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第69話「よるはうそをつかない」

 嘘だ、という声が颯真の口から洩れる。

 嘘だ、そんなことがあるはずがない。

 南竜一——それはまぎれもなく、颯真の父親の名前だ。そんな偶然が、あるとはとても思えない。


 そうだ、表の世界に花が咲けば裏の世界にも同じように花が咲く、そう習ったではないか、と颯真は自分に言い聞かせた。実際のところ、アキトシも【あのものたち】でありながら人間、それも日本人と同じような名前を名乗っている。表の世界も裏の世界も繋がっているから、名前というものも連動しているのだ、そう、自分を納得させようとする。


 しかし、あまりにも状況がアキトシの言うリュウイチと颯真の父親の竜一が同一人物ではないかというつながりを示してくる。

 そういえば竜一も人間の魂を増幅させるチップを開発していた。魂という、実在するとは言われるが観測できないものを研究していた。その一点が、リュウイチと竜一が同一の存在だと証明してしまっている。


 竜一が【あのものたち】であることに忌避感はない。そもそも、颯真も攻撃さえしてこなければ【あのものたち】をいたずらに攻撃する必要はないと考えている。アキトシと出会い、高い知性を持つ【あのものたち】にもそれぞれの営みがあると知り、不必要に殺す必要はない、と痛感した。


 あらゆる状況を考慮して、「あり得ない話ではない」と思いつつも、どこかで「そうあってほしくない」という思いが颯真の中で対立する。


「……そんな……」


 低く呟き、颯真がうなだれる。

 父親が【あのものたち】であるというのなら、自分は【あのものたち】と人間のハーフだというのか。そもそもそんなことが可能なのだろうか、そんな考えが颯真の中でぐるぐると回る。

 同時に、自分の「可能性」とはこういうことなのか、と考える。


 自分が【あのものたち】と人間の間に生まれた存在だから、この二つの種族をつなぐ架け橋になるのではないのかと期待されているのか。二つの種族の血を引いているから魂が可視化されないという特性を持ってしまったのか、そんな考えに至るが、この考えは荒唐無稽ではなく、颯真がこの二つの種族のハーフであるなら説明できてしまうものだった。


「アキトシさん、僕は——」


 恐る恐る、颯真がアキトシに声をかける。


「リュウイチさんは、たぶん、僕の父さん、です」


 その瞬間、アキトシの目が見開かれた。


「ソウマ、きみは、リュウイチの子だというのか!?」


 信じられない、といった面持ちのアキトシ。

 弾かれたように椅子から立ち上がり、アキトシが颯真に駆け寄る。


「……そうか……」

「僕を……知っているのですか?」


 アキトシの反応に、颯真が困惑したように尋ねる。

 いや、そういうわけではない、とアキトシが否定する。


「まさかリュウイチが人間の世界で子供を作るとか、信じられない話だが、同時に信じられる部分がある。ミツキが人間を狩るために一度こちらへ戻ったタイミングで、リュウイチはわたしに帰れと言った。『俺はミツキに対抗できる可能性を生み出す』、そう言ってな」


 その言葉に、颯真はくらりと目眩を覚えた気がした。

 生まれてすぐに埋め込まれたという原型チップ2号。それも全て、ミツキに対抗するためだったのか。

 冬希の敵だと思っていたミツキは、同時に颯真自身の敵でもあったのか。


「リュウイチとは帰った後も暫くやり取りしていた。伝令用の【タソガレ】を利用していたんだが、ある日を境に伝令は帰ってこなくなり、リュウイチとの連絡も途絶えた。最後の連絡が『もう連絡できないかもしれない。ミツキに嗅ぎつけられた』だったから、まさかとは思っていたが——」

