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第67話「よるにつながる」

「きみは、あの街を見てどう思った?」


 窓の外を見ながら、アキトシが尋ねた。


「どう思った、って……」


 思わず、アキトシに視線を投げて颯真は首を傾げた。

 思うところは色々ある。【あのものたち】を許せない気持ちと、だからといって【あのものたち】の営みを止める権利はない、という、一見相反しつつも共存し得る考えが颯真の中をぐるぐると回っている。


「……平和に解決する方法、ないのですか」


 颯真の口からこぼれた言葉がこれだった。

 アキトシが、意外そうな顔をする。


「まさか人間側でそんな言葉を聞くとは思わなかったよ」


 アキトシの言葉に、颯真がえっと声を上げる。


「僕、変なこと言いましたか?」


 ああ、と頷くアキトシ。


「現状、われわれ【タソガレ】が一方的に人間を狩っている状態だ。人間側からすればわれわれは侵略者、排除すべきものだろう」

「それは……そうですが」


 アキトシの言葉は事実だ。人類からすれば【あのものたち】は一方的に襲ってくるものである。

 しかし、今の颯真はそれを「ただ排除すればいい」とはとても思えなかった。以前なら、「【あのものたち】に夜を明け渡してはいけない、夜を取り戻して人類が夜の街を楽しめるようにしなければいけない」その一心でアキトシに対しても攻撃していただろう。


 それなのに、颯真は攻撃できなかったし、「【あのものたち】をただ排除するだけでいいのか」という考えに至ってしまった。

 それが何故かは分からない。しかし、何となくだが思うところはある。


 それは、【あのものたち】とも言葉を交わせば通じ合えるのではないか、ということ。

 勿論、冬希の母親を殺したという【あのものたち】のように人類に対して明確な敵意を持っている個体もいるだろう。むしろアキトシのような個体の方が珍しいだろう。

 それでも、颯真は「もしかして、対話できるかもしれない」と思ってしまった。


 颯真の口調に、アキトシは颯真の思考をある程度察したようだった。


「ソウマ、勘違いしないでほしいが、わたしのような人間に対して友好的な思考を持っているのはごくごく少数派だよ。わたしは【タソガレ】のなかでも異端だから街中では生きていけず、こんな街はずれにいるのだから」


 そう言い、アキトシが苦笑する。


「まあ、人間の魂をエネルギー源として回収して利用するという計画を立てたミツキに対して止めようとはしたのだが、返り討ちに遭ってしまってね。力の回復には努めているがまだまだ役に立てそうにない」

「アキトシ……さん……」


 【あのものたち】の中でも人類を攻撃することを良しと思わない派閥がいたという事実に颯真は驚きを隠せなかった。【あのものたち】も一枚岩ではないのか、と思うと同時に、もしかして、という可能性を考える。


 もし、自分がアキトシの言うミツキとやらを倒せば計画は倒れるのではないだろうか。そんなことを考え、颯真はアキトシに視線を投げる。


 アキトシはゆったり目の衣装を身に纏っていたから身体がどうなっているかは分からない。それでもミツキに敗北して深い傷は負ったはずだ。あの時攻撃してこなかったのは単に敵意がなかっただけかもしれないが、それでも颯真の実力を測りたいと思うことはなかったのか。


 考えてから、考えすぎかと颯真は苦笑する。

 確かに自分は【あのものたち】と戦う力を持った人間かもしれないが、アキトシがそれをどこまで把握しているのか。自分だったらどこかのタイミングで軽く手合わせくらいは頼み込むのにと思いつつ、颯真は横に置いた刀を見た。


 颯真が刀に視線を投げたのを見たアキトシが苦笑する。


「きみがわれわれと戦う戦士であるのは理解しているよ。しかし、いきなりこちらの世界に転がり落ちて状況を完全に把握していないだろう。傷はなさそうだが、今夜いっぱいはしっかり休んだ方がいい」

「でも、早く帰らないと冬希さんが——」


 アキトシの提案に、颯真が思わずそう声を上げる。

 身体はもう大丈夫だ。帰り方さえ分かればいつでも帰ることはできる。

 いくら颯真が「可能性がある」と期待された人間でも、単身敵の本拠地に転がり込んで敵の親玉を倒せるとは思っていなかった。自分の強さは冬希や仲間がいてこそのもの、という自覚があったから、颯真は敵を倒すことより自分が無事に帰還することを優先した。


