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第45話「よるがはいよる」

 颯真たちがブリーフィングルームに集まると、誠一もすぐにやってきてスクリーンに映像を投影した。


「君たちの本隊配属間近で少々厄介な事件が発生した。一応君たちにの耳にも入れておいた方がいいと思ってな」


 厄介な事件? と卓実が声を上げる。

 ああ、と誠一がスクリーンに投影した映像をレーザーポインタで指した。


「二十三区内のいくつかの箇所で電磁バリアの発生装置が壊された。明らかに人為的なものだから事件とみていいだろう」

『!?』


 ブリーフィングルームにいた新人チームが息を呑む。

 今までも電磁バリアの故障による住民の避難や防衛戦があったとは聞いている。しかし、「壊された」、それも「いくつかの箇所」でとは。

 【あのものたち】派の仕業か、と誰かが呟く。

 その声に多分な、と誠一が頷いた。


「電磁バリアの発生装置は人間が壊すなら昼間しか行動できない。夜なら発生装置周辺にも小規模なバリアが発生して接触できないし、爆発物を投げ込んで壊したような壊れ方ではなかったから多分昼間に発生装置を物理的に破壊した、と考えていいだろう」


 そう言った誠一の顔は険しい。


「……しかし、バリアの発生装置の場所は隠蔽されている。基本的に携帯電話の基地局アンテナのような見た目をしているから一目見てこれだと特定することもできない。だが、犯人は発生装置だけを見極めて破壊している」

「え、それってつまり発生装置の場所がバレたってことですか?」


 卓実が誠一に尋ねる。それは誰もが思った内容だったため、他のメンバーも頷いて誠一を見る。


「ああ、全ての位置が知られたわけではないようだが、装置マップの一部が流出したと考えられる」

「不味いんじゃないっすかそれ」


 卓実の言葉に、颯真はバリアの発生装置を破壊した人物について考え始めた。

 誰だ。いや、誰というよりもどのような人物がバリアを破壊した。

 犯人像推測プロファイリングなどという高度な技能を持ち合わせていなかったが、颯真は気になって仕方がなかった。

 電磁バリアを破壊されて喜ぶのは誰か、と考えても思い浮かぶのは【あのものたち】くらいである。先程誰かが「【あのものたち】派か」と口にした以上、その可能性は非常に高い。【あのものたち】にバリアで守られていた市民を襲わせ、市民に真実を伝えたいのか、と考えるとそこに矛盾点はないように思えてくる。


 しかし、疑問点は多い。

 まず、誠一が言った通り、バリアの発生装置の位置は隠蔽されている。市民はバリアが発生することは理解しているが、その発生源は知らず、偶然発生装置だと知った場合は【夜禁法】第四条に基づいた秘密保持契約を結ばされる。つまり、知ったからと誰かに教えればその時点で契約違反による罰則が課せられる、下手をすれば【夜禁法】の違反として処罰される。第一条、「夜間出歩いてはいけない」に対しての罰則に比べれば比較的軽い罰則とはいえ、その罰則を受ける覚悟で情報を漏洩するような人間はどれくらい存在するのか。それとも、その罰則ですら生ぬるく感じるほどの大金を積まれて買収された、ということなのか。


 そう考えることもできるが矛盾点は発生する。大金を積まれた、としてもその「大金を積んだ誰か」はそこまでしてバリアの発生装置を破壊したいのか、という問題が生じる。それとも、【あのものたち】派は大金を積んででも一般市民に「真実」を伝えたいのか。


 そこまで考え、颯真は違う、と自分の考えを否定した。

 バリアの発生装置の場所を知るにしても、場所を知ってしまった人物を探し出すのは効率的ではない。場所を知った人物も【あのものたち】のことを知らない限り【あのものたち】派と接触することは考えにくい。【あのものたち】派が「大金を積んだ」可能性は低いだろう、と颯真は自分の中で結論付ける。

