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第56話「よるからあたえられたもの」

「——弘前 朱美」

「はい!」


 ブリーフィングルーム内で名前が次々呼ばれ、呼ばれたメンバーが教壇に向かう。

 教壇で、【ナイトウォッチ】総司令官の和樹から受け取るのは【ナイトウォッチ】の正式な隊員としての徽章。


 全ての訓練課程が修了し、新人チームはそれぞれ再編成された各部隊に配属されることとなった。

 和樹から徽章を受け取る新人チームの面々を微笑ましく見守っていた誠一は、隣に人の気配を感じ、そちらに視線を投げた。


「——総理、」


 誠一の隣に立ったのは様々な業務で忙しいはずの現総理大臣、井上 靖。

 どうしてここに、と誠一が姿勢を正しつつも靖を見ると、靖はにっこりと笑って片手を挙げてみせた。


「ああ、そうかしこまらなくていい。ここに用事があったついでに颯真君はどうだろうと思って見に来たら卒業式だっただけだ」


 そうですか、と誠一が頷き、教壇に視線を投げる。


「颯真君は一人前の【ナイトウォッチ】として仕上げましたよ。先日の紅白戦の決勝戦、お見せしたかったですよ」

「颯真君が優勝候補を破って優勝したって? まぁ、ある意味下馬評通りだった、という展開ではあるが……」


 下馬評、という靖の言葉に誠一がわずかに眉を寄せる。

 颯真が勝利を掴み取ったのは、確かに埋め込まれたチップに由来したものかもしれない。だが、下馬評という言葉で表現できるほどゆるい戦いを颯真はしていない。


 決勝戦で颯真と対戦した真と卓実も新人チームの中では卓越した技量を持ち、他のメンバーを圧倒する実力で決勝戦まで勝ち上がった。それを負けて当然と同様の言葉で言い表されて気持ちのいい誠一ではなかった。


「颯真君に期待しすぎですよ。あくまでも『あのプロジェクト』を進めるうえでの鍵となるだけです」

「……そうだったな。言葉が過ぎた」


 誠一の言葉に、靖があっさりと引き下がる。


「ところで、高位の【あのものたち】が現れたと聞いたが?」

「ええ、よりによって颯真君の前に」


 話が変わり、誠一の目が、す、と細くなる。


「向こうも焦っているということでしょうか」

「焦る? 【あのものたち】の目的も何もまだ判明していないのではないのか」


 靖の言葉に、誠一はそうですね、と頷く。


「我々はまだ【あのものたち】の何もかもを理解していない。せめて、目的さえ分かれば」


 【あのものたち】が出現するようになり、【夜禁法】が制定され、既に三十年近くが経過している。それなのに、【あのものたち】の正体は勿論、この世界に現れ、人間を襲う理由も判明していない。いや、正体、については必ずしも何も分かっていないわけではないが、それでも人類には理解できないことが多すぎる。そんな、敵が何かもよく分からないまま三十年近く【ナイトウォッチ】は戦い、何も知らない人々を守り続けてきた。


 その泥沼化した戦いに一石を投じたのは人類側。颯真という、「生まれてすぐ」に「原型チップ」を埋め込まれた少年が目覚め、【ナイトウォッチ】に入隊した。

 それは一部の人間が人類の勝利を確信するほどの一石。しかし、それを知ってか知らずか、【あのものたち】の動きにも変化が生じた。


 より強力な個体の出現頻度の上昇、人間に擬態し人語を解するほどの知性を備えた【あのものたち】の出現。それほど上位の【あのものたち】が出現したことは過去にほとんどなかった。

 つまり、颯真の出現は【あのものたち】にとって都合の悪い一手だと考えられる。


 靖が誠一を見る。


「【あのものたち】が反応するものは分かっているだろう。人間の『魂』だ」

「それは——」


 それは、誠一も理解していることであった。

 【あのものたち】は人間の魂に反応する。だから、人間だけを襲うし、強い魂を持つ【ナイトウォッチ】を敵とみなして攻撃する。しかし、分かっているのはそれだけだ。

 そんな手探りで、いつまで戦わなければいけないのか。

 しかし、靖はにやり、と笑い誠一の肩を叩く。


「私がここに来たのは【ナイトウォッチ】に協力している私の研究所からの試作品を届けるためだよ」

「試作品? そこまで開発が進んだのか?」


 驚いたように誠一が声を上げる。

 ああ、と靖が頷いた。


「試作とは言ってもほぼ完成しているといってもいいだろう。最近、強い個体が増えているようだし急がせたよ」

「それは助かる」


 【ナイトウォッチ】の装備に関しては、現時点でチップ使用者の魂に完全に依存するものとなっている。つまり、使用者の気持ちの高ぶりに応じて威力は上がるがそれには上限がある。

 しかし、今回靖が持ってきた試作品はかつて竜一が開発を進めていたもの。竜一が殺されたことによって一時は開発がストップしたものの、靖の研究所がその研究を引き継いだとは誠一が聞いた話だった。


