おや、とミツキが相変わらず禍々しい笑みを浮かべたまま呟く。
「その様子では、何も知らされていないようですね」
含みを持たせたミツキの言葉に、颯真が何を、と尋ねる。
「ソウマ、話を聞くな! ミツキの言葉はまやかしだ!」
しかし、思わせぶりに言われれば気になるのは人の常というもので、颯真は知りたい、と思ってしまった。
自分には何かあるのか、自分の魂が計測できないことや周りが自分を特別視すること、その原因をミツキは知っているのか、と考える。
考えると同時に、まさか、という思いが胸をよぎる。
アキトシも何かを知っている。知っていて、話していない、と颯真は気づいた。
颯真がちら、とアキトシを見る。
「アキトシさん、何かを知って——」
「……」
アキトシは何も答えない。
それを答えと判断し、颯真はミツキに視線を戻した。
「僕がどうだったとしても、貴方は僕の敵だ」
その颯真の宣言に、ミツキはほほうと楽しそうに嗤う。
「その強がりがどこまで続きますかね——ニンゲンの真似事をしているだけの存在が」
『っ!』
颯真とアキトシの声にならない声が重なった。
思わず、颯真がアキトシを見る。
それに対し、アキトシも反射的に顔を逸らす。
「アキトシさん、何を——」
「裏切り者はソウマには何も教えない、ということですか。いいですよ、ワタシが教えてあげても」
そうですよねえ、だからアナタたちはワレワレを裏切ったんですものねえ、とミツキが続ける。
「キミは魂が観測できないだけのニンゲンだと思っているのでしょうが——そんなことあるはずないじゃないですか」
「僕が人間と【タソガレ】のハーフだと言いたいのですか。そんなこと——」
「『知っている』と? はっ、そんな生ぬるいものであるはずがないでしょうが。そもそもニンゲンと
そんなことも知らないとは、ニンゲンは本当に何も知らないのですね、と小馬鹿にしながらミツキはまるで勝利宣言のように言葉を続けた。
「ワレワレを倒すためだけの目的で人工的に造られた魂とワレワレの力の源、『感情』、そのどちらもを操れる存在。確かにニンゲンの種と卵は使われているようだが、それでもニンゲンとしての生を受けたわけではない歪な存在、それがキミなのだよ」
「——!」
がつん、と頭を殴られたような衝撃を覚えた。
もしかしたら、という思いはあった。人間と【タソガレ】のハーフは自分でも荒唐無稽な話だと思っていた。だから、もしかして、何かしら特別な措置を受けた人間の可能性は一応の可能性としては考えていた。
だから、何を言われてもそこまで動じないと思っていたのに、ミツキに真相を伝えられた瞬間、周りの景色が一気に遠かったような気がした。
隣でアキトシが何かを言っているようだが、頭に入ってこない。
知らず、呼吸が浅くなり、全身の力が抜けるような錯覚を覚える。
颯真の全身を包み込んでいた金色の光が霧散する。手から刀が離れ、カランと音を立てて床に落ちる。
「僕、が——」
そう呟いた瞬間、颯真の脳裏を一つの映像がよぎった。
よく、夢の中で見る水の中からの視界。
こちらに向かって何かを——自分に対する期待を、希望を話す白衣の男。
まさか、と颯真の口から言葉が漏れる。
これは、夢ではなく、現実なのか。
もう忘れてしまってもおかしくないほど昔の、人として生を受ける直前の、胎児としての記憶。
人工的に造られた魂、というものがどういうものかは理解できない。ごく普通の人間と同じように生きてきて、違いを感じたことは一度もない。
ただ、【ナイトウォッチ】に入隊するにあたって、「計測できない」と言われて初めて自分は普通ではないのかもしれない、と思った程度だ。
人工的に造られたから計測できないのか、と颯真はそこでようやく納得した。その上で、ミツキが自分をすぐに殺さないのは何か意図があるのでは、と考える。
人工的な魂だからエネルギーとして活用できない可能性、殺したらその瞬間に魂が周囲に何かしらの影響を与える可能性、そんな可能性を、衝撃で回らない頭で考える。いや、考えることで意識を集中させようとする。