 それなら一体誰が。


 自分だったらどうだろうか、と颯真は考えてみた。

 僕は【あのものたち】のことも電磁バリアの発生装置の場所も全て知っている、と考え、そこで颯真ははっと気が付いた。

 そうだ。電磁バリアの発生装置の位置を知っている人間は存在する。偶発的にその位置を知るのではなく、はじめから知っている人間が。


 と、颯真は気が付く。【ナイトウォッチ】、あるいは政府に関係する人間に、【あのものたち】を信奉する人間がいる。


「……」


 気付いてしまったことに、颯真が沈黙する。


「どうした? 颯真君」


 颯真の表情の変化に気付いた誠一が声をかける。


「……気付いてしまったかも……しれません……」


 弱々しく、颯真が呟いた。


「【ナイトウォッチ】か、政府関係者に【あのものたち】派がいるんじゃないかって……」

「南!」


 がたん、と立ち上がり、冬希が声を上げる。


「君は何を——」

「でも、そう考えるのが一番自然なんだ。一般の人が【あのものたち】を知ってるわけないし、そんな人が電磁バリアの発生装置を壊す理由なんて見つからない。だけど、政府関係者に【あのものたち】派がいるなら実行部隊に情報を流すだけで壊すことができるんだ。そうだ、この間の——」


 颯真が気付いたことを次々と口にする。あの夜、何故高義は、撮影者はこの場所のことを知っていたのか。あの時は「調査中だ」と聞かされていたが、調査するまでもない、敵は内部にいるということだ。


「南、もういい!」


 冬希が颯真を止める。夢中になって話していた颯真が我に返って口を閉ざす。


「……ごめん」

「確かに、政府関係者に、という南の言い分は分かるし私もそれくらいは予測できる。でも思ったことを口にしすぎだ」


 颯真の腕を掴む冬希。一瞬、ほんの一瞬だけ颯真がびくりと身を震わせたような錯覚を覚える。


「……大丈夫」


 嘘だ、とその場にいた誰もが思った。

 颯真は無理をしている、本当は信じたくないのだ、と。

 だが、これが現実だということは誰もが思うところだった。

 実際のところ、「【ナイトウォッチ】か政府関係者ではないか」という疑念は誰もがすぐ思いついた推測だった。それを敢えて口にしなかったのは自分たちが言うことではない、あくまでも疑念だから正式な調査結果を待つ、という考えからだ。


 颯真が言葉に出したことに関して責めるつもりは誰にもなかった。もしかしたら、颯真なら言うのではないかと思っていたのかもしれない。思慮深いようで時々突っ走ってしまう颯真なら、と。


「颯真君、」


 颯真を落ちつけるように誠一が声をかける。


「大丈夫だ、私も政府関係者が怪しいとは思っている。だが、それは調査結果が明らかにしてくれる。私たちの考えはあくまでも『可能性』の話だからな」


 なるべく颯真を刺激しないように、と誠一が言葉を選びつつ言う。

 まさかこれがきっかけで【ナイトウォッチ】を辞める、などとは言い出さないとは思うが、それでも敵が身近にいると考えるのは気持ちのいいことではない。

 大丈夫ですよ、と颯真が苦笑する。


「こんなことで人間を見限ったりなんてしませんよ」


 颯真のその言葉、特に「人間」という言葉が出た瞬間に誠一はどきりとする。


「僕は確かに人間の闇と言える部分も見てきたけど、それでも今僕を育ててくれる智明さんや恵子さんみたいな優しい人まで見限ったりしたくないんです。人の、それこそ神谷さんが僕に言うような『可能性』を信じたい」

「颯真君……」


 何がそこまで颯真を歩ませるのか、と誠一は心の中で問いかけた。

 同時に、自分が人の可能性を疑っていたことに気付く。

 人類の手に夜を取り戻すために戦っているが、それに意味はあるのかとほんの少しでも思っていたことに気付き、誠一は苦笑した。


「大丈夫だ、颯真君。君がそう思っているのなら、きっと人々もそれに応えてくれるよ」


 その言葉が嘘にならなければいいが、と思いつつ、誠一は話を戻す。


「とにかく、今夜はバリア発生装置の修理要員の護衛だ。心してかかれ」

『はい!』


 ブリーフィングルームに、颯真たちの声が響き渡った。

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