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第60話「よるはふたたび」

「……冬希?」


 その瞬間、冬希がその場に硬直する。


「……お父……さん?」


 信じられない、といった冬希の声に、颯真も駆け寄り、護送車の中を覗き込む。


「——え?」


 護送車の中には数人の拘束された人間がいた。

 その中の一人、高級そうなスーツを身にまとった男が呆然と冬希を眺めている。

 冬希も信じられないといった面持ちでその男を見ている。


「お父さん、どうして、ここに——」

「瀬名芳郎は【黄昏教会】に関わっている容疑で先程逮捕しました。ここにいる実行犯との連絡の証拠もあります」

「な——」


 嘘でしょ、と冬希が呟く。


「いや、お父さんが【あのものたち】を信奉しているとは知っていたけど、そんな、まさか——」

「……冬希さん?」


 どういうこと、と颯真が尋ねる。

 だが、冬希はそれに答える余裕が全くなかった。

 隊員が「それでは」とドアを閉め、車を発進させる。


「いや……そんな、私は信じない……」


 いくらなんでもお父さんがそんなことをするはず、と冬希が呆然と立ち尽くして呟いている。


「……冬希さん……」


 冬希の腕に触れ、颯真がもう一度冬希の名を呼ぶ。


「……上層部も警察も電磁バリア発生装置の破壊に関しては政府関係者の関りを疑っていた……それが……お父さんだった、というの……?」


 冬希の呟きに颯真がはっとする。

 そうだ、一連の事件に政府関係者の関与は疑われていた。それは颯真も思ったことだ。

 そして、冬希の父親は国会議員、政府関係者、それも【夜禁法】に深く関わってくる立場にいる。


 まさか、と颯真が呟く。

 冬希の呟き通り、芳郎が一連の事件に関わっていたのか。

 冬希は言っていたではないか。「お父さんが【あのものたち】を信奉しているとは知っていた」と。

 その芳郎が【黄昏教会】と繋がっていた。実行犯と連絡していた、ということは電磁バリア発生装置の位置情報などを流した、というところだろうか。


 そんなことがあってたまるか、と颯真も憤るが、聞こえてくる状況は全てが事実だと告げてくる。

 そこまで考えてから、颯真ははっとして冬希を見た。

 冬希の父、芳郎が逮捕されたというのなら冬希はどうなるのだろうか。身内の不祥事ということで何らかの処分が下されるのではないだろうか。


 嫌だ、と颯真が思わず呟く。その声に冬希がはっとしたように颯真を見る。


「嫌だよ、冬希さんが処分なんて」

「南……」


 冬希もすぐに気が付いた。父親が情報漏洩をしていたというのなら自分自身もその情報漏洩に加担していたのではないかと疑われるのは自明の理である。

 今、同行を求められなかったのは冬希も戦闘員としての戦力を期待されているからで、少なくとも今夜はこのまま戦闘に参加しろ、ということなのだろう。そう考えると明日以降は。


 ——と、周囲の照明が落ちたかのような闇がその場を包み込んだ。


「——来る!」


 冬希が叫ぶ。

 同時に、颯真も刀を抜いて横に跳ぶ。

 颯真がいた場所を、鋭い爪を持った触手が通り過ぎた。


「南!」


 冬希も刀を抜き、抜きざまに迫る触手を斬り捨て、叫ぶ。


「冬希さん、気を付けて!」


 そう叫んだ颯真の視線が触手が来た方向を見据える。


「……まさか、ワタシに気付くとは」


 その声に冬希も颯真と同じ方向を見る。

 そこに、以前戦った高位の【あのものたち】が立っていた。



 ごくり、と颯真の喉が鳴る。

 いつかは再び相まみえると思っていた人型の【あのものたち】。

 不定形の姿を持つ【あのものたち】にとって姿はどうでもいいものらしく、外見は以前のものとは違う。しかし、チップに収集されたデータが目の前の【あのものたち】が先日戦ったものと同一個体だと告げている。


 さらに、単独では不利と考えているのか、数多くの低位の【あのものたち】を引き連れ、立っている。


「貴様——!」


 いつでも飛び掛かれるように身を低く落とし、刀を下段に構えた冬希が叫ぶ。

 しかし、【あのものたち】は冬希には目もくれず、颯真だけを見据えていた。


「またアナタですか。そんなにも裏切り者が大切ですか」

「何を——」


 颯真の額を冷汗が伝う。

 【あのものたち】は何を言っているのだろうか。「裏切り者」とはどういうことだ。

 いや、何となくだが理解できる。【あのものたち】の中にも人類に攻撃することを良しとせず、人類側に付いた個体がいるかもしれない、ということに。人類側に【あのものたち】に与するものがいるのであれば、その逆も十分あり得る話だ。目の前の【あのものたち】のように高位の個体が人間に擬態できるのなら、もしかすると人間に溶け込んで生活している【あのものたち】もいるかもしれない。


 とにかく、目の前の【あのものたち】は颯真が裏切り者とやらと通じていると思っているらしい。

 自分が知る誰かが実は【あのものたち】なのか、と颯真は考えようとしたがすぐに首を振ってその考えを振り払う。

 今はそれどころではない。目の前の【あのものたち】を排除することが先だ。


 【あのものたち】の姿がふっと揺らめき、闇に溶け込む。

 次の瞬間、【あのものたち】が冬希の目の前に現れ、刃を振り上げる。


「っ!」


——瞬間移動!


