「そもそもわたしやミツキ、もう一人の仲間はこの世界に迷い込んできた人間を元の居場所に返すために人間を研究していたんだ。当時は意図的に人間の世界へ通じるゲートを開く技術も確立されていなかったし、迷子が不安に思う気持ちはわれわれも同じだから、なんとかして戻したい、と思ってね」
そう語るアキトシは懐かしいものを思い出したかのような顔をする。
アキトシの言葉に、颯真はふと【あのものたち】も最初は人類に対して敵対心はなかったのではないか、と思った。
根拠などなかったが、それでも「人間を元の場所に返すため」に通路を開こうとしていた、という言葉が颯真にその考えを抱かせる。
ただ、その研究の途中でアキトシたちとミツキを分かつ出来事が起こったのだろう。
そのきっかけは何となく推測できる。
それは多分「魂」のエネルギーとしての発見だ、と颯真は考えた。
魂の有用性を発見してしまったから、話は変わってしまったのだろうか。
ミツキは魂の利用を考えたが、アキトシたちはそれを望まなかった、ということなのだろうか。
アキトシがふむ、と思い返しつつ話しを続ける。
「まぁ、ゲートを開く方法は割とすぐに見つかったんだ。特定の時間帯になると二つの世界の境界面があいまいになる、となればそのあいまいになった部分に干渉すれば扉は開く、それが分かったからわれわれは扉を開いて人々を返した。それと同時に、われわれも人間の世界に移動した。人間の世界で人間の営みを見てみたかったからね」
人間は面白かったよ。われわれに近くとも全く違う文化や文明を持ち、強く生きているのを見てより強い興味が湧いた、とアキトシが呟く。
それはそうかもしれない、と颯真も心の中で同意した。
颯真も先ほどちらりと目にした街を歩く【あのものたち】を見て興味を持ったのだ。アキトシが人間に興味を持ったという話も理解できる。
大抵の人間なら自分たちと全く異質のものを前にすれば恐怖を覚えるだろう。理解できないものに対して、人間は恐怖を覚えるものだ。
例えば新しい技術。AI技術が発展を始めたころは多くの人間が「AIに仕事を奪われる」や「AIが人格を持ち、人間を排除するのではないか」と恐れ、反AIを謳う人間も数多く現れたという。
それが現在では膨大なデータの精査や車の自動運転、食事の栄養バランス管理など、人々の生活にはなくてはならないものになっている。いくら未知のものであっても、理解すればそれは未知ではなくなり、恐怖の対象ではなくなる。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」なのである。
しかし、未知のものが未知でなくなり浸透していくには、まず誰かが興味を持つ必要がある。誰かが興味を持ち、理解をはじめ、それを人々に伝えることで人々の中に未知が既知のものとして浸透していく。
それは【あのものたち】も同じなのだろう。裏の世界に迷い込んだ人間が【あのものたち】を見て恐怖を覚え、最悪発狂してしまうのは当然の結果だろう。その反面、【あのものたち】も見たことのない種族を前にしてはじめは恐怖したはずだ。
それでも、アキトシたちはその未知の存在に興味を持った。興味を持ち、理解しようとした。
その結果が、今の【あのものたち】の生活なのだろう。
ファッション感覚で人間の姿を模し、生活を楽しむ。
それをほんの少しだが垣間見てしまった颯真は彼らと手を取り合うことができないか、と思ってしまった。もっとも、【あのものたち】側にその意志がなければ無意味なものであるが。
とはいえ、相互理解は不可能ではないだろう。現にアキトシは颯真を理解してくれているし、少数派かもしれないが人類のことに興味を持ってくれる【あのものたち】はそれなりにいるはずだ。
ただ、ミツキが人間の魂をエネルギー源として利用することを提唱し、多くの【あのものたち】がそれを支持しているのなら相互理解は難しい。【あのものたち】に、人類には攻撃されない限り戦う意思はないことを見せたところで人間をエネルギー源としてしか見ていない【あのものたち】にはそれは通じないだろう。人間がただのエネルギー源ではなく、【あのものたち】と同じように意思を持ち、生活を営んでいるということを理解してもらわなければそれは叶わない。
そう考えると、現時点ではアキトシだけだが人類を理解しようとしてくれている【あのものたち】が側にいるのは心強かった。アキトシもまた人間をエネルギー源にしか思っていない個体だったら今頃毒でも飲まされて殺されていただろう。
そんなことを颯真が考えている間にも、アキトシは思い出話を続けていた。
