プロジェクト【アンダーワールド】の具体的な話が出たことで、颯真もアキトシも人類側の本気を改めて感じることになった。
人類は【タソガレ】を表の世界から徹底的に排除しようとしている。少なくとも、プロジェクトにその意思を感じる。
颯真はそれに対して【タソガレ】の幸せを無視するのかと疑問に思っているようだが、その点についてはアキトシはある程度の納得があった。
人類側からすれば【タソガレ】は侵略者である。対話ができないと認識すれば排除しようと考えるのは当たり前のことである。その点、颯真の考えは甘すぎる。いくら【タソガレ】の生活を垣間見たとはいえ、それだけで【タソガレ】にも生活があるからその幸せを考えろという考えは平和ボケにもほどがある。
それが、颯真の優しいところなんだろうな、と考えつつもアキトシはとりあえず、と現状をまとめることにした。
「プロジェクト【アンダーワールド】については大体分かった。そちらに関してはわたしも少し考えることにしよう。それよりも、ソウマがいなかった間のそちらの状況はどうなっている?」
颯真が帰還したことで【ナイトウォッチ】も混乱するはずだ。【ナイトウォッチ】の隊員や一般市民が裏の世界に転がり込むことは何度もあったが、表の世界で【夜禁法】が制定された——【タソガレ】が本格的に侵攻するようになって以降はそのような人間はあっという間にミツキの手下に補足され、エネルギー源とすべく殺され、魂を奪われている。今回、颯真が帰還できたのは真っ先に発見したのがアキトシだったからだ。その点で、颯真は強運に恵まれている。
アキトシの問いに、誠一がああ、と我に返って頷いた。
「颯真君の救出に関して手はないかアルテミスの演算を使っていたところだ。アポロの方が高性能ではあるがあれは災害や凶悪犯罪の予測に必要不可欠なもの、それに通路の展開予測は今ならアルテミスの方が上だからと上に掛け合って演算リソースを割いてもらっていたのだが、まさかこんな早く戻ってくるとは」
誠一としてもかなりの想定外の連続だったのだろう。無理もない、颯真の帰還はよりによって誠一の家の前だったのだ。アルテミスもこれを予測することは不可能だっただろう。そもそも過去の出現情報等のデータがあってはじめてできる【あのものたち】の襲撃予測。裏の世界に転がり落ち、戻ってくる人間のデータがあまりにも少なすぎてアルテミスも予測できなかったはずだ。
とりあえず、颯真君が戻ってきたことは簡単に伝えたがあとできちんと連絡しなければ、と呟いた誠一は颯真に視線を投げた。
「とにかく、颯真君が無事でよかったよ。昭俊と合流できたのも運がよかった」
こちらの状況としては大体こんなところだ、と伝える誠一に颯真がありがとうございます、と頷く。
「僕が裏の世界に引き込まれた以外、特に異常はなかった感じですか。特に——」
そこまで言って、颯真は重要なことを一つ思い出した。
本来なら真っ先に心配しなければいけないことだろうに、ミツキからの追手と戦うのとプロジェクト【アンダーワールド】に完全に意識を持っていかれていた
。
こんな大切なことを忘れるなんて、と自分を叱咤しながら颯真が誠一に縋りつくように声を上げた。
「冬希さんは! 冬希さんは大丈夫なんですか!?」
「あっ」
「えっ」
突然大声を上げた颯真に、誠一とアキトシが同時に声を上げる。
「セイイチ、」
不思議そうにアキトシが誠一に尋ねる。
「ソウマの言うフユキとは……?」
「ああ、颯真君の……何だ?」
説明しようとした誠一が困惑したように颯真を見る。
「……颯真君」
「はい?」
「君にとって、冬希君はどういう立場なんだ……?」
え、と颯真が声を上げる。
「どういう、って……仲間……?」
え、それ以外にあります? と言わんばかりの顔でこちらを見る颯真に、誠一は「あ、これは駄目だ」と悟った。
あまりにも無自覚すぎる。一時期、いい雰囲気になり、ここからどうなると期待が高まっていただけにこれはあまりにもひどすぎる。
颯真としては色々と思うところはあるはずだが、それがどのような感情なのかを全く理解していない。
すでに周りからもいろいろ言われているだろうに無自覚な颯真に、誠一はわざとらしくため息をついた。
「颯真君……私から言うのも色々とアレだが……。君、無自覚すぎるぞ」
「それは、どういう」
