろうか。


『人類側も裏の世界への通路を開く。データが集まったことで近日中にそれが実行できるようになる。そうなれば【ナイトウォッチ】はじめ人類軍は裏の世界に攻め込み、【タソガレ】を滅する』

「っ」


 颯真の隣で冬希が息を呑む。


『人類が【タソガレ】を滅すれば【夜禁法】はもう不要になる。人類に夜が戻ってくる! 【ナイトウォッチ】はこの事実を全人類に公表し、そして兵士を募る』


 再びざわめく室内。

 颯真も声は出さなかったが心は揺れていた。


 どうすればいい。


 徹流は本気で【タソガレ】を滅ぼそうと考えている。

 確かに【タソガレ】を滅ぼしてしまえば、人類は魂を奪われることもないし夜を取り戻すことができる。颯真が考える「人類と【タソガレ】が共存する」未来に比べて確実に人類「は」生き残ることができるだろう。


 だが、本当にそれでいいのか、という思いが颯真の胸を締め付ける。

 これでは【タソガレ】の未来が奪われてしまう。【タソガレ】が築き上げた文明が消えてしまう。


 いや——徹流が「通路を開く」と言ったことを考えると人類が裏の世界に進出することが可能となる。つまり、それは人類による裏の世界への侵略を意味する。


 そこでもしかして、と颯真は考えた。

 人類の目的は本当に【タソガレ】の殲滅なのか、と。

 「通路を開く」ことができるのであればその逆、「通路を閉じる」ことも可能なはず。


 それなら通路を完全に閉ざして【タソガレ】の侵入を食い止めることができるし、それを抜けて侵入してきた【タソガレ】くらいなら今の【ナイトウォッチ】でも簡単に排除できるだろう。それくらいなら【夜禁法】が廃止されて夜を取り戻しても人々が【あのものたち】を恐れる必要はない。


 むしろ通路を開いて【タソガレ】と全面戦争を行おうと考えた徹流の意図が分からない。

 まるで、裏の世界に人類は進出すべきだと言わんばかりの計画に、途轍もない不安が颯真を襲う。

 新司令は何を考えているのだ。そして、自分は開けてはいけない扉を開いてしまったのか、と。


 颯真が裏の世界に迷い込み、【タソガレ】を知らなければこのような決断に至ることはなかっただろう。いや、もしかすると前司令和樹なら別の策を考えたかもしれない。

 和樹が拘束され、徹流が新たな司令官として配属されて初めて発表された「裏の世界に攻め込む」という計画。


 それとも、この計画が発動し、和樹はそれに反対したから更迭されたとでもいうのか。


 可能性はゼロではない。

 事情聴取のはじめのころに颯真は和樹と少し言葉を交わしたが、和樹は【タソガレ】という存在についての颯真の見解を聞いて「ただ敵として倒せばいいというものではないかもしれない」と呟いていた。どちらかというと颯真の考えを全面的に受け入れ、平和のためにどうすればいいかを考えようとしていた。


 だからこそ和樹がこの計画の障害になるのは確かなことだった。

 同時に、この計画は国が主体になっていることにも颯真は気がついた。

 【ナイトウォッチ】の最終的な決定権は内閣にある。その最高責任者が内閣総理大臣だ。


 つまり、靖は【タソガレ】の排除を決定した。

 そこで颯真は思い出す。プロジェクト【アンダーワールド】のことを。


 あのプロジェクトには今の総理大臣である靖が関わっている。「夜を取り戻す」ためにプロジェクトが動いているのだからこの判断は間違ってはいない。間違ってはいない——のだが。

 それでも、颯真はふと自分がこのプロジェクトに関わっていることに嫌気がさした。


 自分は【タソガレ】を滅ぼしたくない、その思いが徹流の言葉一つ一つに引っかかりを覚える。

 それは自分を生み出した竜一が【タソガレ】だったからか。それともアキトシと交流して【タソガレ】のことを知ったからか。それとも——。


(僕に、【タソガレ】の特性が埋め込まれているからか)


 自分の出自を知った今、颯真が【タソガレ】に対して特別な感情を持ってしまうことは止められない。人間と【タソガレ】双方の可能性を持っているからこそ、共存できるのではと思ってしまう。

 だから。


『人類は今こそ結束するべきだ。【あのものたち】を生かしてはおけない!』


 そう宣言する徹流に対し、


——まるでミツキみたいだ。


 そんな感情を、颯真は抱いた。

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