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第65話「よるのまちなみ」

 【あのものたち】の後ろに続いて颯真が歩く。

 草地を抜けると、遠くに街の灯りらしきものが見え、颯真は【あのものたち】もそれなりに文明を築いていることに驚かされた。


 街の灯りは焚き火のような炎の色ではない。颯真の知る、自分の世界表の世界の繁華街のような色とりどりの電飾のような光で満ちていた。

 電力というものはこの世界にも存在するのか、と思いつつ、颯真は【あのものたち】について歩く。


「それにしても、きみが街中に落ちなくてよかったよ。真っ先に気付いたのがわたしだったのも運が良かった。街中だったり、他のものに見つかっていたら命はなかっただろうからね」

「……」


 同意しかなくて、颯真が小さく頷く。

 街中だった場合、敵の只中に落ちるわけで、そうなればいくら颯真に力があったとしても切り抜けることは不可能だっただろう。そう考えると、運が良かったとつくづく思い知らされる。

 【あのものたち】としては詳しい話は家で聞こうと考えているのだろうか、会話らしい会話はほとんどなく、二人は舗装された道に出て、道沿いに歩き続けていた。


 しばらく歩くと街の灯りもかなり近くなり、街の規模が颯真の想定を遥かに超えていることに気付かされる。

 人間の世界と遜色ない高層ビルの数々、車のような乗り物も街を走っており、歩いている人々の多くが【あのものたち】黒い影であることを除けば表の世界の繁華街に戻ってきたのではないかと錯覚してしまう。


 街を歩く【あのものたち】は多くが黒い影のままだったが、それでも一部では人間の姿をしているものもあり、ある種のファッションとして人間の姿が浸透しているようにも思える。

 遠目にそんな街の様子を見ていた颯真だが、先導する【あのものたち】に「こっちだ」と誘導され、角を曲がり街から離れる。


 颯真が誘導されたのは街外れの、一戸建て住宅がまばらに建つ住宅地だった。

 一戸建て住宅という印象は受けるが、見た目は颯真がよく知る日本の住宅街とは違う。もっと規格化されたような、無機質な見た目の家々が並ぶ住宅街。

 その住宅街の、さらに少し奥まった場所にある家に、颯真は案内された。


「さあ、入ってくれ」


 小さく頷き、颯真は「お邪魔します」と呟いて家の中に入った。

 家の中はきれいに片付けられており、調度品も「もうしばらくした未来には人類もこんな家に住むのだろうか」と思わせるような近未来的な雰囲気のものだった。


「とりあえず座ってくれ——ああ、椅子はその丸いやつだ」


 【あのものたち】が部屋に置かれた白いバランスボールのようなものを指差す。

 椅子? これが? と颯真が半信半疑で刀を横に置き、バランスボールに腰掛けると、バランスボールは見た目だけだったのかふわりと颯真を包み込むように変形していく。


 まるで人間の世界でも流行した「人をダメにするソファ」みたいだな、と颯真が呑気にも考えてしまう。それだけ座り心地は快適で、今までの緊張や不安が吹き飛ばされてしまうような錯覚を覚える。


「人間の口に合うかどうかは分からないが、コーヒーを淹れた。まずはそれを飲んで落ち着いてくれ」


 【あのものたち】がマグカップのような器に黒い液体を注ぎ、颯真に手渡す。

 受け取った颯真が液体を見ると暖かそうな湯気を上げたそれは見た目も香りもコーヒーそのもので、裏の世界にもコーヒーが存在して、嗜好品として好まれているのか、と感心する。


 毒が入っているかもしれない、という不安や疑いはなぜか颯真に湧いてこなかった。相手があまりにも敵意がなかったからかもしれないが、なんとなく、「この【あのものたち】はそんなことをしない」という確信が颯真にあった。


