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第76話「よるをひらく」

 颯真の言葉に、誠一がふう、と息をつく。

 プロジェクトに関してはいつかは話さなければいけないことだった。

 「夜を取り戻す」ためのプロジェクト、そのための切り札として生み出された颯真と、その颯真を手助けできる素質があると原型チップを埋め込まれた誠一。颯真が【タソガレ】としての力に目覚めた今こそ話すべきだと、誠一は判断した。


「侵攻してきた【あのものたち】を押し返し、夜を取り戻すためのプロジェクト。そのために生み出されたのが颯真君であり、そのプロトタイプとして私が選ばれた」


 淡々と、誠一は言葉を紡ぎだす。


「【タソガレ】——竜一が人間の魂に注目し、それを活用すべく生み出したのがチップだ。結局のところ、【タソガレ】の侵攻も始まり、彼らと戦うための力として活用することになったがな」

「彼らと戦うため、って、元は——まさか」


 まさか、元から軍事利用するつもりだったのか、と颯真が声を上げる。

 竜一がチップを開発したというのは既に知っていることではあるが、【タソガレ】の侵攻に合わせて開発されたのかそうでないのかで話は変わる。元から軍事利用する目的で開発されたのなら竜一はある種の死の商人ということになる。そんなことをするような存在でないと思いたかったが、浮かんでしまった疑問は解決しておかないと後々後悔することになる。


 まさか、と誠一が首を振った。


「元々は魂を活性化することで人間の可能性を底上げする目的で開発が進められていたのを、アポロが【タソガレ】は人間に対して攻撃を仕掛けると予測したからそのカウンターとなるべく調整されたんだよ。解放機能コマンドワードを戦闘特化にした方が完成を早められると判断した竜一がまず完成させたのが二つの原型チップだ。だから、元から軍事利用することは考えられていなかった。勿論、完成した暁には別の人間の手によって軍事転用される可能性はあったから今考えると竜一の研究は褒められたものではないがな」

「……人間の、可能性……」


 颯真が呟く。

 そういえばアキトシも人間の魂に注目していたはずだ。魂とは生きとし生けるもの全てに宿るものだと思っていたが、そうではないのか。少なくとも——【タソガレ】には存在しない概念のようではあるが。


「人間が人間として思考し、活動し、時には信じられないような力を発揮する、その源が魂だとわれわれは観測した。人間の言葉で言えば、『火事場の馬鹿力』と表現すればいいのかな、少なくともその力に興味を持ったわれわれは魂を研究し、リュウイチはその力を制御する方法を発見した」

「それが、チップ……」


 アキトシの説明に、颯真が納得する。

 その説明であれば人間以外の動物も同じように可能性は存在するのだろうが、高度に進化した人類は特にその魂の可能性が強いものだったのだろう。だからこそ、【タソガレ】にとっては未知のエネルギー源として目に映ったのかもしれない。「魂」という概念が存在しない存在なら猶更だ。


「とにかく、アポロが【タソガレ】の侵攻を予測したことで竜一はチップを戦闘特化のものにした。【ナイトウォッチ】が設立されたのもその頃で、【夜禁法】も制定された。それと同時に、【タソガレ】を知るものを中心として一つのプロジェクトが立ち上げられた。今の人類では【タソガレ】を裏の世界に封じ込めることはできないが、それを可能にするためのプロジェクト」

「ちょっと待ってください。それなら、はじめから【あのものたち】と言わずに【ナイトウォッチ】で情報を共有した方が効率が良かったんじゃ」


 思わず颯真が口を挟む。

 おかしい。【タソガレ】を封じ込めるためだけならはじめから全てを開示した方が敵も目的もはっきりする。今の【ナイトウォッチ】は【あのものたち】が何者であるかも、どのような目的をもって人類を襲っているのかも何も知らない状態である。プロジェクトを隠す理由が分からない。

 ああ、と誠一が頷いた。


「プロジェクトの立案者——井上靖が言ったんだ。『まだ人類は【タソガレ】のことを何も分かっていない。我々も【タソガレ】が何故侵攻すると決めたのかも分からない。それがはっきりするまでは、中途半端な知識を共有しても混乱するだけだから全てがはっきりするまでは伏せておこう』と」

「つまり、神谷さんは【タソガレ】の目的を知らない……」


 竜一と行動を共にしたことがあるなら当然知っていると思っていた。しかし、誠一の言葉を聞く限り、誠一は【タソガレ】の目的を知らない。あるいは、竜一は知っていたにもかかわらず敢えて告げていなかったのかもしれない。

 颯真がそう考えていると、誠一は颯真に鋭い視線を投げた。


「颯真君は【タソガレ】の目的を知っているのか」

「……はい。アキトシさんからも聞きましたし、首謀者——ミツキもそれを認めました。【あのものたち】——【タソガレ】の目的は、人間の魂です。人間の魂を集めて、エネルギー源として利用しようとしています」


