黄金の光を纏った直刃の刀が【あのものたち】を切り裂く。
「はぁっ……」
息を整え、颯真が次の敵へと刃を向ける。
「……荒れてるな」
颯真の戦いを、これまた別の個体と戦っていた淳史が振り下ろされた爪を弾きながら呟く。
新人チームはそろそろ正式に配属されるチームが決定する頃合いとなっており、颯真と冬希、そして卓実と真もデルタチーム配属が濃厚となっていた。
今夜は四人が揃ってデルタチームと共に出撃し、【あのものたち】と戦っている。
「おいおいヤバくねえか? 先行しすぎだろ!」
そんな卓実の声が後ろから聞こえてくるが、颯真は構わず前進する。
「僕は……夜を取り戻す!」
その声と共に、刀を一閃。コアを打ち砕かれた【あのものたち】が霧散する。
「次!」
「おい待て颯真!」
次の敵に向かって踏み出そうとした颯真の肩を、真が掴んで引き留めた。
「足立さん!」
「先行しすぎだ! 瀬名を放置するな!」
真に指摘され、颯真が動きを止める。
「冬希さ——」
慌てて颯真が振り返ると、冬希は数体の【あのものたち】に取り囲まれていた。
それを見た瞬間、颯真は冬希に向かって駆け出していた。
「おい、颯真!」
真が止めようとするが、その頃には颯真はすでに【あのものたち】の群れに切り掛かっている。
「……マズいな」
「マジで、今日の颯真ヤバくね?」
真の言葉に、隣に駆け寄った卓実も頷く。
「今日、学校で何かあったのか?」
「知らね」
真が颯真を止めるために前進していたため、じりじりと後退しながら二人はそう言葉を交わす。
「あとは鏑木隊長と瀬名がなんとかしてくれるっしょ。真、俺たちはこいつらをなんとかするぞ!」
銃を構え直した卓実に、真も拳を握り、応、と頷く。
「颯真、今日のところは貸しひとつな。ったく、世話焼かせやがって……」
そんな軽口を叩きながら、卓実は真の動きに合わせ、引き金を引いた。
日の出の光が街を照らし、【あのものたち】が撤退していく。
「まだ——!」
「深追いするな!」
さらに踏み込もうとする颯真を、冬希が颯真の前に立ちはだかって止める。
「冬希さん!」
どいて、と冬希を押し除けようとする颯真。だが、冬希は真っ直ぐ颯真の目を見て首を横に振った。
「今日の南はおかしいぞ! 何があった?」
冬希に鋭く言われ、颯真がはっとする。
何があったか——。そうだ、と昼の出来事を思い出した颯真が動きを止める。
奏翔にあの夜の動画を見せられ、これをネタに冬希と付き合えるかと言われ、そこからずっとおかしくなっていた気がする。
冬希の言葉で頭が冷えた、というわけではなかったが、颯真はここでようやく自分がかっとなって我を忘れていたことに気付かされた。
あの動画の話は昼間のうちに誠一に話していたはずである。それなのにどうして夜の任務に影響を及ぼしているのか。
刀を鞘に納め、ふう、と息をひとつ吐いて自分を落ち着け、颯真は改めて冬希を見た。
「……ごめん、冬希さん」
「謝るのは私に、じゃない。みんな、君のことを心配している」
集まってくるデルタチームの面々を見て、冬希がそう告げると、颯真はうん、と小さく頷いた。
「どうしたんだ、颯真。今日のお前、やけに荒れてたじゃねえか」
真っ先に声をかけてきたのは卓実。それに続いて淳史もそうだな、と心配そうに颯真を見る。
「南、何があった」
「それは——」
そこまで呟いて、颯真が言葉に詰まる。
一体、何が僕をここまで駆り立てたんだ、と考えるものの、昼間の奏翔との会話だけであのようなことになるとはとても考えられない。
他に何があった、と考え、颯真はあっと声をあげた。
「まさか——」
「? どうした南。心当たりがあったのか?」
相変わらず無表情で颯真の顔を覗き込む冬希。しかし、その声には颯真を心配する感情がこもっている。
「……分からなかった、んだと思う」
「分からなかった?」
一体、何が分からなかったのだ。颯真を無謀にさせるほどの疑問とは一体何だったのか。
冬希と淳史が顔を見合わせる。
ぽつり、と颯真が言葉を紡ぎ出した。
「実は、学校で僕が【あのものたち】に襲われた時の動画を見せられたんだ」
「ちょっと待った、あの夜の動画が、あったの?」
冬希の言葉に驚きが混ざる。
うん、と颯真が頷いた。
「動画自体は運営に消されたけど、多分もう誰かがダウンロードして拡散してるんじゃないかな。それについて、神谷さんと話したんだ。多分、その時の話で……」
ぽつりぽつりと颯真は冬希に説明する。
【あのものたち】に与している人間がいるかもしれないこと、そんな人間であっても守らなければいけないということ、それに対して僕は納得していないのかもしれない、と。
「そうか……」
颯真の話を聞いて声を上げたのは淳史だった。
「せっかく、人々のために戦いたいと思うようになった矢先に——。だが、逆に考えると早い段階でこれに気づけて良かったのかもしれないな」
「どういうことですか」
怪訝そうな顔をして、颯真が首を傾げる。
なあに、と淳史は苦笑して見せた。
「南、人間は何も綺麗な存在じゃないんだよ。それはお前も今まで生きてきて経験してきてないか?」
