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第73話「よるにもどる」

「ここは……」


 どっしりと構えられた門を前に、アキトシが思わず声を上げる。


「……セイイチの家……?」


 そこは、誠一の家の前だった。颯真にとっては見慣れた建物、アキトシにとっても約二十年ぶりに訪れた場所だった。

 なるほど、とアキトシが思考を巡らせる。


 いきなり見知らぬ場所に出れば問題は多いが、颯真にとって馴染みの場所であれば話は進めやすい。しかもアキトシがリュウイチと共にいたというのであれば誠一のことも知っているだろう、と判断した颯真の判断力の高さを内心で称賛する。


 颯真が時間を確認すると、夜の八時を目前としたバリア展開前。


「一つ訊きますが、バリアの中に入ってしまって大丈夫ですか?」


 颯真がアキトシにそう尋ねてくる。

 ああ、とアキトシが頷いた。


「大丈夫だ、バリアの表面からある程度離れていれば問題ない」


 バリアが発する電磁波が苦手なだけで、そこからある程度離れれば電磁波自体も減衰する。だからバリアの中にいてもすぐ近くにいなければ多少の影響はあるが問題ないのだ。


 颯真の気遣いに感謝しつつも、アキトシは颯真がインターフォンを鳴らすのを見る。

 ややあって、誠一が応答する。


『もしもし?』

「あ、神谷さん! 僕です、南です!」


 インターフォンに向かって颯真が叫ぶ。

 次の瞬間、インターフォンの向こうが騒がしくなった。


『な——颯真君!?』


 まさかこんな時間に家に来るとは思っていなかったが、それでも颯真の声に緊急事態だと察したのだろう、誠一が「すぐに行く」と通話を切る。

 玄関が乱暴に開けられ、門に向かって慌ただしく駆け寄ってくる音が響き、そしてすぐに門が開かれる。


「——颯真君、」


 誠一の顔は憔悴しきっていたが、颯真の顔を見た瞬間、その顔がくしゃりと歪む。


「よかった、戻ってきた……」


 裏の世界に転がり込んでからの表の世界の状況は颯真には全く分かっていなかったが、誠一の顔を見て大まかに把握する。

 颯真の失踪はかなり大ごとになっていたらしい、ということと、ここまで心配してくれる人間がいたということ。


 誠一の顔を見て、颯真の胸が締め付けられる。

 あの時、無謀にも深追いをしてしまったから多くの人に迷惑をかけてしまった。本来ならもう戻れなかったかもしれないことを考えると、自分がいかに「希望」や「可能性」という言葉に踊らされて傲慢になっていたかを思い知らされる。


 周りが期待するからその期待に応えようとがむしゃらに進んだ。その結果、逆に多くの人間に迷惑をかけてしまった。そんな状態で、何が希望だ、と自分を叱咤する。


「神谷さん……ご心配をおかけして、すみませんでした」


 颯真が誠一に頭を下げる。 誠一がそんな颯真を見て首を振る。


「いや、謝ることはない。本当なら説教しなければいけないところなんだが、話は落ち着いてからだ」


 颯真の両肩に手を置き、誠一が心底ほっとしたような顔を見せる。


「もうすぐバリアが展開する。【あのものたち】も近づいている、とりあえず中へ」


 とりあえず、颯真の生還を連絡しなければいけない。そのためにもまずは、と誠一が颯真の肩に手を置いたま引き寄せようとする。

 だが、そんな誠一をアキトシが止めた。


「まずいセイイチ! 来るぞ!」


 颯真を背に庇うように立ち、アキトシが漆黒の刃を展開する。


「お前は——昭俊アキトシじゃないか!? どうしてここに!?」


 颯真が戻ってきた、とそちらにばかり意識を取られていた誠一が、アキトシに気づき声を上げる。

 しかし、すぐにそれどころではない、と判断し、誠一も大きく頷いてアキトシの隣に移動した。


「颯真君、刀を貸してくれ」

「え?」


 すっと差し出された誠一の手に、颯真が声を上げるが、次の瞬間、いいえと答えて誠一の隣に立つ。


「アキトシさん、追手ですか」

「ああ、ミツキもあれで諦めるほどぬるい奴ではなかったということだな」


 誠一の家の前、人通りがすっかりなくなった道路に黒い影が次々と浮かび上がる。

 外出禁止の八時となる目前なので、外を歩く人間は皆無。そう思っているうちに八時のサイレンとともにバリアが展開されていく。


「タイミングとしてはぴったりだったな。セイイチ、きみはまだ戦えるのか?」


 アキトシの言葉に誠一が応、と応える。


「私はまだまだ現役だよ。少なくとも、全ての戦いが終わるまでは——な!」


 誠一が「【解放Release】」とコマンドワードを口にし、両手に赤い光をまとわせる。

 颯真も刀を抜き、コマンドワードを解放した。

 同時に、颯真たちを追ってきた【あのものたち】が三人に襲い掛かる。


「はぁっ!」


 まずは一体、目の前に迫った【あのものたち】を颯真が両断する。


「アキトシさん!」


 霧散する【あのものたち】を尻目に、颯真がアキトシに声をかけた。


「いいんですか!?」


 アキトシの言葉が正しければこの【あのものたち】もアキトシの同族のはずである。それをアキトシの目の前で屠るのは颯真の良心が痛む。例え敵であってもむやみやたらに殺すものではない、とは思ったが、それをアキトシは平然とした顔で別の【あのものたち】を斬り捨てて頷いてみせる。