 隠す必要はない、と颯真は説明した。

 颯真の言葉に、誠一が目を見開く。


「人間の魂が、資源になるのか」


 はい、と颯真が頷く。


「父さんたちが研究を進めた結果、人間の魂の有用性を発見したミツキは【タソガレ】のエネルギー問題を解決する資源と認識し、人間を狩ることを決めました。その結果、父さんたちと意見が分かれた、と」

「ああ、ミツキはわれわれの長に人間狩りを打診し、長もそれに賛同した」


 アキトシも、颯真の言葉は嘘ではないと言うかのように補足する。

 なるほど、と誠一は呟き、顎に手をやった。


「……どのような種族であってもエネルギー問題が発生すると戦争になるんだな……」


 誠一としては、これでようやく人類側にも情報が増えた、というところだった。少なくとも【あのものたち】の目的が判明したのなら戦う理由も見えてくる。

 靖が「はっきりするまでは伏せておこう」と言った情報の開示条件がこれで一つクリアされた。ただ侵攻してくるから戦うしかなかった【ナイトウォッチ】が一歩前進できる。


「分かった、この情報は【ナイトウォッチ】にもプロジェクトメンバーにも共有しよう。敵は【タソガレ】であるということ、侵攻する目的が魂の収集であると分かれば——」

「でも、目的が分かったとしてもその目的を果たすためなら【タソガレ】も侵攻をやめないでしょう。人類側もエネルギー問題を解決させる代案を出せるとも思えませんし、戦い自体は終わらないのでは」


 即座に颯真が問題点を指摘する。

 戦いの原点がエネルギー問題にあるのなら、そのエネルギー問題がクリアされれば戦いは終わるかもしれない。しかし、その問題をクリアできるほど人類も解決能力を持っているわけではない。そう考えるとこの戦いには解決の糸口が存在しない。

 颯真の詩的に、アキトシもそうだな、と頷いた。


「セイイチ、確かに手探りで戦うという事態は避けられるかもしれないが、われわれのことを開示したからと言ってすべてが解決するわけではない。それとも、きみには何か解決の糸口が見えるというのか」


 アキトシにも指摘され、誠一はううむ、と唸る。


「確かに、敵が分かっただけでも進歩には違いないが解決には程遠いな。ただ、何も分からず戦うよりは気持ちは楽になるはずだ」

「人間とはそういうものなのか?」


 それはイメージできないな、とアキトシがぼやくが、颯真は確かに、と同意する。

 この戦い、人類側は一歩前進した。前進できたなら、いつかは糸口が見える。

 それなら、と颯真は話を戻した。


「とにかく、神谷さんが参加していたプロジェクトについて話を戻しましょう。【タソガレ】を裏の世界に封じ込めるためのプロジェクト、それは確かなんですね」

「ああ、そのために竜一は君を生み出した。人類と【タソガレ】、双方の可能性を秘めた、人類にとっての切り札。私はあくまでもそのサポートに過ぎない」


 誠一の言葉に僕が、と呟く颯真。

 父さんは一体僕に何を期待したのだろう、と考えつつも、颯真は自分の手を見た。

 人類と【タソガレ】両方の力を持ちながら、人類だけに利するようなことを【タソガレ】である竜一は考えるのだろうか。

 いや、きっと父さんは父さんで何か考えていたはずだ、と自分に言い聞かせ、颯真は誠一に次の言葉を促した。

 誠一も小さく頷き、言葉を続ける。


「井上さんは人類が夜を取り戻し、昔のような生活が戻ってくると信じている。だからこそ修了式の時に君に渡したような増幅装置の開発を引き継いだり【タソガレ】について研究している。その研究成果については【ナイトウォッチ】にもフィードバックはされているんだ」

「井上さん——そういえば、フルネームは井上靖と言ってましたね。って、総理大臣が直々にプロジェクトに関わっているのですか!?」


 颯真としては思ってもいなかった名前が出たことに驚きを隠せない。

 その横でアキトシが「ソウリダイジン?」と首を傾げつつもふむふむと頷いている。


「なるほどね——わたしが長を止められなかったことに関しては謝罪してもしきれないが、人間は人間で解決しようと努力しているのか」


 それならわたしもリュウイチの遺志を引き継いで協力するかね、と呟きつつ、アキトシは誠一を見た。


「ところでセイイチ」

「何だ?」


 アキトシの呼びかけに、誠一がアキトシに視線を投げる。


「プロジェクト、とは言っているが、普通こういったものには名称を付けるものではないのか?」


 いつまでもプロジェクトと言っているのも違和感しかない、と続けるアキトシに、それはそうだな、と誠一も頷く。


「一応は極秘で動いているプロジェクトだからな。だが、君たちに開示してもいいだろう。井上総理が主導している『夜を取り戻すため』のプロジェクト、それは——」


 ごくり、と颯真が唾を飲み込む。

 誠一がそのプロジェクト名を口にするまでが何故か長く感じられる。

 何故か、聞いてはいけないような不安。


「——プロジェクト【アンダーワールド】」


 その言葉が、重く、部屋に響き渡った。

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