 ただ、その上で振りかかる火の粉は自分で払う。もしかしたらアキトシも協力してくれるかもしれないが、それでもミツキに敗北して傷を負ったというのであれば無理はさせられない。


 颯真がこの世界に迷い込んだことはもしかすると他の【あのものたち】も気付いているかもしれない。アキトシが自分を見つけたように、ミツキをはじめとする他の【あのものたち】に見つかれば颯真も危険かもしれない。

 そう考えると、長居はできなかった。


「僕は早く帰らないといけないんです。待っている人がいるし、それにあなたを危険に晒すわけには——」

「ミツキに見つかると? 多分、そう簡単には見つからないよ」


 立ち上がろうとした颯真を、アキトシが宥める。


「確かに、わたしは通路から転がり落ちるきみを見つけたが、ミツキもミツキの配下もあの場には下りてないからきみが転がり落ちたことは把握していてもキミの詳細な位置を把握していない」

「それはどういう——」

「通路は二つの世界全体的に展開される。しかし、それではどこに出現するか、帰還するか分からない。だから侵入口と出口の座標は固定されるんだ——それぞれの個体に」


 そう言い、アキトシは再びスクリーンに指を走らせる。


「わたしがきみの世界に移動するとしよう。その際、出口——きみたちの世界にどこに出るかは任意で決められる。しかし、そのための入り口で、帰還するための扉はきみたちの世界へ移動する前にいた場所へと固定されるんだ。まぁきみたちの世界からこちらの世界に転がり込んでくるパターンも皆無ではないがごく稀な話でね、その際の転送座標はランダムなんだ。だから、ミツキが君の転移を察知しても、どこに転送されるかは制御できないし、ミツキ自身も転移前の座標にしか戻れない。そうなったら魂の反応を探して捜索するしかない」


 アキトシがスクリーンに通路のイメージ映像を投影させる。

 相変わらず文字は読めないが、それでもアキトシの説明に颯真はなるほどと頷いた。


「でも、魂の反応を探してってことは遅かれ早かれミツキは僕の魂の反応を見つけ出してここに来る。だったらなおさら早く帰らないと」

「ミツキに見つけられたら、ね」


 アキトシが意味深に笑う。その笑いに呆気にとられた颯真だったが、すぐに気が付いた。

 自分の魂の特異性に。


「……僕の魂は、『視えない』……」

「その通り、きみの魂は確かに存在するのに観測することができない。だから、この家にいると知られない限りは見つかることはないはずだ」


 アキトシの言葉は正しいだろう。颯真の出現位置がランダムに選定されたものであるのなら、この場にいることを知るには相当の捜索が必要だろう。その間に、颯真はコンディションを整え帰還することができるはず。当然、帰還方法を知る必要はある。アキトシはその方法を知っているのだろうか。


 ほんの少し、期待を込めた目で颯真アキトシを見る。

 颯真の意図に気付き、アキトシはああ、と頷いた。


「帰り道は用意できると思う。ただ、もう長い間転移していないから通路が開けるかどうか——」


 そう言ったアキトシは複雑な面持ちで颯真を見た。


「長い間転移していない?」


 「帰り道は用意できると思う」という言葉に、颯真は少しだが安心感を覚えた。うまく行けば敵の本拠地に侵入せずに転移することが可能かもしれない、という期待が颯真の中にあった懸念を一つ溶かしてくれる。

 しかし、「長い間転移していない」とは。


 アキトシは表の世界颯真の世界に来たことがあるのか。そして、人間の「魂」という可能性を見出しつつもミツキと袂を分かったのだろうか。

 その答えは、颯真が尋ねる前にアキトシが口にした。


「一緒に研究していた仲間に『危険だから帰れ』と言われて戻ってきたが、わたしとしては人間の世界でもっと魂を研究したかった」


 思いもよらなかった言葉に、颯真はくらりと目眩を覚えたような気がした。


——今、何を。


 「魂を研究したかった」? その言葉に心の中がざわりと波打つ。


「人間の世界で魂を研究したかった?」


 颯真がアキトシの言葉を繰り返す。

 ああ、とアキトシが頷き、颯真を見た。


「わたしは元々研究者でね——この世界に迷い込んだ人間を、人間が持つ魂を調べていた。何人かの仲間と共に」


 今ではただの隠居だがね、と言いつつ、アキトシは再度苦笑した。

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