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第54話「よるのうたげははじまりて」

 九月も半ばに差し掛かり、【ナイトウォッチ】の新人チームもチームを解散し、部隊再編成が行われることとなったある日。


「君たちもあと数日でそれぞれの部隊に編入される、というわけで最後に紅白戦でもしてみないか?」


 唐突に、誠一が提案してきた。


「……は?」

「マジすか……?」


 冬希、卓実をはじめとしてブリーフィングルームのあちこちから声が上がる。


「そもそも君たち、私の許可なく勝手に魂技ありの試合をしたことがあったじゃないか。それだけ元気が有り余っているならと企画した次第だが」

「ってかそれ、真と颯真が勝手に殴り合ったやつですよね!?」


 思わず卓実が反論する。確かに、夏頃、挑発に乗った颯真と真が魂技ありの立ち合いを行った。その結果は颯真がまだ教わっていなかったはずの【拘束Bind】を使っての勝利。さらに新人チームが高級アイスを賭けていたことが発覚し、新人チーム全員がグラウンド十周というペナルティを受けたことはまだ記憶から薄れていない。


 えー、やるんですかー、と若干嫌そうな顔をした卓実だったが、誠一はにっこりと笑って人差し指を立てる。


「勿論、賞品はあるぞ。人気レジャー施設のペアチケットだ」

『あっ』


 誠一が賞品を提示した瞬間、颯真と冬希以外の全員が同じ声を上げた。次いで、その視線が颯真と冬希に集中する。


「……え?」


 新人チームの全員に視線を投げられ、颯真がきょとんとする。


「そ、そりゃあ僕も勝つ気だけど……」


 その瞬間、その場にいた全員は同じ思考を颯真に向けた。


 「何が『勝つ気』だ、神谷さんはお前を勝たせる気満々じゃねーか!」と。


 周りの視線が痛くて、颯真が誠一に助けを求めるように視線を投げる。

 当の誠一は人差し指を立てていた手をサムズアップに切り替え、颯真に片目を瞑ってみせた。


「う……」


 これにはさすがの颯真も悪寒を覚えた。

 これはなにかとんでもないことが企画されている、「勝つ」という気持ちだけではいけないのだ、と。


「……」


 そんな颯真を横目で見ながら冬希もため息を吐く。


 「南は絶対変に抱え込んで空回りするぞ」と。


「では、紅白戦は明日の夜だ。新人チームの正式配属直前ということで任務に出なくていいようにした」

「……うわ、職権濫用」


 卓実が低く呟く。


「中川? 何か言ったか?」


 卓実の呟きを耳聡く聞き取った誠一がじろり、と卓実を睨む。


「い、いいえ! なんでもありません!」

「ならよろしい」


 にやり、と意味ありげに笑い、誠一が話を締める。

 ブリーフィングルームからぞろぞろと出ながら、新人チームの面々はそれぞれのバディと同じことを話し合っていた。


 「神谷さんがついに本気を出した」と。


◆◇◆  ◆◇◆


 試合当日。

 誠一の住居兼新人チームの宿舎である神谷家、その道場は熱気に沸いていた。


 試合で魂技が決まる度に周囲で観戦しているメンバーが歓声を上げ、朱美が負傷したメンバーの治療をして回っている。

 血の気の多いメンバーは場外乱闘まで引き起こし、新人チーム唯一の回復役ヒーラーである朱美は魂技の使用が連続し、既に息絶え絶えである。


「なん、で、みんなこんなに血の気が多いの……」


 回復が一段落し、息を切らす朱美。

 その朱美に、すっとスポーツドリンクが差し出された。


「お疲れ様、弘前さん」


 そう言い、スポーツドリンクを差し出したのは颯真。


「南君……」


 スポーツドリンクを受け取った朱美がキョロキョロと周りを見る。


「……冬希ちゃんは?」

「冬希さんは神谷さんに呼ばれてるよ。僕は弘前さんが疲れてるかなと思って様子見に来ただけ」


 朱美の隣に、少し距離を開けて座り、颯真が歓声を上げて道場を取り囲むメンバーを見る。

 試合はちょうど真・卓実ペアが他のペアと対戦しているところだった。


 真が相手のペア二人を前にし、卓実がほんの少し下がったところで銃を構えている。


「【拘束Bind】!」


 ペアのうち、やや後方に立っていたメンバーが魂技を開放する。

 黄色い光の帯が真の右腕に絡みつき、動きを止める。

 そこへ前方に位置したもう一人が武器も抜かずに突撃した。


「【切断Slash】!」


 そう唱えると同時に、胸の前で構えた右手に青い光が刃を作り、真に向かって放たれた。

 流石に首を狙えば反則となるので狙いは胴体だったが、それでも光の刃は真の戦闘服を切り裂かんとばかりに、まるでかまいたちのように接近する。


「ふんっ!」


 真がその場で踏ん張り、全力で右手を引く。

 光の帯で拘束された右腕だが、全く動かせないわけではない。むしろ帯として発動者と繋がっているので引き合いは単純な筋力勝負となる。そして、真は新人チームの中で最も筋力の高いメンバーだった。


