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第51話「よるにほえる」

 腕を受け止められたことで危険を感じたか、【あのものたち】が颯真から腕を放し、いったん後ろに下がる。

 【あのものたち】が下がったことで、颯真はゆっくりと立ち上がった。


「……なんだあいつ……」


 先に体勢を立て直して駆け寄ってきた真に支えられながら卓実が呟く。

 颯真を包み込んでいる光の色が違う。

 ぱっと見には同じに見えるが、よくよく見ると、普段のものよりわずかに赤みが強い。だが、それに気づいているのは卓実だけのようだった。


 真は勿論、一番近い場所、近い立場で颯真に接している冬希ですら気付いていないように感じる。

 流石は観察眼に優れた卓実、といったところかもしれないが、今そんなことを喜んでいる場合ではない。

 今の颯真はどういった状況なのか。敵か、味方か、それすらも分からない。

 ただ、普段の颯真とは違う、ということだけは分かる。


 普段の颯真なら、冬希を気にするあまり声をかけられれば何かしらの応答をしたはずだ。だが、冬希が「大丈夫?」と訊いたにもかかわらず颯真はそれに答えなかった。

 余裕がない、という状態ではない。明らかに普段の颯真ではなくなっている。


「南!」


 卓実が颯真を呼ぶ。

 立ち上がった颯真はゆらり、と卓実に視線を投げ、それから改めて【あのものたち】に視線を投げた。


『——さて、颯真を傷つけてくれた礼をしなければな』


 三人の耳に声が届く。

 その声はトーンこそは颯真のものであったが、口調も雰囲気も全く違う。


「だ、誰?」


 颯真の隣で、冬希がやっとのことで言葉を絞り出す。

 はじめは颯真がすぐに意識を取り戻してくれた、と喜んだが、自分の声に颯真が反応しなかったことで何かがおかしい、と冬希は感じ取っていた。

 それでも何がおかしいかまでは特定できず、ただ様子が変だ、ということしか分からなかった。

 しかし、颯真が声を発したことでその違和感は一気に確信へと変化した。


 。颯真ではない誰かが、颯真の肉体を使っている。

 誰だ、と訊くのは当然のことだろう。誰もそれを咎めることはできない。

 颯真の身体を借りたはちら、と冬希に視線を投げた。


『名乗るほどの者ではない。が、颯真を傷つけられて腹立たしいと思うほどには身近な存在だよ』


 そう答えた何かが両手を左右に軽く開く。

 軽く拳を握り、気合を入れると全身の光が焔のように吹き上がった。


『全く、多少知性があるからといってド低級が調子に乗りやがって』


 そう言い、何かは地面を蹴る。

 脚にまとわりついた炎のような光が筋力を増強させ、何かは一瞬で【あのものたち】に肉薄した。


「な——あいつ、コマンドワード使ってないぞ!?」


 なるべく冷静に状況を把握しなければいけない、と様子を窺っていた卓実が声を上げる。

 颯真は、颯真の身体を借りた何かは、明らかに魂技を使用していた。常人にはありえない筋力で敵に肉薄するのは【ナイトウォッチ】の隊員も【増幅Amplification】を使用して一時的に筋力を上げるから分かる。


 だが、それを行うためにはコマンドワードの解放が必要であり、コマンドワードなしではチップを埋め込んだ隊員であっても何もできない。

 ところが、この何かはコマンドワードを唱えることなく魂技を使い、敵に接近した。


 どういうことだ、と卓実が考えを巡らせる。

 以前から颯真には特別なところがあるとは言われていた。【測定Measure】を使っても魂を測ることができないところや、生まれてすぐにチップを埋め込まれた、という点で自分たち一般の【ナイトウォッチ】とは明らかに違う。

 そういった特別なものを備えるきっかけとなったのがこの何か、なのだろうか。


 実は颯真は解離性同一性障害多重人格であって、【あのものたち】に吹き飛ばされ意識を失ったことによって別の人格が顕在化した、ということなのか。それとも、颯真の魂自体が特殊なもので、颯真自身とは別に人格を持っている、ということなのか。


 いずれにせよ、颯真の肉体を使って何かは【あのものたち】を攻撃しようとしている。あの口ぶりではこちらと敵対するつもりはないようだが、それも【あのものたち】を撃破した後はどうなるか分からない。それこそ自分以外の全てが敵だと認識するような存在だった場合、まず、一番の脅威となる【あのものたち】を排除してから自分たちを攻撃するかもしれない、と卓実は警戒することにした。