誠一の指摘もよく分かっていないらしい颯真に、誠一は先が思いやられると考えつつも説明する。
「冬希君は父君が逮捕されたことによって一時的に拘束されたが【黄昏協会】との関与疑いはないと本人と父君の証言、そして家宅捜査の結果シロだと判明したから拘束は解除されたよ。とはいえ、父君の逮捕——いや、君の失踪にかなりショックを受けていたから暫く休ませている。自宅待機になっているから君も帰還後の諸々が終わったら会いに行くといい」
「……よかった」
誠一の説明に、颯真はほっとしたように呟いた。
裏の世界に転がり込んでから、様々なことが立て続けに起こったものの冬希のために帰還しなければ、という意識は常にあった。たぶん冬希さんはお父さんが逮捕されて不安になっているはずだ、僕がこっちに来てしまって心配しているはずだ、だから早く戻らなければいけない、という意識があったからこそここまで早く帰還することができたのでは、と思うところもある。もしかすると冬希はそこまで心配していないかもしれないが、それでもバディとして共に戦う仲間だから迷惑をかけ続けてはいけない、と考えていたのに帰還直後のてんやわんやですっかり意識から抜けていたのは痛恨のミスすぎる。
「いつ会いに行けますか?」
戻ってこれたのだから早く会いたい、と颯真が尋ねる。
「うーわー……。なあセイイチ、ソウマって……鈍感……?」
あまりにも無自覚すぎるのに、冬希には早く会いたいと言う颯真を見てアキトシがやや引き気味に誠一に耳打ちする。
「……ああ、颯真君は……鈍感だ。それもどうしようもないくらいに」
颯真に聞かれないように、誠一もひそひそ声でアキトシに返す。
「まぁ、事情聴取とメディカルチェック、あとは裏の世界に行ったことに関しての報告を色々聞きたいところだし【タソガレ】のこともある。君の協力次第だが……数日は会えないかもな」
「……ですよね……」
誠一の言葉に、颯真がしゅん、とした顔になる。
裏の世界や【タソガレ】について人類側がいろいろ知るチャンスを逃すわけがない。それに異世界である程度の活動を行った颯真の身体に何かしらの異常が発生している可能性もある。
それを含めてのメディカルチェックだ、と考えた誠一だが、すぐに違う、と否定する。
もう隠すことでもなくなった、颯真の生まれ。人間と【タソガレ】両方の可能性を埋め込まれていた颯真は今までは人間の力だけを使っていたが、裏の世界から戻ってからは【タソガレ】としての力も使いこなしていた。それについてのデータもプロジェクトに携わる研究者は欲しがるはずだ。そう考えると数日で解放されればいい方なのかもしれない。
だとすれば……。と誠一は考える。
颯真が行方不明になったときの冬希はかなり取り乱していた。今も意気消沈して戦線に立てる状態ではない。尤も、颯真が帰還したのだからそれが伝われば戦線復帰も可能だろうが、それでもいつ再会できるか分からないという状況は冬希にとっても辛いものだろう。
しかし、誠一も思うところがないわけではない。
そう考えていたところに開いたままだった通信回線から通信が入り、誠一はふむふむと呟く。
「今入ってきた情報だとアルテミスの予測が更新されて今夜はもう侵攻してこないだろう、ということらしい。颯真君への追撃に全力を注いだというところかな」
さらに連絡を受け取りつつ、誠一は颯真に状況を伝える。
「あと、君の帰還に関しては明日の朝一で受け入れ態勢を整え、検査等を行うそうだ。今日のところは君もここに泊まればいいだろう」
「ありがとうございます」
そう、頷く颯真の顔が沈んでいるのを見て、誠一は苦笑する。
「なんか久しぶりに全力出したからかな、疲れたな。もう私は寝るよ。颯真君もくれぐれも
「!」
あからさまに含みを持たせた誠一の声。
流石にここまであからさまにされると颯真も気が付いた。
颯真の顔が瞬時にして明るくなる。
「神谷さん……!」
誠一の計らいが純粋に嬉しい。
近いうちに冬希さんに会える、と分かった颯真の目は輝いていた。
「うーわー……」
颯真の変化に、アキトシが再び声を上げた。
「……青春って、人間にも成立するものなんだな……」
「いや、【タソガレ】にも青春という概念があるのが驚きなんだが」
犬であれば確実に尻尾を振っていただろう颯真を前に、誠一とアキトシはただただ呆れ果ててそう呟くしかできなかった。