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第41話「よるはでんせんする」

 仮眠室に入り、ベッドにどさりと身を投げ出す。

 天井を見上げながら、颯真は昨夜のことを思い出していた。

 【あのものたち】を【タソガレさま】と呼んで崇める集団。冬希は【あのものたち】派だと教えてくれたが、実際に目の当たりにするとおぞましささえ感じてしまう。


 明らかに襲われていたのに、助けられたのに、出てきた言葉は感謝ではなく、呪詛。感謝の言葉を求めていたわけではなかったが、あそこまで呪詛を吐かれると助けなくても良かったのでは、と思ってしまう。


 勿論、そんなことを考えてはいけないのは颯真も分かっている。たとえ【夜禁法】を破っていたとしても、相手が一般市民なら【ナイトウォッチ】は助ける義務がある。それは分かっていたが、本当にこれで良かったのかと考えてしまう。


 昨夜逮捕した人々はそのまま無期懲役の実刑判決が下される。例外は、ない。そして、無期懲役になった場合、仮釈放申請ができるのは最短でも三十年後だし、申請が受理されるのもほんの一握りである。仮釈放が「反省・更生した」囚人に対して与えられるものであると考えると昨夜逮捕した彼らは【あのものたち】に対する感情を変えない限り仮釈放の話すら出ないだろう。


 そう考えると、あのまま見捨てた方が彼らにとって幸せだったのかもしれない、とさえ思えてきて、颯真は思わず首を振った。

 何を考えているんだ、そんな幸せがあってたまるか、と自分に言い聞かせるが、それはあくまでも颯真の主観であって彼らの主観ではない。自分が考える幸せを他人に押し付けるほど颯真は傲慢になりたくなかった。


 それでも、と颯真は低く呟く。

 【あのものたち】を信奉していた彼らは一体なぜそのような思考に至ったのだろうか。一体どこで【あのものたち】の存在を知ったのだろうか。


——どこで?


 その思考に至った瞬間、颯真に緩やかに押し寄せていた眠気が吹き飛んだ。

 そうだ、政府は【あのものたち】の存在を完全に隠蔽している。【夜禁法】第四条は「夜の詮索の禁止」であることを考えると、一般市民が【あのものたち】を知ることはあり得ない。

 夜に出歩き、裏で【あのものたち】の存在を明かしている人間がいる。冬希への脅しに使われた動画もそんな人間が撮影したものだった。


 誰だ、と颯真は考える。

 人々に【あのものたち】を伝えているのは何者なんだ、と。

 情報機関が調査した結果、【政府の闇を切り裂く】チャンネルにアップロードされたあの動画はチャンネルに匿名で投稿されたものだったらしい。現在、開示請求を行っており、投稿者が明らかになり次第事情聴取、場合によっては逮捕となるとのこと。


 しかし、それだけで全てが解決するとは颯真には思えなかった。あの動画の投稿は氷山の一角で、もっと闇深いものがあるのではないか、と。

 鬼が出るか蛇が出るか、全ては開示請求の結果次第。そこから芋づる式に明らかになればいいが、こういったものは大抵尻尾切りされる。


 【ナイトウォッチ】が【あのものたち】を信奉する人間の存在を認知していたにもかかわらず後手に回ってしまったのも痛手だった。

 自分が思っているよりも【あのものたち】の噂を耳にした人間は多いかもしれない、という不安が颯真の胸を締め付ける。

 気をつけないと、と颯真は自分に言い聞かせる。

 何に、という自問も浮かび上がるが、そんなことは考えたくない。考えたところで颯真一人の力ではどうすることもできない。


 だから、今は自分が【ナイトウォッチ】であることを知られない、ということに気を付けるしかない。

 そんなことを考えているうちに、眠気は再び颯真に這い寄り、いつしか眠りへと落ちていった。



◆◇◆  ◆◇◆



「そうですか」


 スクリーンを前に、誠一がそう答える。


「だとしたら、【ナイトウォッチ】も危険に晒されることになります」

《ああ、隊員やその家族の守秘義務がより厳しくなる》


 スクリーンに映っているのは【ナイトウォッチ】司令官の和樹。

 【ナイトウォッチ】が開示請求を行い、夜の街を撮影した動画の投稿者を暴いた結果出たのは一人の引きこもりの男性だったが、取り調べを行ううちにいくつかの話が浮き上がってきた。

