帰還した颯真はダメージが大きかったことと、何者かの憑依状態という通常では考えられない事象の発生に、急遽精密検査を受けることになった。
「僕は大丈夫——」
「シャラップ! とりあえず【
呼び出された朱美が颯真に手をかざし、口の中で「【
優しい桃色の光が颯真の全身を包み、【あのものたち】との戦いで負った傷や痣を全て消し去っていく。
「【
そんなことを言いながら朱美が颯真の全身をくまなく確認し、おかしな動きをしないか、傷が残っていないかに目を光らせる。
「前から思ってたけど南君って、結構いい身体してるよねー。【ナイトウォッチ】に入隊する前から鍛えてたの?」
「えっ」
突然朱美に言われ、颯真が目を白黒させた。朱美に治療してもらったことは過去にも何度かあったが、【
一体何の意図が、と颯真が朱美を見るが、朱美ははいはいと颯真の背中を叩く。
「った!」
「はい、検査行ってらっしゃい! 傷の治療はできても脳の異常とかチップの異常とかは私の管轄外なの。しっかり調べてもらってきなさい!」
ほら、治療は終わったから、と追い払ってくる朱美に、颯真がむす、としながら上着を羽織り、立ち上がった。
「でも、本当に大丈夫なの?」
「何が」
朱美の言葉に、颯真が首をかしげる。
朱美の「大丈夫なの?」には心当たりがある。今回の治療の原因となったダメージと、颯真が意識を失っている間に起こった出来事のことだ。
あれに関しては颯真は何も覚えていない。塀に叩きつけられて意識を失い、真によって活を入れられて意識を取り戻すまでの記憶が完全に飛んでいる。
聞いた話だと、意識を失った颯真は突然立ち上がり、別人のようにふるまい、圧倒的な魂技を、それもコマンドワードを使うことなく行使して【あのものたち】を撃破したという。
一体何があったのか、いくら考えても答えは出てこない。
その答えを求めるために、精密検査を受けることになった、ともいう。
朱美が「別に」と顔をそむける。
「……ありがとう」
とりあえずは治療してくれたことに感謝を、と朱美に声をかけ、颯真は医務室を出た。
◆◇◆ ◆◇◆
誠一から報告を受けた和樹はふむ、と低く唸った。
「意識を失った颯真君に、誰かの意識が宿った、ということか」
『はい、記録映像では、確かに』
誠一の説明に、和樹は何が起こったのか、を考える。隊員の異常行動、そういったものを考えるのも【ナイトウォッチ】の司令官としての責務であるという意識からである。
今は亡き竜一が開発したチップにはブラックボックスになっている部分が多い。チップの量産自体は容易だが、その全てを知っていたのは恐らく竜一だけだろう。【ナイトウォッチ】はその技術を理論も何も分からないまま譲り受け、量産しているだけだ。
しかし、過去に意識を失った【ナイトウォッチ】の隊員が、まるで何者かに憑かれたかのように動いたという例は上がっていない。今回が初のケースで、誠一も和樹も颯真の検査結果を手に悩んでいた。
とはいえ、颯真がこのような事態を起こした、というのは理解できない話ではない。颯真に埋め込まれたチップは「原型チップ」と呼ばれる初期に開発された特殊なもの。そして、颯真が生まれてすぐに埋め込まれたもの。颯真が成長するにあたってチップにも何かしらの影響があり、疑似人格的なものが生まれたと考えても違和感はない。
恐らくは颯真に埋め込まれた原型チップが為したことだろう、と颯真の脳波とチップの検査結果を見た二人であったが、すぐにその仮説は間違いだったと思い知らされる。
颯真の脳波には何の異常も見られず、チップの検査結果も何かしらの異常が発生したというログは残されていなかった。魂技の使用ログにも何ら問題はないどころかあの「颯真に憑依した誰か」が使った記録も残されておらず、何もなかった、という結果しか出ていない。
あれは一体何だったんだ、と記録映像を再び再生し、二人がため息を吐く。
「何か気づくことはないのか、神谷君」
あまりにも何もなさすぎて、和樹は誠一にそう問いかけた。
『本当に、気絶した颯真君に何者かが乗り移った、としか言えませんね。確かに、魂の光が颯真君のものに比べて若干赤みを帯びています』
「幽霊でも乗り移ったというのか? そんなオカルトが今の世の中で通用するわけ」
【あのものたち】という不可思議な存在が出現するとはいえ、幽霊までもが実在するとは思われていない昨今。そこで幽霊が出た、人間に憑依した、など考えたくない、と和樹が首を振る。
しかし、誠一の言葉に嘘が含まれているとは思えない。本当に、何か不可解なものが颯真に憑依した、と考える方がしっくりくる。
異界からの使者【あのものたち】が存在するなら、幽霊も存在するというのか。
誠一の言う、「颯真のものより赤みを帯びた魂の光」を持った何者かは一体何だったのか。
『オカルトが存在しないと証明するのは悪魔の証明ですからね。いないと言えない限り、存在してもおかしくない、ということでしょう』
しかし、そう言う誠一の言葉に何か含みがあるような気がして、和樹は画面の向こうの誠一を見た。
「……何か、心当たりがあるのか?」
これはほとんど勘だった。誠一の言葉には何かある、誠一は何かを知っている、いや、何かを推測している、という直感の囁きが和樹を突き動かす。
いや、と誠一が首を振る。
『別に、大したことではないですが——。記録映像に残されていた音声が』
「何かあったのか?」
音声に何かあったというのか。
和樹が促すと、誠一は躊躇いがちに口を開く。
『「颯真を傷つけられて腹立たしいと思うほどには身近な存在」、「颯真が世話になっている」と言っていたことが気になりまして』
「確かに」
言われてみればそうだ。颯真に憑依した「何か」は颯真のことをそう表現していた。
つまり、この「何か」は颯真に近しい人間——?
誰だ、と和樹が考える。
佐藤夫妻、「俺」と言っていたことを考えると夫の智明か? いや、智明は誠一の知り合いだが温厚な性格だし、そもそもごくごく普通の人間のはずだ。しかも現在長期旅行中と聞いている、颯真のピンチに駆けつけることはできない。
それならクラスメイトの誰かか? 確かに最近の颯真はクラスメイトとの交流も増えてきたとは聞くが、それでも【夜禁法】が当たり前となった世代が夜の真実を知って、なお颯真がピンチであると知ることはあり得ない、そう思う。以前動画投稿サイトにアップロードされた夜の動画は拡散と削除のいたちごっこになっているとしても、元々ポジティブな話題で上げられた動画ではないからそこから颯真を助けるには至らないだろう。
そうなると、考えられるのは——。
「……まさか、君が」
『どうしてそうなる』
誠一が即座に否定する。
和樹としては、颯真に近しい人間で、その時現場に出ていなかった、という点で誠一が合致する、と思ったわけだが、よくよく考えれば颯真に憑依した何かの言葉を持ち出したのは誠一である。自分であるとアピールする意図がない限り自分からそんなことを言うはずはなかった。
「……君だと思ったんだがな」
『生霊を飛ばしたとでも? そんなオカルトがあるとでも思うのですか?』
誠一が非難めいた口調でそう言うが、和樹がそう思いたくなった、というのも分からないではない。
「神谷君でないとすれば、一体、誰が……」
和樹が呟く。誠一も同じように頷き、考えられる可能性を探ってみる。
「……颯真君には、分からないことがまだある、ということか……」
ぽつり、と和樹が呟いた。