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第61話「よるにおちる」

「こん、のぉっ!」


 颯真が振り下ろした刀を【あのものたち】の爪が受け止める。その横から別の個体が襲い掛かるが、それは冬希が斬り伏せる。


 いつもより低い——いや、増幅装置を取り付ける以前レベルにまで低下した出力では、今二人に襲い掛かる【あのものたち】は明らかに強敵だった。


 荒い息を吐きながら二人は【あのものたち】との戦闘を続行する。

 身体強化レベルも落ちている状態で、体力が落ちたも同然となり、すぐに息が上がる。


 視界に映る夜明けまでのカウントダウンを見ながら、二人はそれでも苦しい戦いを続けていた。


「! 南、先行しすぎだ!」


 いつの間にか颯真が深追い状態になっていることに気付き、冬希が叫ぶ。


「うおぉぉぉぉ!」


 冬希の声が届いていないのか、颯真がさらに踏み込んで【あのものたち】を斬り伏せる。


「南!」


 冬希が再び叫ぶ。時計を見れば夜明けまであと数分。

 【あのものたち】もそれに気付いているのか、じりじりと冬希から離れつつあった。


「南、下がれ!」


 再度叫んだものの、冬希の視線の先の颯真はさらにその奥を見据えていた。

 後方に控えている高位の【あのものたち】。

 必ず仕留めると言わんばかりに、颯真は高位の【あのものたち】に向かっていた。


「ふん、やりますか」


 余裕綽々といった様子で【あのものたち】が刃を構える。


「うおおおおおおおおっ!」


 颯真が刀を振り下ろす。それを楽々受け止める【あのものたち】。


「冬希さんは狙わせない!」

「おや、そんなにもあの女が大切だというのですか」


 【あのものたち】の反対側の手にも刃が出現し、颯真を狙う。


「っ!」


 咄嗟に後退し、颯真が刃を回避する。


「南、下がれ!」


 再び冬希が叫ぶが、颯真はその指示に従わなかった。

 確かに夜明けまで時間がない。冬希の指示に従って下がるべきだとは頭では理解している。

 それでも、颯真は下がることができなかった。


 増幅装置によって魂技の出力が上がっている。それは今この瞬間は冬希の父の逮捕という揺らぎで本来の力を発揮できていないかもしれない。だからといってここで【あのものたち】を見逃すわけにはいかない。ここで見逃せば後日、今度はもっと強い【あのものたち】を従えて襲い掛かってくるかもしれない。


 それに、【あのものたち】に与したことで冬希の父親が逮捕されたというのなら冬希もまた父親、または【あのものたち】に情報漏洩していたとして拘束されるかもしれない。


 嫌だ、と颯真が心の中で叫ぶ。

 もしそんなことになれば颯真自身も戦意喪失し、魂技の出力が落ちて【あのものたち】の餌食になってしまうかもしれない。そうならなかったとしても冬希と共に戦えないのは嫌だ。


——一緒に夜を取り戻すと決めたんだ、だからせめて今目の前にいる【あのものたち】は排除してしまいたい。冬希さんに何かあった場合、僕一人であいつは倒せない——。


 そういう思いが、颯真を駆り立てていた。


「ふん、下がりませんか、なるほど——」


 意味ありげな笑いを浮かべ、【あのものたち】が両手の刃を振る。

 それを刀で弾き、颯真が【あのものたち】に向かって前進する。

 下がってばかりではいけない。攻撃こそが最大の防御というのなら、前進するしかない。


 【あのものたち】がちら、と冬希を見る。その顔に嘲笑が浮かぶ。


「そういえば、彼女の父親でしたか——あのヨシロウとかいう男は」


 そう言いながら【あのものたち】がくつくつと嗤う。


「我々に協力してくれたことは評価しますが、娘が【ナイトウォッチ】に所属しているとはね……その様子だと我々のことは分かっていないようですから、捨て置いてもいいでしょう」

「何を——」


 冬希に注意を払いつつ、颯真が【あのものたち】を睨む。


「魂を戦力として使うのは脅威ですが、感情によってその効果が左右されるのなら脅威ではない。あの女、父親が逮捕されて相当動揺しているようですね。あれでワタシに傷を付けられるとでも?」


