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第74話「よるをふきとばす」

「とりあえず、【ナイトウォッチ】本隊に!」


 三人だけでは埒が明かない、と誠一が声を上げる。


「戻ってきたばかりの僕が連絡しても現場が混乱するだけなので神谷さん、お願いします!」


 誠一の言葉に颯真が即座に反応し、守るように誠一の前方に立つ。


「ああ、セイイチ、連絡は任せた!」


 アキトシも颯真の横に立ち、ここは通さぬとばかりに【あのものたち】を見据える。

 分かった、と誠一が耳に掛けたままにしていたデータリンク用の通信端末から本部に連絡を入れた。


「手短に言う、至急、私の家に増援を頼む! あと、颯真君——南が戻ってきた!」


 あとは回線を開いておくから状況に応じて対応してくれ、と言い、誠一が颯真の隣に戻った。


「待たせた! しかし、とんでもない手土産付きで戻ってきたものだな、颯真君!」


 飛び掛かる【あのものたち】を、颯真から借りた刀でいなしながら誠一は叫んだ。


「こっちも緊急事態でしたから! アキトシさんがいなかったらまだあちら側でしたよ!」


 刃を振るい、颯真も負けじと声を張り上げる。

 魂技を解放した、金色の光が、【タソガレ】の力を解放して作られた漆黒の刃に絡みついている。

 颯真は自分に宿った力を全て使って戦うつもりだ、と誠一は気が付いた。


 同時に、どうしてという思いが浮かぶ。

 颯真の出自を、誠一は知っていた。竜一のすぐそばで護衛していたのだから人工子宮とは名ばかりの水槽で成長する颯真を目の当たりにしていた。


 知っていて、敢えて伝えなかった。

 颯真が己の出自を知ることで人類に憎しみを持つ可能性はわずかに考えていた。それでも、それ以上に颯真には「ごく普通の人間」として生きてほしかったから、颯真が【ナイトウォッチ】に入隊するとなっても真実は告げなかった。


 どのような経緯で颯真が真実を知ったのかはこの際どうでもいい。大方、【あのものたち】側で何かしらの動きがあったからだろうが、今はそれを追求する場合ではない。


 ただ、気になるのだ。

 全てを知っておいて、どうして刀を握れるのか、と。どうして【あのものたち】の力を行使することに躊躇がないのか、と。


 そして思う。

 これが颯真の強さなのだと。竜一が信じた可能性であり希望なのだと。

 人間と、【あのものたち】双方のかのうせいを秘めた颯真は、戦い続けることを決意した。


 アキトシに対して刀を振るわず、背中を預けているのはアキトシが信頼に足る存在だと認識しているからだろう。

 アキトシとともに戦う颯真を見て、誠一は確信した。

 颯真は人間だから味方、【あのものたち】だから敵だという認識をしていない。

 人間であれ、【あのものたち】であれ、自分と、自分が信ずるものに害をなす存在を敵だと認識している。


「……強いな」


 【あのものたち】との戦いでそれどころではなかったが、誠一は思わず呟いていた。

 自分をごく普通の人間だと思っていたのに人工的に生み出された存在だと知り、やり場のない怒りはあるはずだ。少なくとも、自分はそうだ、と誠一は思った。


 颯真が、父だと思っていた竜一や周りの人間に対してどう思っているかは本人ではないから分からない。それでも、自分の力を発揮できないほど揺らいだはずだ。

 それなのに、今の颯真はその揺らぎを微塵も見せず、それどころか自身に秘められた力を全て解放して戦っている。戦うことを選択している。


 その強さに、誠一は颯真の心の強さを思い知った。

 あれは「守りたいと思ったものを守る」強さだ。ただ敵を打ち倒すだけではなく、仲間を奮い立たせる強さ。現に、颯真が迷うことなく戦う姿を見て、誠一は負けられないと刀を振るっている。


 夜が更けるにつけ、敵の数が増えていく。

 誠一としてはまさか自分の家の前に【あのものたち】が大挙して押し寄せてくるとは思ってもいなかった。それどころかアルテミスの予測にもこの出現はなかったはずだ。

 颯真の帰還と言い、あまりにも大きすぎるイレギュラー。

 約二十年前に裏の世界へ帰ったはずのアキトシがここにいることも誠一にとっては想定外だった。


 一体何があった、そう考えたくなるものの、開ききった通路から現れる【あのものたち】はどんどん強い個体へと交代している。

 相手はどんどん押し寄せてくるのに対し、こちらは三人。増援を申請したとはいえ、アルテミスの観測外の出現なので到着まで時間はかかるだろう。それまで耐え切れればこちらの勝ちだが、果たしてもつのか。


 【あのものたち】が別の個体を踏み台にして誠一の上空から降りかかる。


「神谷さん!」


 すぐさま、颯真が刃を握っていない方の手を空中の【あのものたち】に向ける。

 その手から漆黒の棘が射出され、【あのものたち】のコアを打ち砕く。


「助かった!」


 颯真にそう声をかけながら、誠一も刀を振るい、接近していた【あのものたち】を両断する。

 伊達に竜一に認められ、「原型チップ」を埋め込まれたわけではない。使い手を選び、弱い魂の持ち主なら食い殺すとまで言われた原型チップを使いこなす誠一にも意地があった。