「それは——」


 そう、颯真は言葉を発したつもりだったが、言葉にならなかった。

 喉がカラカラに乾き、声帯を震わせることができない。

 そんな、と再度声を発しようにも声が出ず。颯真は唾を飲み込んだ。

 乾ききった喉に、飲み込んだ唾が染みる。


「ミツキ、は……父さんを……」


 それ以上何も言うことができなかった。同時に、どす黒い何かが颯真の心を覆いつくす。

 冬希さんにとっての仇は僕にとっても仇だったのか、と、心の中で呟く。

 この際、竜一が【あのものたち】であることはどうでもいい。


 実際のところ、竜一を父とは言っているが本当に血がつながっているかも怪しい。単純に竜一が見つけ出した孤児である可能性もあるのだ。魂が視えないというのもごくまれに発生する体質であることも考えられる。

 それでも、颯真にとって父とは竜一と智明であり、特に竜一には【あのものたち】と戦う力を与えてもらった。今、颯真が生きているのも、冬希と共に戦えるのも、全ては竜一のおかげなのだ。


 だから、リュウイチと竜一が同一人物で、ミツキが殺したというのならそれは颯真にとって仇だ。

 俯き、唇を強く噛み締める。

 口の中に血の味が広がるが、その錆びた鉄の味が颯真の正気を保たせてくる。


 倒さなければいけない、と颯真は自分に言い聞かせた。

 ミツキが竜一を殺したというのなら、そして自分たちの法律で裁けないというのなら、自分の手で裁くしかない。そんな考えすら浮かんでくる。


 いずれにせよ、今、はっきりと認識した。

 ミツキは敵だ。冬希だけでなく、自分に対しても敵だ、と明確に理解する。

 そんな颯真の様子に気付き、アキトシが手を伸ばして颯真の頬に触れた。


「しかし、きみだけでも生きていてよかった。きみはわれわれにとっても希望だからな」

「それは、どういう——」


 いや、そんなことがあるはずがない、と颯真がアキトシの言葉を否定しようとする。

 颯真は人類にとっての希望のはずだ。それなのに、どうして【あのものたち】であるアキトシにとっても希望だというのだ。確かに、アキトシは人間の魂を収集しようとするミツキとは袂を分かっている。


 つまり、アキトシも人類の側についてミツキを滅ぼそうと画策しているということか。

 それなら納得できる。アキトシがミツキの計画を良しとしていないことはもう分っている。

 それなら——。


「アキトシさん」


 思い切って颯真は口を開いた。

 アキトシが颯真を見る。


「その、ミツキという人を倒せば、計画は崩れるのですか」


 颯真の言葉にアキトシが目を見開く。


「ソウマ、きみは何を——」

「ミツキが計画の立案者であるなら、倒せば僕たちの世界への侵攻は食い止められるかもしれない。そして、僕がみんなの希望であるというのなら、きっと僕にはミツキを倒す力がある。いや、昨夜も——」


 颯真が自分の記憶の糸を辿りながら言葉を紡ぐ。


「ミツキは僕の仇である前に多分冬希さんの仇だと思うんです。冬希さんのお母さんを殺して、僕たちの前にも何度か現れた。そして、僕は昨夜ミツキに傷を負わせました。きっと、不可能じゃない」


 颯真がそう言うと、アキトシはさらに目を見開いた。


「あのミツキに傷を負わせた!? 推進派の中でも力のあるミツキを?」


 颯真が小さく頷く。


「僕の魂が計測できないのならチャンスです。うまくミツキの裏をかけばもしかすると——」

「ワタシを殺せる、とでも言いたいのですか? 裏切り者の息子よ」


 不意に、聞き覚えのある声が室内に響き渡った。

 颯真とアキトシが同時に立ち上がり、声の方向——玄関を見る。


「ミツキ——」


 そんな馬鹿な、といった面持ちでアキトシが玄関に立つ【あのものたち】に声をかける。


「どうして、ここにいると」


 ソウマの魂はわれわれの誰にも観測することはできないはずだ、というアキトシの言葉に、部屋に踏み込んできた【あのものたち】——これまでにも何度か颯真の前に現れてはぶつかってきた個体、ミツキは不敵に笑った。

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