「南 竜一の想定通りの結果かどうかは分からないが、使用者の感情や状態に応じて威力が上がるはずだ。まぁ、そこが曲者でコンディションが悪ければ逆に弱体化もあり得るが」

「そんな、弱体化するほどコンディションが悪ければ出撃させたりはしない。しかし、装備としては以前よりピーキーな感じになるか……?」


 そう、呟きながら、誠一が靖から箱を受け取る。


「試作品はちょうどこの新人チーム全員に行き渡る位は作ることができた。死なれるわけにはいかないから、優先的に配布しておこうとね」


 意味ありげに笑い、靖はもう一度誠一の肩を叩いた。


「颯真君によろしく。彼が、プロジェクトの鍵なのだからね」

「総理——」


 それじゃ、と手を振り離れていく靖に、誠一が声をかける。


「——必ず、取り戻します」


——人類の、夜を。

——はは、期待してるよ。


 靖の背は、そう語っているような気が、した。



「——南 颯真」


 ブリーフィングルームにいつの間にか総理大臣が来ていて、誠一と話していたことに気付いていなかった颯真だったが、漸く自分の名前が呼ばれ、勢いよく立ち上がった。


「はい!」


 緊張で震える手足を叱咤しながら颯真が教壇の前に移動し、和樹から徽章を受け取る。


「颯真君、」

「は、はいっ!」


 緊張で上ずる颯真の声。

 大丈夫だ、と言わんばかりに和樹が笑みを浮かべた。


「他の隊員より短い訓練期間だったのに、よく頑張ったね」

「あ、ありがとうございます!」


 受け取った徽章が重く、熱く感じる。

 これから、正式な【ナイトウォッチ】の隊員としてより責任のある行動をとらなければいけないと考えると震えが止まらない。


 僕にできるのだろうか、いや、僕にもできる、と自分に言い聞かせ、颯真が和樹に敬礼する。

 それを敬礼で返し、和樹はもう一度笑った。


「君の今後の活躍に期待している。でも、その期待に空回ったり押しつぶされたりしないようにな」

「はい!」


 颯真が踵を返し、自分の席に戻る。

 呼ばれたのは颯真が最後で、教壇に誠一が上がってくる。


「さて、皆教育課程の修了おめでとう。誰一人脱落することなく課程を修了したのは私としても誇らしいよ。これから、君たちの配属先の発表となるわけだが——その前に追加で君たちに渡すものがある」


 そう言い、誠一は手にしていた箱を開き、中身を取り出した。


「チップや【あのものたち】の研究を行っている場所から君たちの武器を強化するオプションパーツが届いた。まだ試作段階だが、効果は君たちで実感してほしいしデータが欲しい」


 誠一が手にしていたのは小型の集積回路CPUのようなパーツだった。

 手にしたそれを弄びながら、誠一が説明する。


「これは開発元曰く『チップと使用者の魂に連動して魂技の出力を引き上げる』というものらしい。例えば冬希君の刀の切れ味が単純に倍増するようなものだと思っていいだろう。ただし、あくまでも使用者の状態に応じて、だから状態によっては弱体化することもあり得る、とのことだ」


 おお、という声がそこここから聞こえる。


「最近、より強力な【あのものたち】の出現も増えている。この装備が君たちを守り、今後の戦いを有利に進められることを期待している」


 誠一が側にいた隊員に箱を渡すと、隊員が席を回りパーツを配っていく。

 颯真にもそのパーツが手渡される。


「……」


 ずしりと重いそのパーツを手の中で回し、颯真は真剣なまなざしでそれを見た。

 刻印として刻まれた文字は日本語でもアルファベットでもない、ゲームやアニメでよく使われるような梵字に似たものだった。だから、何と刻まれているかは分からない。


 そういえばこの文字、武器にも刻まれていたなと思いつつ、颯真は誠一の指示に従って脇に置いていた刀を手に取り、柄の部分に作られた窪みに差し込んでみた。


 カチリ、とパーツの爪が窪みに引っかかり、固定される。

 その瞬間、颯真の視界に【CONNECTED】の文字が浮かび上がった。


「同期できたか? 使い方は特にない、いつも通り使ってくれればいい」


 そう言い、誠一はぐるりとブリーフィングルームにいる面々を見た。


「強力な【あのものたち】も増えている。皆……死ぬなよ」

『はい!』


 室内に新人チーム、いや、隊員たちの声が響く。

 返事をしながら、颯真は隣に座る冬希をちら、と見た。

 結局、二人は正式にバディを組むという宣言をしなかったものの、その適正を認められて強制的にバディとして登録されることになっていた。


 それに不満はあるのだろうか、と思いつつ、颯真が冬希を見ていると、冬希も視線に気づいたか、颯真を見た。


「……南、」

「うん」


 交わした言葉はほんの一言だったが、それでも二人は互いが何を言わんとしていたか理解していた。


 「夜を取り戻そう」、その決意だけは、誰にも負けないものだと思っていたから。

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