「あとは我々に任せてください。神谷さんたちは中へ」
そう言った隊員たちがそれぞれの武器を構え、次の波へと備える。
一息つければそのまま戦闘続行も可能だった颯真たちだったが、そもそも颯真は裏の世界から帰還したばかり。そのまま戦わせるわけにはいかないし話を聞く必要もある、と誠一は判断、颯真とアキトシを呼び寄せた。
「とりあえず家の中へ。あとは彼らに任せよう」
誠一の言葉に、颯真も頷く。
とはいえ、【あのものたち】の——ミツキの目的が自分であるなら、手の届かないところに逃げてしまえば相手は諦めるはず。ここで電磁バリアの中に入ってしまえばミツキは手出しできなくなる。
駆けつけてくれた隊員には悪いが大丈夫だろう、と颯真は周りを見て敵の増援が来ていないことを確認し、アキトシを手招きした。
アキトシも頷き、颯真に駆け寄り、誠一に続いて門に近づく。
誠一が解除コードを入力する。門の部分だけバリアが解除され、通行できるようになる。
「早く!」
誠一が二人を呼び寄せる。
誠一に続いて颯真が門をくぐり、続いてアキトシが苦しげな顔で門をくぐる。
「大丈夫ですか」
直にバリアには触れていないとはいえ、そのすぐそばを通過したことでアキトシは相当な苦痛を感じたはずだ。
それを颯真が指摘すると、アキトシは大丈夫だ、と額に脂汗をにじませながら答えた。
「流石に、あの電磁波はきついが……中に入ってしまえば大丈夫だ」
誠一に案内され、二人が応接室に入る。
「……颯真君、」
応接室に入るなり、誠一は颯真の肩を掴んでそう言った。
「まさか本当に戻ってくるとは……」
その言葉に、颯真はことの重大さを改めて実感した。
夜明け直前に【あのものたち】を深追いしてはいけないという絶対のルールを破ったのだから懲罰も覚悟する。いくら戻ってこれたとはいえ、これをお咎めなしとするにはあまりにも破ったルールは重すぎた。
「私が……【ナイトウォッチ】全体がどれだけ心配したか分かっているのか、と言いたいところだが戻ってこれて本当によかったよ。それだけで私としては十分だ」
「……すみません、僕が感情的になってしまったばかりに」
長々と言い訳を並べるつもりはない。何が原因でこうなったかを端的に告げ、今後同じことを繰り返さないようにするにはどうすべきか考えるべきである。言い訳したところでミスが消えるわけでもなく、逆に他責思考となり自分自身の成長の機会を失ってしまう。
そしてその颯真の考えを尊重するのが誠一であり、【ナイトウォッチ】であった。
ミス自体やその原因を延々と詰めたりはしない。ミスはミスと割り切り、原因と、考えられるその対処方法を共に考え、再発を防ぐ。
はじめに「謝らなくていい」と言ったこともあり、誠一は颯真の謝罪を遮ることもなくきちんと聞き入れ、それ以上は詰めなかった。
ただ、誠一も一人の人間なので自分のうちにあった感情だけはこぼしてしまう。
「いいんだ、無事に帰ってきてくれたのなら。だが——もう無茶はするなよ」
そう言い、「本当によかった」と誠一が呟く。
呟いてから、アキトシを見る。
「昭俊、まさか君がここに戻ってくるとは」
「ああ、わたしはソウマをここに送り届ける義務があったからね」
もしかすると、リュウイチがわたしを帰還させたのはこれを見越していたからかね、などと呟きつつ、アキトシは久しぶり、と誠一に笑いかけた。
「わたしとしてはきみが元気でいてくれたのが嬉しいよ」
「しかし、竜一は——」
アキトシが笑顔であるのとは裏腹に、誠一の面持ちは沈んでいた。
誠一としてはアキトシと竜一の仲はよく知っていただけに、守り切れなかったという意識がどうしても表に出てくる。
だが、それをアキトシは変わらず笑顔で吹き飛ばした。
「セイイチ、気にするな。それがリュウイチの運命だったとわたしは思っているし、今はソウマがいる」
「昭俊……」
周りは気にするな、と言うかもしれないが、誠一の中ではずっと心の中で膿み続ける傷だった。【ナイトウォッチ】のエースと言われていたのにその一線から退くレベルで戦えなくなり、せめてもと新人を育ててはきたが、それでも竜一を死なせてしまったという罪の意識は消えずに残っていた。