「それは——」
「だが、お前はそれでも人間に興味を持った。興味を持って、人間のために戦いたいと思った。ならその自分の感情を信じればいいんだよ」
そう言い、淳史は白みつつある空を見上げた。
「人間の汚いところや闇なんてごまんとある。その全てまで受け入れて戦わなくていい。お前はお前が興味を持った人間のために戦えばいい」
「でもそうすれば僕が救うべき人間を選抜することに——」
困惑したような颯真の声。
あなたの言葉は【ナイトウォッチ】として間違っている、そんな響きを孕んだ颯真の声に淳史は再び苦笑する。
確かに、淳史の言葉はそう捉えられても仕方ないだろう。だが、淳史の真意はそこにはなかった。
「南、お前、『自分が全人類を救わなきゃいけない』とか思ってないか? それが傲慢なんだよ」
「え……」
「お前は自分が守りたいと思った人間のために戦えばいい。それ以外の奴らはみんな『ついで』だ。生理的嫌悪を抱く相手のためにお前が犠牲になる必要はないんだよ」
なんという言いようだ、と颯真は思った。
淳史の言葉の意図はなんとなく分かった。全員を助けようとするのではなく、自分が助けられる人間を助けろ、そのついでにそれ以外の人間を助けられたら大金星だ、ということだ。助けるのが難しい人間まで無理に助けようとすれば助かる人間ですら助からない。下手をすれば自分まで命を落とすことになりかねない。そのための命の選別を行え、ということなのだろう。
災害時におけるトリアージに近いものかもしれない、と颯真はふと思った。
トリアージ自体は怪我の度合いに応じて治療の優先順位をつけるものだが、【ナイトウォッチ】として戦う颯真が人々を守るのもそれに近いのかもしれない。
全員を救えるのが理想だ。だが、それができないのなら自分が助けたい、と思った人間から助けていった方がいい。
そこで相手に対して優劣を付けてしまうのは人間の性だ。家族や恋人や友人といった「身近な人間」を真っ先に助けたいと思うのはよくある話だし自分に嫌がらせをしてくるような人間は助けたくない、と思うのも人間として当たり前の感情だ。
それを殺してまで全てを救おうとしなくていい、と淳史は言っている。勿論、助けられる状況で見殺しにするのは言語道断である。だが、仮に冬希と奏翔が同時に溺れていてどちらかしか助けられないとなった時に颯真が冬希に手を差し伸べるのは間違ってはいないのだ、と。
そうか、と颯真は呟いた。
僕は勘違いしていたのかもしれない、と、淳史の言葉に気づかされる。
今夜の戦いは「たとえ【あのものたち】に与している人間でも助けなければいけない」という思考からやぶれかぶれになっていただけだ。生理的嫌悪を抱く相手でも助けなければいけないと自分に無理に言い聞かせていたからだ。
淳史の言葉で颯真は目が覚めたような気がした。
そうだ、無理に助けなくていい。助けられる状況なら助けなければいけないが、最優先に助けるのは自分が興味を持った人々でいい。その際に一緒に助け出せればそれで勝利なのだ。
「鏑木隊長……。すみませんでした」
淳史に向かって、颯真は頭を下げた。
「僕が間違ってました。あんな人たちであっても助けなきゃいけないという考えに囚われてました。確かに、助けなければいけないのは事実ですが、僕が自分を犠牲にしてまで助ける必要はない。だって、僕が……【ナイトウォッチ】の誰かが犠牲になれば、本来助けられた人たちまで助けられなくなる。だから、僕は僕が助けたい、と思った人を、そして余裕があるならそれ以外の人も助けていきたい、と思います。ありがとうございます」
そう言った颯真の顔は夜が始まった時に比べて晴れやかになっていた。
まるで憑き物が落ちたかのような颯真の顔に、淳史もはは、と声を上げて笑う。
「すっきりした顔しやがって。迷いが払えたならそれでいい。だが——」
そう言い、淳史はニヤリ、と笑う。
「俺の言葉を鵜呑みにするなよ? 【ナイトウォッチ】が全ての人間を【あのものたち】の手から守らなければいけないのは事実だ。そして、無理をして助けられたはずの人間が助けられなくなってはいけないというのも事実だ。だがな——。理想は大切な人も嫌いな人も等しく助ける、だ。それができないならまずは大切な人を助けろと言っただけで、最終的には誰でも等しく助けられるようになれよ?」
「それは、そう、ですね」
颯真も分かっています、と頷く。
街の人々のために戦う【ナイトウォッチ】が人々を差別するのはよくない。しかし、【ナイトウォッチ】の隊員とて一人の人間なのだ。だからこそ、はじめのうちはそのようなことがあっても仕方のないことだ、と淳史は言っている。
そんな淳史の優しさが颯真にはありがたかった。
同時に思う。
【ナイトウォッチ】はその優しさで隊員の個性を最大限に引き出しているのだ、と。
そんな【ナイトウォッチ】に入隊できてよかった、と颯真は改めて感じていた。
個人の個性を尊重する【ナイトウォッチ】だからこそ、僕は人間の可能性や温かさに触れて、街の人のために戦いたいと思ったのだ、と。