「真、冬希、気を付けろ。あいつは敵かもしれない!」


 卓実の言葉に、冬希がえっ、と声を上げる。


「敵かもしれない、って——」

「あくまでも可能性の話だ! 今はただだけで、味方だとは確定していない!」


 いつでも魂技を開放して攻撃できるように、と卓実が銃を構え、状況を見守る。

 冬希も地面に落ちた刀を拾い、【あのものたち】に肉薄した何かを見た。



 颯真の肉体を借りた何かは【あのものたち】に肉薄した瞬間、拳を固め、全力でその拳を叩き込んでいた。

 拳に赤みを帯びた金色の光の焔がまとわりつき、体内から燃えよとばかりに【あのものたち】にめり込んでいく。


『——流石に、融合体は手ごたえが違うな』


 そんなことを言いながら、何かは拳にさらに力を込める。


『うおおおおおおっ!!』


 拳を包み込む光の焔が爆発するように拡散する。

 融合した【あのものたち】は単体で存在するよりもはるかに剛性も柔軟性も高かったが、何かの魂の出力には耐えきれず、内部から爆散する。


 しかし、融合した分強化された【あのものたち】はそれで消滅することはなかった。

 まるで分裂したスライムが融合するかのように集まり、再生しようとする。


『させるか!』


 そう叫び、何かは再生しようとする【あのものたち】に向けて腕を振るった。

 腕を包み込む光の焔が巨大な刃を形作り、そして斬撃波となって放たれる。

 斬撃波をまともに受けた【あのものたち】が再び飛び散る。

 そこへ、何かは飛び込むように地を蹴って接近した。


『そこか!』


 拳を固め、飛び散った【あのものたち】の一点——コアに向けて叩き込む。

 光の焔に包まれた拳は、コアを守ろうとするかのように集まった【あのものたち】のパーツを吹き飛ばし、コアに叩き込まれた。

 ひびが入り、次の瞬間、砕け散るコア。

 コアが砕けた瞬間、再生しようとしていた【あのものたち】は霧散するように消滅した。


 まるではじめから何もいなかったかのような夜の住宅街。

 その道路の中央に、光の焔に包まれた何かは立ち尽くしていた。


「……」


 卓実がいつでも撃てるように銃を立ち尽くす何かに向ける。

 敵か味方か。颯真はどうなったのか。

 どう問いかければいい、と悩んだ卓実に、何かは視線を投げた。


『銃を下ろせ。俺は敵ではない』

「……信じていいのか?」


 何かの言葉を信じていいのか分からず、卓実が思わずそう尋ねる。


『ああ、俺は君たちと敵対する気はない。颯真が世話になっているからな』

「あんたは——颯真の何なんだ」


 敵ではない。その言葉を信じていいなら、次に出る質問は当然「颯真の何であるか」である。

 卓実の問いに、何かは苦笑した——ようだった。


『おっと、もう時間か。安心しろ、颯真は君たちに返す。俺は——そうだな、』


 そこまで言った瞬間、颯真の全身を包み込んでいた光の焔が霧散した。

 ぐらり、と颯真の身体が傾く。


「南!」


 慌てて卓実が駆け寄り、颯真の身体を受け止める。


「おい、南、しっかりしろ!」

「南!」


 冬希も颯真に駆け寄り、声をかける。

 異変が起きる前と同様、颯真は意識を失っているようだった。

 真も駆け寄り、柔道で学んでいたのか活法で颯真に気合を入れる。


「う……」


 真に気合を入れられ、颯真が低く呻いて目を開ける。


「颯真!」


 目を開けた颯真を、冬希が呼ぶ。


「……冬希、さん……?」


 焦点が定まらない目で冬希の姿を追っていた颯真が、すぐに我に返って体を起こす。


「おい南、安静にしてろ!」


 卓実が慌てて颯真を止めるが、颯真は冬希の腕を掴んで信じられないような顔をして、


「冬希さん、今、僕のこと名前で呼んだ!?」


 と、問いかけていた。


「う……」


 颯真に問われて、冬希も自分の言葉を認識したのだろう。


「だ、誰が君のことを名前で呼ぶか! とにかく、目を覚ましたならよかった!」


 と、顔をそむける。


「いやぁ、一時はどうなることかと思ったけど、よかった……」


 心底ほっとしたように卓実が脱力する。


「……ごめん。ところで、【あのものたち】は……?」


 こんなところでゆっくりしていてはいけない、さっきのアレはどうなったの、と颯真が尋ねる。

 それに、顔を見合わせる三人。


「南……覚えてないのか?」


 冬希が、颯真に確認する。

 うん、と頷く颯真。


「あいつは……あの厄介な【あのものたち】は君が倒した。コマンドワードも使わず、圧倒的な力で」

「え——」


 冬希の言葉に、颯真が言葉を失う。

 倒した? 僕が? と困惑した目で三人を見比べると、三人とも神妙な顔で頷いて肯定する。


「どういうこと——」


 颯真がそう呟いたタイミングで、卓実が要請したデルタチームの応援が到着する。

 大丈夫か、という言葉に、卓実が代表して「大丈夫でした」と答えると、応援に来た隊員は、


「もうすぐ夜が明ける。お前たちは車に戻れ」


 そう言い、四人もその言葉に甘えて輸送車に戻ることにした。

 輸送車に戻る間の四人は無言だった。

 考えていることは同じだった。


 「さっきのあれは一体何だったのだろう」という疑問が、四人の心を埋め尽くしていた。

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