護衛対象として出会った竜一ではあったが、二人は互いに互いを親友と呼べるほどの関係を築いていた。だからこそ、竜一を守り切れなかったことが深い傷として残っていた。しかし、誠一と同じく竜一と親友関係にあった、いや、同じ種族であるアキトシが「気にするな」と言ったことで誠一の心の中で何かがすとんと落ちたような気がした。
何故か、これ以上自分を責めなくていい、という気持ちが浮かんでくる。
誠一がアキトシを見ると、アキトシは変わらず笑顔で誠一を見ており、その目は明らかに何もかもを見透かしているような色をしていた。
「誰もきみを責めたりしないよ。責められる存在がいるとすればそれはミツキだ。わたしは状況を詳しくは知らないが、きみはリュウイチを守ってくれたんだろう? それならそれで十分だ。リュウイチに代わって礼を言うよ」
そう言い、アキトシは颯真を見る。
「それよりもソウマだ。セイイチ、きみはソウマのことをどこまで知っている?」
そう尋ねたアキトシの目は鋭いものとなっていた。
まるで人類側が颯真のことをどれだけ把握しているか、それ次第では話が変わるといわんばかりの様子に、誠一はそうだな、と頷く。
「私は竜一の研究をすぐそばで見ていたから大体のことは分かっている——いや、プロジェクトに関わる人間は全員知っているはずだ」
「プロジェクト?」
誠一の言葉に、颯真が思わず口を挟む。
ああ、と誠一は頷き言葉を続けた。
「
「リュウイチがわたしに伝えた『俺はミツキに対抗できる可能性を生み出す』という話だな」
ミツキが人類に牙を向けることは早い段階で予測されていたのか、とアキトシが呟く。
同時に、予測はできても封じ込めはできなかったのか、と痛感する。
もし、人類側に力があれば【あのものたち】の侵攻は食い止められたはずだ。それができず、侵攻を許し、電磁バリアの内側に閉じこもらざるを得なかったのはそれが人類の限界だったからだろう。
「ちょっと待ってください、神谷さん——【タソガレ】を知って……?」
誠一の説明に、颯真は声を上げた。
今まで、誠一は【ナイトウォッチ】の面々にも【タソガレ】のことは【あのものたち】だと伝えていた。アキトシを前にして旧友のように話したときから疑問に思っていたが、誠一は【タソガレ】という存在を理解していた。竜一に関しては竜一本人が初めから自分が【タソガレ】であることを隠して接していたなら知らなくても無理はないが、アキトシまで知っているとなると話は変わってくる。
颯真の声に、誠一はすまない、と一言だけ謝罪した。
「ああ、私は竜一が【タソガレ】であることを知っているし、【あのものたち】の正式な名前が【タソガレ】であることを知っている。知っていて、それを隠していた」
「……どうして」
颯真の声が震える。【ナイトウォッチ】の敵を知っているなら、知っていることを開示するべきである。それをしなかったということは人類に対する裏切りだ。
そう、颯真は言おうとしたが、声に出すことはできなかった。
誠一のことだから何か理由があったのだろう、とは理解できるが、それでも隠していい理由にはならない。
どうして、と繰り返す颯真に、誠一はそうだな、と苦笑した。
「本来なら知っていることは全て開示するべきだっただろう。だが、それを伏せるよう、指示をされたのだよ」
「誰に」
そう、尋ねたものの颯真もすぐに気づいた。
恐らく、誠一の言う「あのプロジェクト」に関わる人間だろう。何らかの意図があって、【ナイトウォッチ】には【タソガレ】のことが伏せられた。
いや、それでは矛盾が発生する。
誠一の言う「プロジェクト」は【あのものたち】の手から表の世界を守るためのものであるはずだ。その一環として颯真が生み出されたことを考えても、【ナイトウォッチ】に【タソガレ】のことを伏せる理由がない。
何かある、と颯真の本能が囁く。
プロジェクト自体は確かに【あのものたち】の脅威を取り除くためのものだろう。だが、そこに何かしらの意図を感じる。とはいえ、プロジェクトが何であるかをまだ聞いていないため、何も判断できない。
そう考えなおし、颯真は質問を変えることにした。
「神谷さん」
「何だ?」
颯真の呼びかけに、誠一が颯真をまっすぐ見る。
心を落ち着けるかのように一息つき、颯真は口を開いた。
「教えてください。そのプロジェクトの詳細を」
それはまるでそのプロジェクト自体が全ての鍵であるかのように。
颯真の質問は鋭いナイフのように、誠一の秘密に切り込んだ。