 それが魂技の【解放Release】によって潜在能力を解放され、強化された状態であれば誰も上回ることはできない。

 真に強い力で引かれ、後方のメンバーがたたらを踏む。同時、青い光の刃が真の戦闘服ではなく、腕を拘束していた黄色い光の帯に接触し、双方が霧散する。


「卓実!」


 振り返ることなく、真が叫んだ。


「あいよ!」


 真の合図に、卓実が即座に銃を構える。


「俺の訓練の成果見せてやらぁ! 【拡散Diffusion】!」


 その瞬間、卓実の銃から放たれた紫の光が拡散した。

 まるでショットガンから撃たれた散弾のように広がった光が、それぞれ意志を持っているかのように二人の対戦相手に追尾する。


「【防御Protection】!」


 後方で、真から【拘束Bind】を切断されてバランスを崩していたメンバーが声を上げ、防御のための光の盾を展開するが、一歩間に合わない。

 光の盾が展開する前に通過した紫の光の散弾が、二人に降り注いだ。


「く——!」


 紫の光の散弾の直撃を受け、二人ががくりと膝をつく。卓実の、相手の動きを妨げる銃弾は人間には特に効果が高かった。【あのものたち】でさえ動けなくなるのだからそれは当たり前である。


「【懐剣Blade】!」

「【拘束Bind】!」


 真と卓実が同時に叫ぶ。

 真の手にオレンジ色の光の刃が伸び、卓実の手からは紫の光の帯が伸び、後方のメンバーを捉える。

 その間に真もオレンジ色の光の刃を目の前のメンバーの首筋に突き付けた。


「そこまで!」


 審判を務めていた非番の隊員の声が道場に響き、次いでわっという歓声が道場を満たす。


「やっぱ真・卓実ペアは強いよな!」

「そりゃー最強のゴリラと最凶の射手だぞ? あれに勝てるペアいるんか?」


 そんな声がそこここから聞こえてくる。

 歓声を全身に受けながら、真と卓実はぐるりと周りを見回した。

 今の試合はまだ準決勝だ。この後決勝が控えている。

 決勝の相手は——。


『決勝戦のカードが決まりました。足立・中川ペアと南、瀬名ペアです』


 道場のあるトレーニングルームの一角に表示されたトーナメント表が更新され、決勝戦の対戦カードが表示される。


「……やはりな」


 真の視線は朱美と距離を開けて座り、こちらを見ている颯真と、誠一からの呼び出しを終え、颯真の元に戻ってきた冬希を捉えていた。



「南、ごめん待たせた」


 颯真の隣に当たり前のように腰かけた冬希がトーナメント表に視線を投げる。


「あー、やっぱり足立・中川ペアか」

「うん、あの二人なら優勝も狙えると思うよ」


 同じようにトーナメント表に視線を投げながら颯真も応える。


「あー、私はお邪魔なのでここでー……」


 颯真と冬希が並んで座っているなら自分がここにいるのは場違いだ、と朱美が立ち上がり、負傷者の手当てをするために道場に駆け寄っていく。

 その直前に、


「南君、ドリンクありがと」


 と、颯真に向けてウィンクしてみせた。


「?」


 冬希が不思議そうに颯真を見る。


「ああ、弘前さん疲れてたようだから飲み物を差し入れただけ」


 そう、颯真が説明すると、冬希は「ふーん」と興味なさそうに呟き、視線を逸らした。

 その動作が妙に意味ありげに見えて、颯真が首をかしげる。


「……冬希さん?」

「な、何でもない!」


 そう言ったものの、冬希は颯真から視線を外したまま、颯真を見ようともしない。

 そんな冬希に、颯真は胸がつきんと痛むのを感じた。


 一体何があったのか。

 いつもならこちらを見ていろいろ話してくれるのに、今は視線を合わせようともせず道場を見ているだけ。

 その理由が理解できず、颯真はただ首をかしげるしかできなかった。


 そんなタイミングで室内にアナウンスが入る。


『決勝戦は三十分後に開始します。それまで、しっかり休憩しておくように』

「……三十分後か……。冬希さん、頑張ろう」


 颯真がそう言うと、冬希は一瞬だけ怯んだような顔をし、


「え、あ、ああ、勿論」


 と、複雑そうな顔でそう答えた。

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