「どうせ低位の奴らだ! 本能だけで襲い掛かってくるし、われわれも時々襲われて駆除しているからただの害獣と変わらん!」

「それなら!」


 颯真が一歩踏み出す。

 ただの害獣と同じ認識なら遠慮はいらない。これが表の世界日本の鹿や熊なら動物愛護団体が「それでも殺すのはかわいそう」と文句を言うだろうが相手は【あのものたち】、遠慮する必要はない。


 刀で【あのものたち】の爪を受け止め、蹴りを叩きこんで後方に弾き、鋭い突きでコアを打ち砕く。


「颯真君、やるな!」


 迷いのない颯真の攻撃を、誠一が称賛する。

 元から【あのものたち】に対して躊躇することがなかった颯真ではあるが、それでも本隊編入後、しばらく見ないうちに颯真の戦闘スタイルはより洗練されたものとなっていた。攻撃に無駄がなく、攻撃を受けたとしても適切に受け流し、最小限のダメージで済むように動いている。


 そんな颯真を、内心では誇りに思いながら、誠一は光をまとわせた拳を【あのものたち】に叩き込む。


「私も、負けていられないんでね!」


 【あのものたち】に叩き込まれた拳の光が爆発し、コアを木っ端みじんに吹き飛ばす。


「次!」


 誠一が叫び、周りを見る。

 ミツキがけしかけただろう低位の【あのものたち】は数自体はそう多くなかった。転移のための時間帯も通路が完全に開ききる前の早い時間で、一度に大量に送り込むことができなかったのだろう。とはいえ、通路が開ききった今、ここから大量に押し寄せてくる可能性は否めない。


 颯真がちら、と誠一を見る。

 誠一は戦闘服も身に着けておらず、武器もない状態だった。魂を解放しているから多少のダメージは軽減できたとしてもそれでも防御面に心配があるのは事実である。そんな状態でリーチのない素手での戦いは危険すぎる。せめて武器があれば。


 それに気づいた颯真の判断は一瞬だった。


「神谷さん! これを!」


 颯真が誠一を呼び、刀を投げる。

 誠一も即座に反応し、刀をキャッチ、刀身に光を這わせる。

 それを見て危険だと判断したか、群れの中でも大型で鋭い爪をもつ【あのものたち】が三体、誠一に襲いかかった。


「神谷さん!」


 誠一に襲い掛かる【あのものたち】を視認した颯真が叫ぶ。

 あの大型はまずい。数体程度が融合したものだろうが、融合体は単純に足した数の分だけ強化されるわけではない。融合した数に正比例してその強度は上がっていく。数体程度の融合でも手を焼く存在になることは颯真も分かっていた。


 しかし、誠一はそんな融合体が三体も襲い掛かってきたにもかかわらず不敵な笑みを浮かべる。


「ふん、雑魚が三体——私も舐められたものだな!」


 その声に颯真が「雑魚」と声を上げるが、誠一は構わず三体の融合体に向かって飛び込んだ。


「はぁっ!」


 まずは刀を一閃、それで振り下ろされた爪を切り裂いて霧散させ、その勢いそのままに懐に飛び込み片手を【あのものたち】に向ける。


「【懐剣Blade】!」


 コマンドワードの解放とともに、誠一が【あのものたち】を撫でるように手を動かす。

 その手に赤い光の刃が現れ、【あのものたち】に深々と突き立てられると同時に薙ぎ払い、正確にコアを打ち砕く。


「ひとつ!」


 カウントしながら、誠一は刀を振り上げる。

 一体目の後ろからなだれ込もうとした二体目が、下から上へとコアごと切り裂かれる。


「ふたつ!」


 手の中で刀を回し、逆手に持ち直す。

 刀を振り上げた勢いを利用して大きくジャンプし、誠一は逆手に持った刀を頭上から三体目の【あのものたち】に突き立てた。

 串刺しにされた【あのものたち】のコアが砕け、霧散する。


「……」


 颯真が息を呑む。

 刀を渡してわずか数十秒の出来事。

 誠一がかつてのエースと言われており、戦闘力も凄まじいものであることは新人時代に目の当たりにしていたはずだが、その時以上の攻撃力と判断力だった。


 一体でも下手をすれば数人がかりになる融合体を、いくら融合した数が少ないとはいえ三体同時に相手にし、あっという間に倒してしまったのだ。そんな誠一の強さを再確認し、颯真は「この人にはやっぱり勝てない」と呟いた。


「遅いぞ、颯真君!」

「すみません!」


 「刀を貸してくれ」と言われた時に貸すべきだった、と颯真は自分の判断の甘さを叱咤する。あの時は追手のことに考えが回っておらず、また、自分も戦えると気合だけが空回りしていた。


 しかし、よくよく考えたら刀がなくとも颯真には武器がある。

 そう、【タソガレ】としての力が。

 すぐそばではアキトシが【あのものたち】と戦っている。確かアキトシはまだ万全な状態じゃなかったはず、と颯真はアキトシを援護するために右手を突き出した。


 まるで刀を手放していないかのように見えるその動きに、誠一が何を、と呟く。


「僕には——力がある!」


 颯真が叫ぶ。その手に、闇が集まり漆黒の刃を形成する。


「この、おっ!」


 颯真の手に現れた漆黒の刃が、アキトシを狙っていた【あのものたち】を貫き、霧散させる。


「——颯真、君……」


 漆黒の刃を手にした颯真に、誠一がかすれた声を上げた。

 あの刃は【あのものたち】と同じ、闇を固化したようなもの。

 まさか、という呟きが誠一の口から漏れる。


「まさか、颯真君は——」

「ああ、何もかも知ったうえで、われわれ——ヒトと【タソガレ】のために戦うと決めたよ、セイイチ」


 颯真を援護するように刃を振るいながら、アキトシがそう説明した。

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