「おい、颯真」
荷物をまとめていた颯真に、背後から卓実が声をかける。
誠一の家は宿舎になっているとはいえ、あくまでも新人チームのためのものである。
次に入隊する新人たちのために颯真は配属先の宿舎に向かうべく仮眠室に置いた私物をまとめていた。私物と言っても大したものは持ってきていない。自宅に帰る日もそれなりにあったため、数冊の本と着替えがある程度だった。
颯真が振り返り、卓実を見る。
「どうしたの」
「いやぁ、なんだかんだあったが俺たちもついに正式な【ナイトウォッチ】だなって思ってさ」
いやー、あの紅白戦は勝ったと思ったんだがなあ、流石に真を先に落とされたら俺一人じゃても足も出なかったわーと部屋に入ってきた卓実がばんばんと颯真の背中を叩く。
「お前は
「なんか恥ずかしいな」
卓実にベタ褒めされ、颯真が苦笑する。
相当な才能、とは言われたが実際どれほどの才能があるのかは自分にはまだ分かっていない。颯真個人としては真ほど体力があるわけでもなく、魂技の使用は上手い方かもしれないがそれでも冬希にま負ける、と思っているところもある。
それは謙遜でもなんでもなく、本当に自分はごく普通の人間だという意識から来たもの。あまり目立たず、取るに足りない人間だと思っていた颯真は【ナイトウォッチ】新人チームの中では「真に勝った」という点で目立っていたし訓練の成績も悪くなかったが、それでもまだ自信には及ばない。
「もっと自信持てよ。お前と瀬名は俺たちに勝った、それでいいだろ」
いいなーペアチケット、俺もあのレジャー施設行きたかったなーなどと嘯く卓実に、颯真は再び苦笑した。
「……でも、僕はあれはまぐれだったんじゃないかって今でも思ってる。だって君たちの息はすごくぴったりだし、僕なんて突っ走るしかできないし……」
「お前、本気でそれ言ってる?」
颯真がそう言った瞬間、卓実が一瞬で真顔になった。
す、と颯真を見据え、颯真が本気で言っているらしいと判断し、はぁ、と大仰にため息をついてみせる。
「……前々から思ってたけどさ、お前、そのちょーっと卑屈な性格治したほうが良くね? 氷のプリンセスに嫌われるぞ」
その瞬間、颯真の心臓が跳ね上がる。
「嫌われるぞ」という言葉に嫌だ、と思う。
「あのな、あの試合で俺たちが手を抜いたと思うか? あれは俺たちの全力だったの。そしてお前と瀬名の連携は俺たちを完全に上回ったの。そりゃーお前ら個々の実力は真よりは下かもしれんぞ? だが、お前たちが手を組んだ時のパワーは足し算掛け算じゃなくて乗算なの。例えば俺たちが10の二人分、20だったとしたらお前らは9の二乗、81なの。こんな計算小学生でもできるぞ」
卓実の言葉に、颯真が一瞬呆気に取られる。だが、次の瞬間ぷっと吹き出して卓実を見た。
「んな無茶苦茶理論。流石に二乗は言い過ぎかもしれないけどでもなんか納得した。なるほど、僕と冬希さんってそんな関係なんだ」
「今更かよ」
呆れたように卓実も笑う。
「とにかく、お前はもっと自信持て。過度な謙遜はただの傲慢だぞ。ってか、お前の場合素で自分のこと大したことないって思ってるから謙遜とも違う気はするがとにかくお前に圧倒的に足りないものは自信だ。自信持て」
卓実の言葉が颯真の心に染み込んでいく。
確かに、自分に足りていないのは自信だ、と颯真は再確認する。今までから目立たないように生き続けてきたが、【ナイトウォッチ】に入隊して「可能性がある」と誠一に言われ、本当に自分には力があるのかもしれない、とは思うようになった。それでも真や卓実に比べたらまだまだと思っていたところへの二人を打ち破っての紅白戦優勝である。そこまでしているのだから卓実の言うとおりもっと自信を持っていいのかもしれない。
同時に、冬希と手を組んだ時のパワーが乗算だという卓実の言葉に心強さを覚える。
確かに2の二乗は2の倍数と変わらない。しかしそれ以上の数字であるならば、いくら真と卓実のコンビが強くとも、それが二人分の力、二倍の力だと言うのなら3以上あった場合の颯真の力は飛躍的に跳ね上がる。
お前たちの力は計り知れないものなのだぞ、という卓実の言葉に、颯真は何かが胸の内から湧き上がるのを感じた。