「人間と同じ姿、同じような思考で接すれば人間は警戒せずにわれわれを受け入れてくれた。勿論、われわれにも【タソガレ】としての誇りはあるから時機を見てその情報を開示し、敵意はないことを伝えた。二ホンの政府としては一般市民がいきなり【タソガレ】のことを知ればパニックになるかもしれないからということでわれわれの研究は政府の管理下で極秘裏に行うこととなったが、その時はわれわれも人間も相互理解の上で二つの世界をよりよくしていこうと動いていたんだ」
今となっては信じられない、人類と【タソガレ】の共存。
もし、人間の魂の有用性が発見されなければ二つの世界は繋がり、共に発展していたのかもしれない。
だが、それはミツキが人間の魂をエネルギー源にしようと画策したことで崩れ去ってしまった。
そう考えると、ミツキに対して怒りが沸き起こるのを、颯真は感じていた。
「わたしたちとミツキは人間について調べ、そして魂という概念を発見した。われわれには存在しない不思議な力、われわれは夢中になって調べたよ」
勿論、それに際して人間に危害は加えていない、とアキトシは補足する。
「研究の結果、人間の魂には大きな可能性とそれを実現する膨大なエネルギーが秘められていることを発見した。ごく普通の人間でも、家一件のエネルギーを一年は賄えそうなそのエネルギーに食いついたのはミツキだったよ」
そう言い、アキトシはため息を一つ吐く。
「ミツキは人間の魂に秘められたエネルギーに魅了されてね……。【タソガレ】の長に提案したんだ。『人間の魂を集めれば、エネルギー問題は解決する。そしてあの世界にいる人間は際限なく増えるからエネルギー不足になることはない』と」
「そんな……」
颯真の口から言葉が漏れる。
この世界にもエネルギー問題があるという話は納得できる。ある程度の文明が築かれればエネルギー問題というものが発生するのは至極当然のことだろう。
ただ、その解決方法に人間の魂が使える、それが【あのものたち】にとってデメリットの少ない話であれば当然、食いつくだろう。人間が原子力という力に未来を見出したようなものだ。
新たなエネルギーを前に慎重になるものもいれば積極的に使おうというものもいる。それがアキトシをはじめとした研究者とミツキだっただけだ。
「勿論、わたしは反対したよ。いくら人間の魂が有用であっても人間が文明を築き、それぞれの生活を作り上げているのならそれを奪うのはいけない、と。しかし、ミツキは耳を貸してくれなかった。そんなタイミングでリュウイチはわたしに帰れと言ったんだ」
「え——」
突然出てきたリュウイチという名前に、颯真の心がざわり、と揺れた。
アキトシと共に表の世界に行き、人間の魂を研究していたという仲間の一人だろうが、その名前はあまりにもなじみがありすぎる。
それとも、なじみの深いものだから気になってしまうのだろうか。
「あの……」
おずおずと、颯真がアキトシに声をかける。
「リュウイチさん、って——」
そう、アキトシに尋ねた颯真の声は震えていた。
まさか、まさかそんなことがあるはずがない、と颯真が自分が思い至った考えを否定しようとするが、否定するための根拠がない。
いくらなんでもアキトシがリュウイチと呼ぶ【あのものたち】が父親であるはずがない、と脳が否定しようとするが、自分に埋め込まれたチップを思い出すと、否定することができない。
颯真が自分の記憶を呼び起こす。チップとはどういうものだったか、そしてそのチップを開発したのが誰だったかを。
チップは人間の魂を増幅するもの、と颯真は説明を受けていた。そのチップを開発したのが父親である竜一だ、とも。つまり、竜一は人間の魂を認識し、研究していたことになる。
その点で、竜一とリュウイチの共通点が多すぎる。
そんなはずが、とアキトシを見る颯真、そんな颯真にアキトシはふっと口元に笑みを浮かべた。
「人間とは違って、われわれに苗字という概念は存在しない。だから人間が名前のほかに苗字を持つと聞いて驚いたものだよ」
「それなら——」
颯真の口調が、ほんの少しだけほっとしたものになる。
そうだ、そんなことがあるはずがない。
しかし、アキトシは懐かしそうな面持ちで空中に視線を投げ、口を開いた。
「わたしとリュウイチは人間の世界に馴染もうとした。人間流の苗字も考え、名乗っていたよ。確か——リュウイチはミナミと名乗っていたな。そういえばきみもミナミとか言っていたね、何という偶然だ、きみの世界にはミナミという苗字が多いのか?」
「っ!」
アキトシの返答に、颯真の体が強張る。
「南……竜一……」
信じられない、といった面持ちで、颯真はその名を口にした。