 颯真がカップに口をつけ、中の液体を一口飲む。

 飲みなれた苦味と酸味が口の中いっぱいに広がり、ただでさえ椅子でほぐれかけていた緊張をさらにほぐしていく。

 ほっとしたように息を吐く颯真を、【あのものたち】は微笑みを浮かべ眺めていた。


「落ち着いたか?」

「はい、ありがとうございます」


 颯真が感謝の言葉を口にすると、【あのものたち】はそれは良かった、とばかりに颯真の向かいの椅子に座った。


「まず、自己紹介をしておこう。わたしはアキトシ。きみたち人間が【あのものたち】と呼んでいる存在の一人だ」


 そう言い、アキトシと名乗った【あのものたち】もコーヒーを一口飲む。


「良かったら、きみも名前を教えてくれないか?」


 アキトシの質問に、颯真があっと声を上げて頷く。


「僕は……南颯真と言います。颯真、でいいです」

「ソウマ……? ほう、きみはソウマと言うのか。いい名前だ」


 アキトシが一瞬、不思議そうな顔をしたがすぐに楽しそうに笑い、颯真を見る。


「突然こんなところに迷い込んで、聞きたいことが沢山あるだろう。わたしでよければ説明できることは説明するよ」


 その言葉に、颯真はどうする、と自問した。

 聞きたいことはたくさんある。この世界のことや【あのものたち】のこと、この世界の営みのことなど興味は尽きない。


 しかし、【ナイトウォッチ】として真っ先に知りたいことは何だろう、と考え、颯真は最初に提示する質問を組み立てた。


「【あのものたち】は僕たち人間が勝手に呼んでいる名前です。本当は、なんと呼べばいいのですか」


 ——【あのものたち】が自分たちで名乗る種族名とは何か。

 【ナイトウォッチ】としては一番知りたい情報が【あのものたち】とは何者であるか、ということだと考えた颯真は真っ先にそう尋ねていた。

 そうさな……とアキトシが呟く。


「なかなか難しい質問だ。とりあえず、名称だけを伝えるとすればわれわれは【タソガレ】という種族になる」

「【タソガレ】……」


 その名前は聞いたことがある。表の世界では「夕暮れ時」を意味する単語ではあるが、【あのものたち】を信奉する人々は【タソガレさま】と呼んでいた。

 あの言葉は信奉者が勝手に付けた名称ではなく、【タソガレあのものたち】自身が人間に名乗っていたのだ。


 そう考えると、【あのものたちタソガレ】は人類と既に交流している。【あのものたち】を信奉するもの限定ではあるが、人々の営みを学ぼうとしている。もしかすると、街で見た【あのものたち】はいくらか人類の文化に影響され、流行しているのかもしれない。


 そう思うと、颯真は今までの戦いはなんだったのだろう、という思考に到達した。【あのものたち】は人類を襲う。人類を襲うから夜は電磁バリアで区切り、人類を隔離した。【あのものたち】が人類を襲わなければ、もしかすると対話し、手を取り合うことができたはずだ。それなのに、なぜ。


 アキトシが続ける。


「しかし、きみがすでに見てきた通り、【タソガレ】はわれわれのような言語を解するものだけでなく、知性のない下等のものやそれ以下の『ただ生存するだけのもの』も存在する。きみたちの世界では生きているもの全てが人間というわけではないだろう、そう考えるとわれわれときみたちではそもそも生態系が違うのだよ」


 颯真の中に浮かんだ疑問を解決するには遠回しな言葉だったかもしれないが、颯真はなんとなく理解した。

 いかなる姿であれ、【あのものたち】と呼ばれるのなら、知性を持たない凶暴な個体が人類に襲いかかるのは当たり前の話である。逆に、知性のある【あのものたち】は余程のことがない限り人類に牙を剥かない。


 とはいえ、颯真がこの世界に迷い込むきっかけとなった【あのものたち】は明らかに人類を敵に回していた。人類を利用すると言っていた。

 つまり、【あのものたち】は人類にとって、敵。むしろアキトシが人類で言うところの【あのものたち】派、つまり人類を敵に回すことを良しとしていない異端なのではないだろうか。


「あなたは……人類が憎くないのですか?」


 思わず、颯真はそう尋ねていた。

 人類が憎い、は語弊があるかもしれない。【あのものたち】は人類を利用すべき何かとして見ているだけなのかもしれない。

 それでも適切な言葉が思い浮かばず、颯真はそう質問していた。

 なるほど、とアキトシが呟く。


「われわれは人間を憎んでなんかいないよ。それはわたしもあいつも同じはずだ。ただ、あいつは人間を『使い勝手のいい資源』として見ているだけだ」


 「使い勝手のいい資源」、アキトシははっきりとそう言った。

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