夜八時。
サイレンと共に電磁バリアが展開され、【あのものたち】の時間が始まる。
電磁バリアを抜け、夜の街に出た颯真たち【ナイトウォッチ】はアルテミスが予測した【あのものたち】出現エリアに向かっていた。
兵員輸送車の中でブリーフィングの復習を行い、今回の規模と出現範囲を確認する。
「……南?」
隣に座ってホログラムスクリーンを眺める颯真に、冬希が声を掛けた。
「何? どうかした?」
ちょうど復習自体も終わり、あとは現場に到着するまで、となっていたため颯真が冬希に視線を投げる。
「あ、いや……。今日くらい休んでもよかったんじゃないかって」
あの、奏翔との一件から半日も経っていない。暴力沙汰、しかも片方は法令に抵触したかもしれないということで職員室内で大騒ぎとなったこの件は颯真も冬希も午後の授業を完全に潰す形で事情聴取をされることとなった。先に手を出したのは奏翔とはいえ、颯真も相手をねじ伏せることはした。その点で少々「やりすぎでは」という話も職員間では上がったようだが、「それなら南はただ黙って殴られるべきだったのか」という反論と、颯真が相手の不意を打って動きを止めたに過ぎないという状況からお咎めなし、という結論に至っている。
とはいえ、奏翔が「瀬名と南の二人が夜に外出したかもしれない」という主張をしたため、二人は警察官とも話をすることになり、その段階で【ナイトウォッチ】の一員であるということを明かしている。
【あのものたち】や【ナイトウォッチ】が一般市民には隠蔽された内容であるとはいえ、警察組織までもがその対象に含まれているわけではない。【ナイトウォッチ】はあくまでも【あのものたち】と戦うための組織であるがゆえに【夜禁法】を破った人間やその他犯罪については警察に引き渡すことになっている。
だから、二人が【ナイトウォッチ】であると告げると警察官もすぐに納得し、「いつもご苦労様です。今回は災難でしたね」と労ってくれた。その件に関しては学校側に通知されることもなく、警察官も「この二人の勇敢さならきっと犯罪に巻き込まれても被害を最小限に犯罪者を制圧してくれるんでしょうね。でもだからといって無謀に飛び出したりしないでくださいね、そのための警察ですから」と教師の前でうまく話を合わせてくれている。
そんな二人が事情聴取から解放されたのは午後の授業が全て終わる頃だった。【ナイトウォッチ】であることが分かった時点で解放される内容ではあったがそれでは怪しまれる、と警察側がうまく時間を調整してくれたためだ。
そんなことがあり、放課後は他の生徒に混じって下校し、誠一の家の前で合流した二人だったが。
颯真も冬希も今日の一件について【ナイトウォッチ】にも報告する必要があり、今まで個人的な会話を交わすことができなかった。
現場に到着するまでのひと時、そこで冬希が「休んでもよかったのでは」と声を掛けた次第だった。
確かに冬希も当事者ではあったが颯真と違って実力行使には出ていない。奏翔に手を出した、という点では颯真は心を落ち着かせるためにも休んだ方がよかったのでは、と冬希は思ったのだが、颯真は「大丈夫」と首を振った。
「大丈夫、あんなことでどうにかなるメンタルでもないし、むしろ体を動かした方が気分は晴れるから」
「……そうか」
それならいい、と冬希が頷いたところで車は現場に到着し、乗っていた颯真たちが地上に出る。
ざわり、と揺らめく影が【あのものたち】を形作っていく。
人気のない街を闊歩するかのように姿を現し、動き回る【あのものたち】。
全員が配置についたところで、データリンクで各チームの状況が視界に表示され、作戦が始まる。
「【
己の魂を解放し、颯真と冬希が地を蹴って【あのものたち】に迫る。
光を纏った直刃の刀が敵を切り裂き、二人は息もぴったりに次へと進んだ。
