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第43話「よるをたぐる」

「【あのものたち】派が!?」


 思わず、冬希の声が大きくなる。

 それから、慌てて口元を押さえ、声のトーンを落とす。


「……あのショッピングモールのことを、【あのものたち】派が把握していたということですか?」


 あり得ない、と冬希が呟く。

 電磁バリアの展開区域自体は別に秘匿情報ではない。夜八時までに帰宅できない場合は近くにある政府の宿泊施設に行かなければならないため、そのための区域情報として一般市民に開示されている。とはいえ、その電磁バリアの停止情報は開示されていないからショッピングモールの電磁バリアも当然展開されていると認識しているはずである。警らドローンや巡回ロボットの巡回経路に関しては一般市民に開示すらされていない。それを考えると、確かにあの夜、あの時間のあの場所に高義らがいたのは偶然とは思えない。


 颯真が【ナイトウォッチ】に入隊することになった時に、一応は【夜禁法】を破ったということで上層部からの事情聴取も軽く行ったが、その時の颯真の証言は「高義は『ドローンもいない』と言っていた、確かに【あのものたち】に襲われるまで何にも遭遇しなかった」というもの。


 ドローンの類がいなかったのはショッピングモールが廃棄されて久しいということ、【あのものたち】が屋内には出現しにくいということから試験的に巡回を停止させたため。その情報は極秘事項となっているため、高義たちがあの現場に赴くことはあり得ない。偶然にしても、電磁バリアで囲まれたエリアなら行っても意味がないと思うのが普通である。


 やはり、高義は電磁バリアの停止とドローンの巡回が行われないことを知っていたのか。それなら、一体誰がそれを教えた。

 何となく予想はできたが、それでもその想定とは違う答えを聞きたくて冬希は誠一の言葉を待つ。


「満越 奏翔が君たちに見せた動画、あれを追跡したら【黄昏教会】に行き着いた」

「!」


 誠一の声に、冬希が声にならない声を上げる。


「【黄昏教会】……それは、本当ですか」

「なんだ、【黄昏教会】を知っているのか?」


 冬希が【黄昏教会】に反応したことに、誠一が意外そうな顔をする。


「ええ、噂だけは。詳しいことは何も知りませんが、そういう新興宗教がある、という話はちらほらと」

「それなら話は早い。動画の撮影者は、【黄昏教会】の信者だった。詳しく話を聞こうとしたが、ずっと黙秘していてそれ以上のことは分からないが」


 そう言い、誠一は話を続ける。


「ただ、撮影方法だけは分かった。夜間モードの搭載されたビデオカメラで、あの現場に隠れていたらしい」

「しかし、それなら真っ先に【あのものたち】の餌食になるのでは」


 そうだ、【あのものたち】は生きた人間を狙う。あの日、高義たちが殺された通り、夜の街を出歩けば巡回ロボットに拘束されない限り【あのものたち】に襲われる。

 それなのに、撮影者は襲われずに夜から生還したというのか。

 冬希の疑問は至極真っ当である。今まで、夜に出歩き、拘束されずに夜から生還した一般市民の話など聞いたことがない。


 いや、これはある種のバイアスであろう。生存者がそれを秘匿しているから、明らかになっていないだけだ。そう考えると、【夜禁法】を破り、夜の街に出て、真実を知っているものは少なからず存在するのかもしれない。


 ただ、動画の撮影者が【黄昏教会】の信者であるからといって【黄昏教会】が夜を暴こうとしているとつなげるのは無理があるのではないか、と冬希は思った。


 しかし、状況があまりにも繋がりすぎている。

 【黄昏教会】は【あのものたち】を信奉している、そして【あのものたち】は信徒をのではないか——。

 そんな知性が【あのものたち】にあるのか? あるとすればどうやってほかの人間と識別している?


 そんな思考が冬希の脳裏をぐるぐると回る。

 考えろ、と冬希は思考を整理する。考えることには慣れているはずだ。今、目の前にあるピースを繋げて、真実を突き止めろ、と。


 【あのものたち】に知性があることは【ナイトウォッチ】の中でも知られている。知性の高さで【あのものたち】の強さが変わるからそれでランク付けをして対処している。

 今まで戦ってきた【あのものたち】は多少集団戦を理解する程度の知性を持っているだけだったが、もしそれ以上の知性を持つ個体がいて、信奉者を識別することができて、他の個体に指示を出しているとすれば。


 【あのものたち】が特定の人間を襲わない、という可能性は肯定できる。その識別方法が特定できれば【あのものたち】との戦いを有利に進められるかもしれない。


 そこまで考えて、冬希はさらに自分の記憶の糸を手繰った。

 あの時逮捕した信徒を思い出す。まるで喪服のような着物を身に着けた人々。その喪服に描かれた異様な意匠の紋。

 まさか、という声が冬希の口から洩れる。


「神谷、さん……」


 冬希の声が震えている。


「【あのものたち】は、信奉するものを、識別している——?」

「ああ、可能性はあるな」


 誠一も同じ結論が既に頭の中にあったのだろう、小さく頷いて冬希を見る。


「【あのものたち】派の人間は今までにも何度か逮捕したが、皆同じ紋章の付いた服を身に着けていた。恐らくは、あの紋章が味方を識別するためのもの」

「それなら、それを使えば——」


 【ナイトウォッチ】の被害を最小限に食い止めて【あのものたち】に打撃を与えることができるのではないか、と冬希は考えたが、同じことを誠一も考えていたのか、静かに首を横に振る。