 一つ、投稿した引きこもりの男性は報酬を得て受け取った動画をチャンネルに投稿したこと。


 二つ、報酬を支払ったのはとある配信者だった。配信者故にカメラも高性能なものを持っていたし、人知れず撮影する術にも長けていたということ。

 三つ、配信者も取り調べを行ったところ、【黄昏教会】という新興宗教が浮上してきたということ。


 そして、その【黄昏教会】は【タソガレさま】を信奉し、【タソガレさま】に従えば真実の目を開くことができると言われ、最近じわじわと信者を増やしている、ということ。

 これだけのことが明るみに出たとなれば、起こす行動は一つだ、と和樹は誠一に告げる。


《これから警察に協力を仰ぎ、【黄昏教会】の捜査をしてもらうことになる。我々が起こすアクションは特にないが、隊員とその家族には特に【ナイトウォッチ】のことを伏せてもらうことになるな》


 和樹の言葉に、誠一は全面的に賛成だった。いくら【ナイトウォッチ】が【あのものたち】と戦う力を持っていても、その力を一般市民に振るうわけにはいかない。仮に【ナイトウォッチ】をよく思わない人間に襲われたとして、それに対して反撃することは正当防衛に当たるが、それが過剰防衛となってしまった場合、【ナイトウォッチ】全体が槍玉にあげられてしまう。そんなことになれば夜を守るどころではない。むしろそれが【あのものたち】派の狙いであることを考慮すると隊員がその正体を知られるわけにはいかない。


 颯真からの報告で、逮捕した面々が【あのものたち】のことを【タソガレさま】と呼んでいたことは把握している。そのことから、【黄昏教会】は【あのものたち】派の集まりで、【あのものたち】こそ正義だと暗に広めようとする、いわばテロ組織同然の新興宗教であるとも言えた。


 しかし、だからといっていきなり家宅捜査、ということもできない。「疑わしきは罰せず」という原則は守られなければいけない。それこそ、【黄昏教会】が信奉する【タソガレさま】と逮捕した人物が口にした【タソガレさま】が別物であった場合、「勘違いでした」では済まされない。捜査は慎重を期さなければいけないし、かといって悠長なことは言っていられない。

 はぁ、とスクリーンの向こうで和樹がため息を吐く。


《全く持って、面倒なことになったよ。しかし、【あのものたち】派に関しては今まで全く尻尾を出していなかったことを考えると大きな進展だ》

「そうですね。摘発できれば懸念は一つ減ることになる」

《しかし、慎重に摘発しなければ火種が飛び散ることになる。そうなれば政府の隠蔽工作も無駄になってしまう》


 ええ、と誠一が頷く。


「暫くは警戒が必要ですね。なるべく下火のうちに消してしまわなければ」

《ああ、君も、くれぐれも気を付けるように》


 そのやり取りの後、回線が切断され、誠一は両手を組んで天井を見上げた。


「【あのものたち】を信奉するもの、か」


 この一年ほどでちらほらと噂を耳にするようになった、【ナイトウォッチ】のもう一つの敵。

 これ以上面倒なことにならなければいいが、と天井を見上げたまま誠一は呟いた。


「人間の敵は人間、と言っている場合ではないのだよ。今は手を組んで【あのものたち】の脅威を取り除かなければいけないというのに」


 誠一の呟きが天井に跳ね返り、消えていく。


「竜一、【あのものたち】は諦めると思うか?」


 今は亡き友に。

 誠一は、思わずそう問いかけていた。

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