「資源……ですか」
アキトシの言葉を、颯真が繰り返す。
そんなことがあるのだろうか。【あのものたち】は人類を襲い、殺してきた。颯真もそれは目の当たりにしたし、実際に【あのものたち】に襲われて戦ったから分かっている。
それなのに、「資源」とは。
いや、それだけではない。人間を「資源」と考えているが、一体何が資源として利用できるというのだ。捕獲せず殺していることを考えれば人間の資源としての価値は死後にある。それなら肉か? 骨か? それとも臓器か? そう考えるが、そのどれもが「違う」という印象を覚える。肉体が資源であるのならもっと丁寧に殺すだろうし、死体というものはすぐに傷んでしまう。資源として利用するなら生きたまま捕獲して、必要な時に殺した方が効率がいい。
それなら何だ、と颯真が考える。考えるが、肉体以外に利用価値がある物などないように思えてくる。
「分からないかな、人間としての資源、それは君も利用しているもののはずだ」
あくまでも颯真に気付かせたいのだろう、アキトシが助け舟を出すが答えそのものは口にしない。
そのアキトシの発言に、颯真は「これは一度視点を変えて考えるべきだ」と判断した。
アキトシは「君も利用している」と言った。つまり、颯真は無意識のうちに「それ」を使っていることになる。
しかし、ヒントを得るまでもなかった。人間の肉体以外で、颯真が使用しているものと言えば一つあった。
「魂……」
颯真が呟く。
考えられるのはそれしかなかった。自分の肉体でなければ、内面のものという思考につながったのもあるが、それ以上に【ナイトウォッチ】として戦う際に魂技を使用している。
しかし、魂が? という疑問もぬぐえない。
魂とは人間を人間たらしめている要因である。死後、体重が21グラム減ったという実験結果から「人間の魂は21グラム」といった説は有名ではあるが、科学的根拠に基づいて計測されたものでもなく、これはあくまでも俗説。魂は「ある」と言われているだけで観測されていない、というのが通説である。
とはいえ、チップを埋め込んだ人間が魂技を使用している以上、魂というものは実在する。チップの原理がどのようなものかは颯真には知る由もなかったが、颯真の心の内に宿る何かがチップを通して具現化し、【あのものたち】と戦う力となっている。もしかすると魂とは颯真や世間一般が認識しているものとは違うかもしれないが、それでも人間の心の中には確かに存在する。
それが、【あのものたち】にとっての資源だというのか。
ああ、とアキトシが頷く。
「人間の魂はとても面白くてね。われわれや他の生物と違って途轍もないエネルギーを秘めている——それこそ、願いを叶えるほどに」
アキトシが空中に指を滑らせ、目の前に半透明のスクリーンを呼び出す。
それが、颯真が普段見ているホログラムスクリーンと同じようなものに見えて、颯真は「科学レベルは表の世界も裏の世界も同じくらいなのか?」と考える。
スクリーンに画像と文字が浮かび上がるが、文字は当然読めないわけで、颯真はアキトシの説明を待つ。
恐らくは魂を説明するためのウィンドウだろうと判断してのことだったが、颯真の考え通り、アキトシはスクリーンを操作しながら説明を始める。
「そもそも魂とはきみたちの世界の言葉なんだ。われわれには人間のように魂があるわけではないからこれはわれわれの世界には存在しないものだ」
その言葉から始まったアキトシの説明に、颯真は「魂がない?」と思いつつも話を聞く。
魂とは生物が生物として生きるために必要なものではないのか? それとも、本当に人間が認識しているのとは違う形で存在するものなのか?