 【あのものたち】が闇を利用して瞬間的に移動することは今までも観測されている。

 大抵はそれすらアルテミスの演算である程度はカバーできていたが、父親の逮捕というショッキングな出来事に動揺していた冬希は僅かに反応が遅れてしまった。


 振り上げられた刃が振り下ろされる。

 しかし、


「やめろって、言ってるだろ!」


 その刃は【強化Reinforcement】によって身体強化し、一瞬で距離を詰めた颯真によって受け止められた。


「またキミか!」


 忌々し気に【あのものたち】が声を上げる。

 声は上げたものの、【あのものたち】はほんの少しだが焦燥しているようだった。

 以前なら取るに足りない力の持ち主だった敵が、そんなにも期間が経過していないのに実力出力を上げ、攻撃を止めたことに少なからず驚いているらしい。


「邪魔をするな!」


 【あのものたち】が叫ぶ。それに呼応するかのように低位の【あのものたち】が颯真と冬希に襲い掛かる。


「はぁっ!」


 冬希が低位の【あのものたち】に刀を振り下ろす。

 ごり、とした手ごたえに刀の切れ味が落ちていることに気付く。


——出力が——!


 魂技の出力が落ちている。それも通常以下に。

 刀に埋め込んだ増幅装置の影響だということにはすぐに気が付いた。

 使用者のコンディションに左右されるこのパーツ、出力がここまで落ちてるということはそのレベルで自分の心が揺らいでいる、ということ。


 父親を逮捕されたショックは冬希が思っていた以上にコンディションを悪化させていた。


——駄目だ、集中しなくては!


「冬希さん!」


 冬希が危ない、と悟った颯真は高位の【あのものたち】を押しのけ、身を翻した。

 横から割り込むように飛び込み、【あのものたち】を斬り伏せる。


「冬希さん、下がって!」

「しかし南!」


 冬希が颯真を止める。

 まずい、このままでは颯真も危ない。

 冬希の目にははっきりと映っていた。颯真の刀が纏う光も冬希ほどではないが弱まっていることを。

 颯真も動揺している、この状態で戦い続ければいつかは押し切られる。


 今は応援を要請して一旦退いた方がいい。

 そう、動揺しつつも冷静に判断して冬希は颯真を引き留める。

 それでも颯真は冬希の手を離れ、【あのものたち】に斬りかかっていく。


「南、下がれ!」


 このままではいけない、と考えたところで横から襲い掛かった【あのものたち】に颯真が弾き飛ばされたのが冬希の視界に入った。


「南!」


 震える手で刀を握り直し、冬希が颯真に駆け寄ろうとする。

 しかし、身体強化にも影響が出るレベルで揺らいでいた冬希の足は重かった。

 目の前で颯真が素早く体を起こし、【あのものたち】に反撃する。


 いけない、このままでは颯真を消耗させてしまう。落ち着け、お父さんのことは一回忘れろ、と冬希が自分に言い聞かせる。

 弱体化した冬希に目を付けたか、【あのものたち】が近寄ってくる。

 それを振り払いながら、冬希は颯真に向かって駆け、手を伸ばした。


「南!」


 やっとのことで冬希が颯真の腕を掴む。


「落ち着け、南!」


 私は大丈夫だから、と颯真を落ち着けるように声をかける。


「冬希さん……」


 近寄った【あのものたち】を振り払い、颯真が呟く。


「私は大丈夫だ、少し動揺しただけ、もう大丈夫」


 大きく息を吐き、冬希は周囲の【あのものたち】を見た。


「南も深呼吸して。とにかく落ち着いて」


 冬希に言われ、颯真も大きく息を吐く。

 深呼吸したことで、心の中でざわついていた様々な感情が落ち着いていく。


「……ごめん、冬希さん」

「大丈夫だ、あと二時間で夜明けだから、それまではなんとか」


 背中合わせで【あのものたち】を睨みつけ、颯真も冬希も自分の心を落ち着ける。

 動揺してはいけない。冬希の父親が逮捕されたのは何かの間違いだったかもしれない。それが楽観的希望であることは分かっていたが、今はそれに縋った方がいい。

 【あのものたち】が一斉に飛び掛かってくる。

 意識を集中させ、二人は飛び掛かってきた【あのものたち】を斬りつけた。

 手ごたえは先程ほど重くはない。気持ちを切り替えて集中したことで、辛うじて普段の出力にまで戻ってきている。

 【あのものたち】を斬り捨てる。幸い、今群がっている【あのものたち】は下位のもので、ただ数が多いだけ、融合する知恵もないらしい。


 二人の攻撃に、【あのものたち】の数が少しずつ減っていく。


「……ふぅ……」


 息を吐き、颯真が時計を見た。

 夜明けまではあと一時間。あと一波くらいは押し寄せてきそうだが、この調子ならなんとか出力を落とさずに凌げるだろう、と判断する。


 上がった息を整え、二人が周囲を確認する。

 ざわり、と姿を見せる【あのものたち】。

 アルテミスの予測が二人の視界レーダーに表示される。

 先ほどより数は少ないが、アルテミスの判定ではやや知性を持った強敵。


 今の出力でできるか、と二人が自分に問いかけるも、すぐに「できる」と結論付けて【あのものたち】に向かって駆けだした。

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