本当は投げ出してしまいたかった。ミツキの言葉が真実なら、颯真は初めから【あのものたち】と戦うためだけに生み出されたことになる。竜一が生きていたなら幼い頃から戦うべく訓練されてきた可能性もある。
そうならず、あの夜に【あのものたち】に襲われて初めて魂技を使い、【ナイトウォッチ】に入隊することを決意するまでその道を提示されなかったのは颯真が生み出されて——水槽から出されてすぐに竜一が殺されたからなのか。
それでも、ごく普通の人間ではないのだから人間としての人生を歩ませる必要はなかったはずだ。にも関わらず、一人の孤児として一般家庭に預けられたのは何故だろう。
いや、そんなことを考えている場合ではない。今、必要なのは自分の意思を見せることだ。自分は何を敵と認め、何を味方として戦うかの決断だ。
「僕は——」
自分の呼吸が浅くなっていることに気づき、颯真は深呼吸した。
酸素が脳に行き渡り、遠くなっていた視界が戻っていく。
視界が正常に戻ったところで、颯真はミツキが自分に向けて手を差し伸べていることに気がついた。
時間としては一分も経過していないだろう。何時間も呆然としていた気がするが、そんな時間が経過していれば今頃ミツキとアキトシの間で決着がついていたか颯真自身にも何かしらあったはずである。
「キミの本来の敵はワレワレではない」
颯真に手を差し伸べ、ミツキが言う。
「キミが復讐すべきはワレワレなんかじゃない。エゴだけでキミを作り出した裏切り者と、キミを利用しようとしたニンゲンだ。敵を見誤るんじゃない」
ワタシはキミと戦うつもりはない、とミツキが続ける。
「キミはどちらかというとワレワレに近い。ニンゲンの魂と、【タソガレ】の感情、どちらもを力にすることができる。それを、ニンゲンに利用させる気か。ワレワレを滅ぼして、この世界の資源を根こそぎ奪おうとするのか」
「それは——」
ミツキの言いたいことも分からないではない。「資源を奪う」に関しては【タソガレ】のことがほとんど分かっていない人類が計画することとは到底思えないが、確かに颯真は【あのものたち】と戦うべく生み出された。少なくとも、竜一が「ミツキに対抗できる可能性を生み出す」と言っていたのならそれは事実だろう。颯真の存在意義とは、人類側の駒として【あのものたち】と戦うことにある。その一点で、颯真には人類に対して復讐する動機はある。
どうしたい、と颯真は自問した。
竜一や冬希の母親を殺したという点ではミツキに憎しみはある。同時に、全てを知っていて、それを黙っていたアキトシ——いや、もしかしたら知っていたかもしれない誠一にも怒りが湧く。
誠一は竜一の護衛を務めていたのだから、当然、颯真の出自も知っていただろう。知っていて、それを全て伏せて颯真を【ナイトウォッチ】に迎え入れた。
しかし、本当にそれに対して怒りを覚えていいのだろうか? という疑問も颯真にはあった。
颯真はずっと知らなかったが、最終的な颯真の育ての親となった佐藤夫妻は誠一のことを知っていた。つまり、誠一がどこかで根回しした可能性がある。
それが答えじゃないか、と颯真は口にせず呟いた。
誠一は知っていたかもしれない。しかし、それを口にしなかったのはひとえに颯真を「普通の人間」としての人生を歩ませたかったからではないのか、と。
勿論、成人してから真実を打ち明け、【ナイトウォッチ】として戦わせる意図があったのかもしれない。それでも誠一の性格を考えると、颯真に無理強いしてまで戦わせる意思はないような気がした。
きり、と颯真の奥歯が鳴る。
「さあソウマ、ワタシの元に来るのです」
ミツキは自分の勝利を確信しているのだろう、余裕の笑みで颯真に手を差し伸べている。
颯真には人類に復讐する権利がある、義務がある、とミツキは無言で颯真に圧力をかける。
しかし、颯真の心はすでに決まっていた。
うなだれていた颯真が頭を上げる。
その目には確かに怒りの炎が燃えていた。
「僕は——僕が決めた道を歩く!」
その瞬間、颯真の全身を金色の光ではなく、漆黒の闇が包み込んだ。