 いくら竜一を守れなかった罪の意識に苛まされていたとしても当初の目的は忘れていない。


人類わたしを——舐めるなよッ!」


 【増幅Amplification】と、誠一がコマンドワードを解放する。

 刀にまとわりついた赤い光が増幅し、誠一が薙ぎ払うと同時に光が伸びて【あのものたち】を打ち砕いていく。


「しかし、これほどの規模の侵攻をアルテミスが予測できなかったとは——想定外はいつでも起こるということか!」


 吹き飛ばしたしりから新手の【あのものたち】が出現することを確認した誠一がぼやく。


「たぶん、僕が戻ってくることを予測できなかったんだと思います! 予測できたならきっと——」


 颯真は颯真で理解していた。今ここに押し寄せる【あのものたち】がミツキによって放たれた軍勢で、自分を狙っていることくらいは。あのミツキのことだから颯真を捕獲して手駒にするか、それが無理なら葬り去ろうと考えているだろう、と考える。


 そう考えると今、自分がこの場にいることでアキトシも誠一も攻撃の対象になってしまう。叶うなら颯真が一人で離脱すれば二人は助かるが、颯真はそれを選択しなかった。


——今、僕が一人になればミツキの思うままだ!


 ミツキの思い通りにはさせない、という思いと、一人で全て背負い込んではいけない、という思いが颯真の中で混ざり合う。


 以前の颯真なら、ミツキの思惑が分かったとしてもアキトシと誠一を守るためにこの場を離れようとしただろう。しかし、「仲間の大切さ」を理解した颯真にその選択肢はなかった。

 勿論、アキトシと誠一に関しては巻き込んでしまったと心の中で謝罪しているし、この夜を乗り切ったら改めて謝罪しようとは思っている。それでも、共に戦ってくれるというのならその力を借りた方が夜を乗り切る確率が上がる、と颯真は信じていた。


「大丈夫ですか!」


 颯真がちら、と誠一を見て尋ねる。


「大丈夫だ! いくらアラフィフでも体はまだまだ元気だ!」


 体力には自信がある、と強がる誠一に、颯真はそれなら、と頭の中で作戦を組み立てた。

 誠一の実力や魂の強さは知っている。そこに、アキトシの【タソガレ】の力と自分の力を合わせれば。


「神谷さん、アキトシさん、力を貸してください!」


 頭の中で一通りシミュレーションを終わらせた颯真が二人に声をかける。


「一体一体相手にしていたらきりがないので一旦全部吹き飛ばします!」

「できるのか!?」


 颯真の提案に、アキトシが声を上げる。

 たぶん、と颯真が頷いた。


「たぶん、って!」


 いくら何でも無謀すぎる、と誠一も声を上げるが、颯真が何かを思いついたのならそれをはじめから否定するのではなく試してみる価値はある。それが不発だった場合はその時に考えればいい。


 颯真が「一か八か賭けですが」と言いつつも二人に指示を出す。


「神谷さんは【雷撃Lightning】を! アキトシさんはそれに合わせて棘を飛ばしてください!」

「? あ、ああ分かった。ソウマがそう言うなら!」

「了解した! あとは君を信じる!」


 アキトシと誠一が頷き、それぞれ身構える。

 颯真がすう、と息をつき、左手を【あのものたち】の軍勢に向ける。


「今!」

「【雷撃Lightning】!」

「行け!」


 颯真の声に合わせ、二人がそれぞれ指示された攻撃を展開した。

 誠一の手から稲妻が放たれ、アキトシの手から無数の棘が放たれる。

 それを、


「【増幅Amplification】! 【拡散Diffusion】!」


 颯真が、拡散させた。

 ぶわり、と稲妻と棘が周囲に拡散し、三人を取り囲もうとする【あのものたち】に襲い掛かる。

 【あのものたち】はコアを砕けば一撃で倒せるが、そうでなくても過剰なダメージを与えれば倒すことができる。


 颯真によって拡散された稲妻と棘は、無数の【あのものたち】を屠るには十分すぎるほどの威力を秘めていた。

 元から強い魂を持つ誠一と、十把一絡げにされないほどに強い感情を持つアキトシの合わせ技。


 数秒後、その場にいた【あのものたち】はまとめて吹き飛ばされ、霧散していた。

 撃ち漏らしが数体いるが、その程度ならもはや消化試合である。


「相変わらずやるな、セイイチ」


 誠一の隣に立ち、アキトシが声をかけると、誠一も苦笑を交えながらまあな、と頷く。


「勿論。私だってこれ以上悪夢を増やしたくないんだよ」


——もう、目の前で誰も喪いたくないから。


 ただ引きこもって新人たちに目を光らせている場合ではない、と誠一は刀を構えなおした。


「あと少し、行けるか?」

「僕は大丈夫です!」


 颯真も刃を構え、残った【あのものたち】を見据える。

 そのタイミングで兵員輸送車が到着し、中から数人の【ナイトウォッチ】隊員が降りてきた。


「神谷さん! 大丈夫ですか!」


 残った【あのものたち】を蹴散らしながら駆け寄る隊員に、誠一は、


「大丈夫だ、何とかなった」


 と、颯真とアキトシの二人に視線を投げながら、そう言った。

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