今回のアルテミスの予測では出現する【あのものたち】は中位のものだという結果が出ている。
【あのものたち】の知性の高さを目安に低位、中位、高位と区分されている。ただ人間を襲うしか能のない低位のものを従える能力のある中位の【あのものたち】はそれだけで脅威ではあるが、それ以上に恐ろしい、と颯真は誠一や他のメンバーから聞かされていた。
その理由が——
「南!」
不意に、冬希が叫んだ。
颯真が目の前の敵を斬り捨てると【あのものたち】は闇が晴れるように霧散し、颯真の肩に付けられたライトの光がその先を照らす。
「——っ!」
颯真の足が止まる。
光に照らされ、床に座り込んだ数人の
「大丈夫で——」
「大丈夫ですか」と言いかけた颯真を、冬希が制止する。
「南、こいつらを逮捕しろ」
冷たい言葉で言い放つ冬希。
「え——」
まず安否の確認じゃないの、と言おうとした颯真はそこで違和感に気付いた。
座り込んでいた人々の顔に怯えはない。あるとすればそれは——。
「【タソガレさま】の使いに、なんてことをしてくれたんだ!」
——憎悪だった。
「な、っ」
声を上げた人物は、いや、この場にいた颯真と冬希以外の人間は全て五つの紋が記された黒い着物に身を包んでいた。
喪服のようだ、と颯真は考えるが、別にここは葬儀の会場というわけでもなく、それに五つ紋の喪服は死者の遺族、それも二~三親等までが一般的とされている。
ぱっと見たところ、この数人が着ている着物の紋は全て同じ紋で、同じ家系の人間である、とも考えられるが、颯真はそこに異質なものを感じ取っていた。
——なに、この紋。
颯真も全ての家紋を知っているわけではない。だから全員が同じ家系の人間でないとは断言できなかったが、それでも異質さをこの紋は放っていた。
この国の家紋にありがちな、動物や植物を模したようなものではない。かといって「和柄」と呼ばれるような
「【あのものたち】派だ」
忌々し気に、冬希が説明する。
「【あのものたち】派?」
颯真が冬希の言葉を繰り返す。
そういえば、先日、奏翔に動画を見せられ、誠一にその話をした時に言われたことがあった、と颯真は思い出した。
「【あのものたち】に与した人間がいる」という言葉。
この人々が、そうなのか、と颯真はまじまじと見つめてしまう。
嫌悪を、憎悪を込めた瞳で颯真を睨みつける人々。
【あのものたち】に襲われていたはずなのに、まるで救いの神かのように敬う人々に、薄寒さを覚える。
【タソガレさま】というのも、政府が【あのものたち】の名称を隠蔽しているから彼らが勝手につけた名前なのだろう。
いずれにせよ、彼らは夜の街に足を踏み入れてしまっている。逮捕しなければいけない。
冬希が腰のポーチから手錠を取り出す。颯真も慌ててそれに倣い、手錠を取り出していると、後方から冬希の応援要請を受けた数人の隊員が駆けつけてくる。
抵抗しようとする着物姿の人々を押さえつけ、手錠をかけた冬希がその後を駆け付けた隊員に引き渡す。
「お前たちなんて【タソガレさま】に喰われてしまえばいい! 【タソガレさま】万歳!」
そう、口々に叫びながら連行されていく人々を見送り、冬希は小さくため息を吐き、颯真を見た。
「……あれが【あのものたち】派だ」
「あれが……」
誠一は「いるかもしれない」とは言っていたが、それは颯真にはまだ早い、と思ってそう言っただけだったのかもしれない。颯真としても少し考えればすぐに想定はできることだったが、心のどこかでは考えたくなかったのかもしれない。「【あのものたち】を信奉する人間」がいるということを。
今、実際に目の当たりにして実感した。
【ナイトウォッチ】の敵は【あのものたち】だけではない、ということを。
【あのものたち】を信じる人間、果ては人間そのものも敵になるのだ、ということを。