「それはできない」

「何故ですか」


 紋章が識別のためのものなら、それを戦闘服にあしらうだけで【あのものたち】の攻撃の手は緩まるはず。それなのに、何故できないというのか。


「色々解析した結果、あの紋章は特殊な薬剤で描かれたものだった。分析にもかけたが、この地球上の物質ではない」

「え——」

「それに、仮にあの紋章が再現できたとしても、【ナイトウォッチ】が利用すれば【あのものたち】もすぐに気づくはずだ。最初は攻撃してこなかったとしても、味方だと思った存在に攻撃されれば反撃くらいするだろうし、高い知性を持つ個体に知られれば紋自体が無効どころか敵のシンボルとして認識される可能性もある」


 確かに、と冬希も納得する。

 いくら【あのものたち】の知性がそう高くないと考えても、野性的な本能があるならすぐに反撃くらいするはずだ。むしろ、攻撃が激化する可能性を考えればこの手は使えない。


「ですが、【あのものたち】が特定の紋章を攻撃しない、としてもそのために人類と【あのものたち】が意思疎通を図った、ということではないのですか? 地球に存在しない物質を与えるほどの交流が、【あのものたち】派には可能だったと」

「ああ、そう考えるのが妥当だろう。もしかすると、人類と【あのものたち】は対話することができるかもしれない。だが、現時点では無理だろうな」


 【あのものたち】に人類と対話することが可能な個体がいたとしてもそう簡単に表に出てくることはないだろう。普段、夜に現れる【あのものたち】は尖兵に過ぎない。

 うまく遭遇することができれば、あるいは、と言いつつも誠一は次の疑問点を冬希に打ち明けた。


「だが、【あのものたち】と対話ができる可能性を考えるのはまだ先だ。あの動画の撮影者はあのショッピングモールの警備が手薄なことを知っていた。そこに、温海 高義たちが現れた。これは偶然だと思うか?」

「まさか」


 誠一の言葉に、冬希は首を横に振って否定したくなった。

 そんなことがあってたまるか、という思いが冬希の胸を支配する。

 撮影者は、高義をおびき寄せたというのか。


「身辺調査を行った結果、撮影者は温海元区議に強い恨みを持っていた。まぁ、あの息子を考えると父親も相当横柄な人間だったんだろうな。黙秘はしているが恐らく温海 高義にショッピングモールのことを教え、おびき寄せた、そして襲われる様子を撮影して売ったのだろう」

「そんな」


 これでは、高義たちは【あのものたち】に殺されたのではなく、人の手によって殺されたようなものである。【あのものたち】を信奉していると言いながら、【あのものたち】を利用しているに過ぎない。


 そして、この話があったから、颯真は巻き込まれ、結果として【ナイトウォッチ】に入隊することとなった。

 繋がった糸に、さらに繋がった颯真という希望。

 それは偶然だったのか必然だったのか、冬希には分からない。


 しかし、それでも「何故撮影者がショッピングモールのことを知っていた」という疑問は残っている。

 本来なら政府関係者や警察組織、【ナイトウォッチ】しか知りえない情報。何故、その情報を撮影者は持っていたのか。

 その疑問はすぐに一つの疑いへと繋がっていく。


「話を戻しますが、撮影者は当局関係者しか知らないショッピングモールの情報を知っていたんですよね」


 思考を切り替え、冬希が誠一に確認する。

 ああ、と頷き、誠一は冬希が言おうとした言葉を続けた。


「もしかすると、【夜禁法】に関わる関係者に、【あのものたち】派が存在するかもしれないな」


 一番想定したくなかった事態。

 【夜禁法】に関わる者に、内通者がいる。

 内通者の炙り出しは【ナイトウォッチ】の範疇ではない。それはしかるべき機関が行うべきだ。

 それでも、どこかに内通者がいるかもしれないという疑念は味方や、果ては政府を疑うには十分すぎるものだった。


 「人間の敵は人間」、その事実に悍ましさすら覚える。

 敵はどこにいる、と冬希は拳を握り締めた。


「このことは、南には——」

「いや、今はまだ伏せておいた方がいい」


 冬希の提案を誠一は首を振って拒絶する。


「【あのものたち】派の存在を知った今、颯真君の心は揺らいでいるはずだ。そこでさらに揺るがせてしまえば戦えなくなるかもしれない。颯真君は我々の希望なんだ。ここで手放すわけにはいかない」

「……そう、ですね」


 誠一の言葉には納得できるものがある。

 いささかの不安は残っていたが、冬希は頷くことで、その不安を振り払った。

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