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第44話「よるにちんもくする」

「ねえ冬希さん」


 颯真が冬希にそう声を掛けたのは昼食後、訓練開始前の準備運動をしている時だった。

 開脚ストレッチで冬希の背中を押しながら、颯真は胸にしまっていた疑問を口にする。


「さっき神谷さんと話してたけど、何かあった?」

「——、」


 同時にぐいっと背中を押され、冬希の息が詰まる。

 誠一と話していたのはあの夜のことと、それに伴っての【あのものたち】派に対する疑惑。しかし、現時点ではその詳細を颯真に伝えることはできない。あの夜のことは、【あのものたち】派のことは颯真にとってはあまりにも残酷な結論が誠一との間で出されていた。


「……私が色々やらかしていた件で……」

「ほんと?」


 冬希の説明に、颯真が即座に疑いの目を向ける。

 ああ、言い訳としては弱かったかな、と思いつつも冬希は「まあ、そんなところ」と返した。


「君が入隊する前に色々やらかしていた件で、今頃その報告が上がってきて。お咎めなしだけど、今後気を付けるように、ということだった」


 半分くらいは嘘ではない。颯真の入隊前の話だし、冬希がショッピングモールに赴いたのも独断専行とまではいかないが単独行動をとって大暴れしたのは事実だ。だから嘘ではない、と自分に言い聞かせ、冬希は大きく前屈する。


「今は君のお守りを任されているから独断専行なんかしない」

「……」


 前屈した冬希の背を押さえながら、颯真はむぅ、と声を上げた。

 そして、さらに体重をかけて冬希の背を押す。


「いたたたたたたたた」


 限界まで前屈していたところをさらに押され、冬希が痛い止めろ殺す気かと抗議を始める。

 颯真が手を離し、冬希は上半身を起こし、颯真を睨みつけた。


「何するの」

「だって冬希さん、嘘ついてるっぽいし」


 納得できない、といった面持ちの颯真の顔。

 それを見た瞬間、冬希の鼓動がどくん、と跳ね上がった。

 嘘を見抜かれたということに反応しそうになるが、それはいつもの無表情で乗り切る。


 あの夜に関して、誠一と話し合ったことは全て伏せている。あの場に【あのものたち】派の人間がいたということを颯真が知るはずもない。

 それでも、颯真は何かを知っている、いや、疑っていて、その疑いを白黒はっきりさせるために知ろうとしている、と察してしまう。


「……何が気になるの」


 根負けして、冬希が颯真に尋ねた。あの夜のことについてはほとんど開示できないが、颯真が知っていることに関して多少の補足をするくらいならいいだろう。

 颯真がうーん、と少し考え、それから口を開く。


「温海君が殺された夜のこと、【ナイトウォッチ】に入ってから考えると色々不思議だなって」

「具体的には」


 情報はこちらからは出さない。あくまでも颯真が疑問に思ったこと、そこから導き出した答えに補足をするだけ。

 冬希がそう問いかけてきたことで、颯真も無理に冬希から聞き出すことをやめたようだった。


「うん、あの夜のこと僕なりに考えたんだけど温海君があのショッピングモールの情報を持ってるのっておかしくない?」


 颯真の疑問はそこからか、と冬希が判断する。

 そうだな、と冬希がストレッチを続けながら頷いた。


「それに関してはどこからか電磁バリアの停止やドローンの巡回ルートの情報を仕入れたと思う。警察も捜査中だけど肝心の温海が死んでいるから迷宮入りかもしれない」

「そっか」


 この件に関しては冬希は既にある程度の情報を仕入れている。しかし、それを正直に言うのは颯真の気持ちを揺らがせることになりかねないので伏せておく。

 じゃあ、と颯真が次の疑問を口にする。


「あの動画撮影してたの、ドローンじゃなくて人だよね。僕たちは襲われたのになんで襲われなかったんだろう」

「それは——」


 そこまで疑問に思っていたのか、と冬希が心の中で唸る。

 答えは簡単だ。撮影者が【あのものたち】派の可能性が高いから。【あのものたち】が敵だと認識しないための紋章を身に着けていたはずだから。


 それを言ってしまっていいのか、と冬希は悩んだ。

 いや、颯真もそれくらいはもう推測しているだろう。これは颯真が冬希に対して「知っているのか」と問いかけているのだ。「【ナイトウォッチ】はそこまで把握しているのか」と。


「まあ、僕の中で推測はもう立ってるんだけどね。【あのものたち】派じゃない? 撮影したのって」

「——そうだ」


 否定せず、冬希が頷く。

 ここで否定すれば、颯真が自分の推測が正しかったと知った時に「嘘をついていたのか」と疑いの目をこちらに向けるだろう。


 いや、それくらいの汚名なら冬希は被る覚悟はあった。【ナイトウォッチ】を守るためなら自分が悪者になっても構わない。

 しかし、冬希は颯真に対してそれができなかった。

 疑いの目を向けられたくない、ここまで築いてきた信頼関係を崩したくない、そんな思いが胸を過ってしまう。


 そっか、と颯真が冬希のストレッチを手伝いながら呟く。


「あの時、【あのものたち】派がいるって聞かされて、もしかしたらそうじゃないかって思ったんだ。やっぱり、そうだったか」

「あの時は私も君を助けることに夢中になって【あのものたち】に襲われていない人間がいることに全く気付いていなかった。それは私の責任だけど、私が知っているのはそのくらいかな。他の部分はまだ調査中だって」


 冬希が颯真に開示できる情報はここまでだ。政府関係者に【あのものたち】派がいる可能性はまだ颯真に知られたくない。良くも悪くも純粋なところがあると冬希が思う颯真にこれ以上人間の闇を見せたくない。


 そんなことを思うのは身勝手だろうか、などと思いつつも冬希はぐっと身体を逸らし、その状態で颯真を見た。

 冬希の赤い視線と颯真の黒い視線が交差する。


「大丈夫か、南」

「何が」


 何について訊かれたのか分からず、颯真が首をかしげる。


「敵は【あのものたち】だけではないということ。人間も敵になり得るということ」

「そんなの、【あのものたち】派がいると知った時から覚悟してるよ」


 そう言い、颯真は苦笑した。


「正直、色々迷うけど、それでも僕がやることは変わりない。【あのものたち】と戦って、街の人々を守る。今はそれでいいかなって」

「……強いな」


 思わぬ颯真の言葉に、冬希は颯真が自分が思っているよりも成長していることに気が付いた。

 ただ目の前の【あのものたち】に立ち向かうだけでなく、人々のことを考え、守りたいという颯真に、その心を失わないでほしい、と思う。

 いつかは信じていた人物に裏切られることがあるかもしれないが、その時に自分の足で立つことを選択してくれればそれでいい。


「君、成長したな」

「身長はそんなに伸びてないけど」


 颯真の言葉に冬希が苦笑する。

 そうだ、それでいい。君は無垢であってくれ。

 そんな願いが、ふと冬希の心に浮かび上がる。


「それじゃ、ストレッチも終わったし訓練を始めるか」


 颯真に対してふと思った気持ちを振り切るかのように冬希が言った瞬間、部屋に備え付けられたスピーカーがノイズと共に言葉を発した。


『訓練前に少し話すことができた。全員、ブリーフィングルームに集まってくれ』


 少々緊迫した口調の誠一の声。

 訓練前に招集とは、穏やかな話でない。

 緊迫したような口ぶりから、あまりいい話でもなさそうだ、と考え、二人は不安に胸を締め付けられた。

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