そう考え、颯真は自分が魂というものを全く理解していないことに気が付いた。
ただ「ある」ということを知っているだけだ。だが、それを【あのものたち】は理解しているというのか。
「人間の魂とは、その心の内で燃え盛る焔のようなものだ。人間の心に応じて人間に力を与え、そして人間が死ぬと霧散する」
なるほど、と颯真が納得する。チップによって発現する魂技はどれも使用者の心に応じて威力が変わる。絶対に負けないという強い意志で使えば強く燃え盛り、勝てないかもしれないと弱気になれば消えてしまう。そして、その総量には個人差があり、いくら強い意志を持っているように見えても総量が少なければ【ナイトウォッチ】にはスカウトされない。
死ぬと霧散する、という話も理解できる。先ほど思い出した21グラムの話ではないが、人間が死ねばそれをつなぎとめる意思が存在しなくなり、消えてしまう、ということだろう。
そこまで考えて、まさか、と颯真が声を上げる。
「資源って……人間が死んだときに霧散する魂を回収する、ということですか」
自分で言っておきながら、荒唐無稽な、と思ってしまう。
確かに魂は「ある」かもしれないが、それを物理的に回収するなど科学的に不可能なはずだ。アキトシの言葉が正しく、人間の魂がエネルギーを秘めているとしてもそれが利用できるならとうの昔に利用しているはずだ。
そこまで考え、颯真は違う、と自分の考えを否定する。
その考えはあくまでも人間の常識での話だ。人間は魂を正確に観測できないし利用できないが、【
だから、人間を資源として認識できるし、実際に活用している。
今まで、多くの人間が【あのものたち】に殺されてきた。【夜禁法】の制定によって人間が夜に外出することはほとんどなくなったが、それでも高義のように興味本位で外に出た人間や【黄昏教会】の信徒のように【あのものたち】のために身を捧げる人間も存在する。
もしかすると、人間の魂のエネルギー効率はとても高いのかもしれない。そうでなければ【あのものたち】はもっと積極的に電磁バリアの破壊を敢行して人類を襲っていただろう。
そうだ、とアキトシが頷く。
「われわれは人間の魂を回収する方法を確立している。その上で、現代のわれわれの生活エネルギーとして利用している」
ちら、とアキトシが窓の外を見る。颯真もつられて外を見る。
遠くに見える煌びやかな街の明かり。
それを見た瞬間、颯真はぞっとした。
あの煌びやかな光が、人間の魂によってもたらされているのか、と考えると【あのものたち】を許してはいけない、と思ってしまう。
【あのものたち】は人類の敵だ。人間を殺し、その魂で繁栄している。
それを許してはいけない、と考え——そして、ふと思ってしまう。
——それでいいのか?
【あのものたち】は生きるために人間を資源として利用している。もしかすると他にも資源は存在するのかもしれないが、それでももし、人間から魂の回収ができなくなればあの街の光は消えてしまうだろう。
それでいいのか、と颯真は再度自分に問いかける。
人類を存続させるために、【あのものたち】を苦しめていいのか? と。
何故、その思考に至ったのか、颯真自身も分からなかった。
ただ、漠然とだが、【あのものたち】の営みを阻止する権利など人間には存在しないのではないか、と思ってしまった。
勿論、だからと言って【あのものたち】がこれまで通り人間を殺すのは受け入れられない。人間の心の内で燃えるという魂を死してなお利用するのは死者に対する冒涜ではないか、と思える。
それでもなお、颯真は【あのものたち】の街から明かりが消えるのは耐えられない、と思った。
遠くからでしか見ていないが、【あのものたち】が幸せそうな生活を営んでいたからかもしれない。あの街の【あのものたち】は人間と姿が違うだけで、生活自体は人間と変わりないような気がした。
そこで、颯真は【あのものたち】も幸せに生きる権利があると思っていることに気が付いた。
同時に思う。
【あのものたち】が悪意を持って攻撃してこなければ、低位の【あのものたち】をけしかけなければ、もしかすると共存できるのではないか、と。
颯真が思考を巡らせているのを、アキトシは黙って眺めていた。
アキトシからは颯真が何を考えているかは分からない。
それでも、アキトシもまた信じていた。
あの時、問答無用で斬らなかった颯真は、もしかすると分かってくれるかもしれない、と。