 【あのものたち】は明らかに冬希を下に見ている。まともに戦えない【ナイトウォッチ】など敵ではない、と嘲笑っている。


「今はちょっと驚いてるだけだ! お前なんて、すぐに——」


 颯真が刀を構え直す。

 それなら、と【あのものたち】の片手の刃が消失、空になったその手を冬希に向ける。手に漆黒の塊が出現し、冬希を狙う。


「あの女から仕留めてもいいですよ」

「させるか!」


 【あのものたち】の腕を狙い、颯真がさらに踏み込み、同時に左手で太もものシースからナイフを抜き、漆黒の塊に向けて投擲した。

 光を纏ったナイフによって闇の塊が弾け、直後、【あのものたち】が颯真の刀を受け止める。


「そんなにもあの女が大切ですか」

「当たり前だろ!」


 鍔迫り合いの体制になったところでそんな会話が交わされる。


「キミに守り切れますかね」

「黙れ!」


 そう言いつつも颯真が刃を受け止める刀から片手を離し、その手を【あのものたち】に向けた。


「【懐剣Blade】!」

「なっ!」


 鍔迫り合いの状態でほぼ密着状態となっていた【あのものたち】の懐に光の刃が突き立てられる。


「ぐ——っ!」


 全力で颯真の刀を振りほどき、【あのものたち】が後ろに跳ぶ。

 人型で攻撃を受けた場合はそれなりのダメージが入るのか、傷口から闇が血のように溢れ、地面に落ちる。


「クソッ、以前とは魂の出力が違う——そうか、魂の出力を増幅させたのか」


 傷口を押さえ、【あのものたち】が呻く。


「裏切り者の浅知恵を利用したのか——。ニンゲンはいつも浅ましいな!」


 忌々しげに呟く【あのものたち】。

 【あのものたち】に光の刃を突き立てた颯真も内心では驚いていた。

 前回なら傷ひとつ与えることができなかった、いや、鍔迫り合いになってもすぐに弾き飛ばされていただろう。それが片手での鍔迫り合いに持ち込み、空いた手で【懐剣Blade】を発動、突き立てることに成功している。


 増幅装置の力とはここまですごいのか、と颯真はその驚きを悟られないように考えた。

 これならいける。ここでこの【あのものたち】を倒す、と颯真がさらに踏み込む。


 だが、それは【あのものたち】が片手を振り、颯真に闇を固化した刃を放って足止めする。


「悔しいですが、今のところはここで退きましょう。しかし、手が見えたのならこちらにも対応のしようはある」

「待て!」


 あまりにもあっさり引き下がろうとする【あのものたち】に颯真が追撃しようとする。


「南、深追いするな!」


 咄嗟に冬希が叫んだ。

 視界に映る時計は、もうすぐ夜明けであると示している。

 この時間では高位の【あのものたち】を倒すことは不可能。


「南!」


 もう一度冬希が叫ぶ。颯真が高位の【あのものたち】に向けて駆ける。

 そのタイミングで、朝日が夜の街を切り裂いた。

 【あのものたち】が一斉に身を翻し、裏の世界へと帰還していく。


「逃がすか!」


 刀を握り直し、高位の【あのものたち】に突撃した颯真の姿がぐにゃりと歪む。


「南!」


 次の瞬間、周囲の【あのものたち】が全てその場から掻き消えた——颯真の姿も。


「……南……?」


 呆然と、冬希が声を上げる。

 まさか。颯真は。

 夜明け直前の深追いは固く禁じられている。それは帰還する【あのものたち】に巻き込まれて裏の世界に転がり落ちてしまうから。

 そして、颯真はその禁じられていた深追いをしてしまった。冬希の制止も聞かず、高位の【あのものたち】に突撃してしまった。


「……南……」


 膝から力が抜け、冬希がその場に座り込む。

 今までから【ナイトウォッチ】の隊員が何人も裏の世界に転がり落ちたという話は聞いていた。しかし、その隊員が帰還したという記録はない。つまり——


「嘘……」


 信じられない。信じたくない。

 父親が逮捕された直後に、颯真が未帰還など、そんな悪夢が起こるはずがない。

 颯真は何かに躓いて転んだだけだ。だからすぐに起き上がって戻ってくる。


 そう自分に言い聞かせても、颯真は冬希の前に戻ってこなかった。

 同じ部隊の他の隊員が冬希を迎えに来る。


「瀬名、君のお父上が逮捕されたこともあるから君も暫く拘束することになる」


 その声は冬希に届いていなかった。


「待って、南が——颯真が、戻ってこない!」


 その冬希の訴えに、隊員が首を横に振る。


「そんな、裏の世界に落ちた隊員は今まで誰も——」

「新人にそれを言うな! とにかく、アルテミスとアポロにデータ転送を、できるだけの手は打て」


 隊員たちも意見はバラバラであるが冬希の言葉を聞き、落ち着けようとする。


「とにかく、今は帰還だ。詳しい話は帰ってから聞く」

「颯真を——颯真を助けて!」


 いつになく取り乱す冬希をなだめながら、隊員たちも車に乗り込む。

 徐々に強くなる朝日がまだわずかに残る【あのものたち】の残骸を、まるで吹き飛ばすかのように消し去っていった。

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