それは自信かもしれないし、今後に対する期待、希望かもしれない。
いずれにせよ、自分の可能性をもっと信じてもいいのかもしれない、と颯真は考える。
「ありがとう、中川君」
「っつかさ、卓実でいいって。俺とお前の仲だろ?」
結局俺たち一緒の部隊に配属じゃん、と言う卓実に颯真も笑った。
「そうだね、これからもよろしく、卓実君」
「おうよ! じゃ、俺は先に行くわー」
一頻り話して満足したのか、真が部屋をでて鞄を担ぎ直しさっさと廊下を歩いていく。
僕も急がなきゃ、と颯真が荷物の整理を再開する。
颯真はもっと強くなったら冬希の隣に立つにふわさしい人間になれるだろうかとずっと考えていた。だが、そんなことはただの杞憂だった。もう、誰よりも冬希の隣がふさわしい人間だと誰もが認めている。
胸を張って冬希のバディと名乗っていいのか、と考える。そう考えた瞬間、胸が熱くなり、誇らしい気分になる。
冬希は何も言わないが、もしかしたら認めてくれているのだろうか。
周りは周りで気を使ってくれていたのだ。流石に「付き合え」は言いすぎのような気もするが、今後、より強い【あのものたち】が出てきてもお前たちなら戦える、と卓実は励ましてくれた。それなら、それに応えるのが人間としての義理であり義務である。
「冬希さん……僕、頑張るよ」
ぽつり、と颯真が呟く。
「ん? どうした南、気合でも入れているのか?」
不意に、部屋の外から冬希の声が響いた。
「え、ふ、ふふ、冬希さん!?」
思わず颯真が上ずった声を上げる。
もしかして、聞かれた? と冬希を見ると、冬希は鞄を肩に掛けて颯真の部屋を覗き込んでいた。
「準備、もう終わりそうだな。一緒に行こう。どうせ行き先は同じだ」
「そうだね、ちょっとだけ待って」
慌てて颯真が最後の荷物を鞄に詰め、立ち上がる。
「お待たせ。行こう、冬希さん」
颯真が冬希の隣に立ち、二人で並んで歩きだす。
これからはより厳しい戦いが待ち受けているだろう。
それでも、絶対に負けない。冬希の隣に立つ限り。
そう思いながら二人は誠一の家の外に出た。
「……」
颯真が足を止め、振り返る。
「……南?」
冬希が颯真を見る。
颯真が今まで世話になってきた誠一の家をもう一度じっくりと眺め、それから、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「南……」
颯真ほど声は出せなかったが、冬希も門に向かって一礼し、「ありがとうございました」と口にする。
誠一とはもう会えないわけではないが、それでもここまで鍛えてくれた感謝は消えることはない。
これからは誠一の教えを、思いをしっかり受け継いで清く正しい【ナイトウォッチ】であり続けると、二人はこの時固く誓った。
いつか【あのものたち】の脅威がなくなる日まで。
迎えの車に向かって歩きながら、二人は無言ながらも同じ考えでこの先のことを考えていた。
◆◇◆ ◆◇◆
「さて諸君、俺のデルタチームに正式に配属になったからにはぬるい戦いはさせんからな。皆、気を引き締めていけよ」
颯真たちが宿舎に到着すると、出迎えた淳史が豪快に笑いながらそんなことを言ってくる。
「移動で疲れただと? ふざけんな今夜から早速任務に入ってもらうぞ! なあに、【
「あー……鏑木隊長張り切ってるよ……」
「マジで今季の新人、大変そうだな……」
淳史の後ろに並んだデルタチームの隊員たちがこそこそ話している。
「何か言ったか?」
耳ざとく聞きつけた淳史が振り返って凄む。
「い、いえ何も言ってません!」
「はい、何も言ってません!」
震え上がった隊員たち、それを見て思わずクスッと笑う颯真。
淳史とはデルタチーム仮配属の時から世話になったが、豪快で、それでいて優しい性格は颯真もよく分かっていた。
大丈夫、きっとうまくやっていける、と颯真は自分に言い聞かせる。
不思議と不安はなかった。
それは卓実に「自信を持て」と言われたからだろうか。
これからの日々は今までに比べて大変かもしれないが、それでも自分ならきっとうまくやっていける、そう、颯真は考え、改めて「頑張ろう」と呟いた。