「……ということで協力はしたが、満足か?」
颯真と冬希に「現地調査の任務」を与えた後、二人と入れ替わるように執務室に呼び出された朱美と卓実の二人は誠一に確認された。
「もうバッチリです!」
ふんす、と鼻息荒く頷く朱美。
はぁ、と誠一は息を吐き、「そういうものか」と呟いた。
「まぁ、ちょうど調査部門も新月前で手が回っていないのは事実だから嘘は言っていない。あの商店街は調査率が100パーセントで前日に軽く確認する程度でいい場所だからあの二人でも十分間に合う」
しかし、騙しているようで気が引けるな、と続ける誠一に、今度は卓実が説明を始める。
「神谷さんもあの二人がバディ組めばいいと思ってるんですよね? だったらもうあの二人をくっつけるしかないでしょう!?」
「いやだからといってこの方法は……」
珍しく歯切れ悪く誠一が反論する。
誠一としても颯真と冬希がバディを組むのは心から望んでいることだった。バディとして必要な要素、阿吽の呼吸も絶対的な信頼も、何もかもをこの二人は持ち合わせている。
ところがこの二人、誠一の提案を一蹴するレベルで互いを認めていない。
それに関して他の新人メンバーが何も言わないはずがない、とは思っていたがまさか強硬手段に出るとは。
流石の誠一も朱美と卓実に詰め寄られ、「ふざけるな」と一蹴することができなかった。それは自分も望んでいたが故の弱さであると理解していたが。
「とにかく、私はきっかけだけは作ったからな。あとは君たちに任せる」
「それはお任せください! あの二人をバディにしてみせます!」
自信たっぷりの朱美の言葉。
そうはうまくいくかな、と思いつつ、誠一は頷くことで返答した。
◆◇◆ ◆◇◆
翌日。
冬希に「玄関で待っていろ」と言われた颯真は、宿舎の玄関口でぼんやりと考え込んでいた。
行き先が夏祭りの商店街、ということで颯真はどこからともなく用意された浴衣を着せられている。それでいて、袂には調査用の機器も忍ばせてあり、現地調査の準備も万端である。
颯真の着付けを手伝った卓実と真は何故かニヤニヤしており、嫌な予感を覚えるが、もう任務は始まっているも同然なのである。気を引き締めていかないといけない。
そう、颯真が考えていると、背後から人が近寄ってくる気配がした。
「南、待たせた」
その声に颯真が振り返ると、そこに浴衣姿の冬希がいた。
「あ——」
颯真の声が掠れる。
冬希は濃紺地に淡いブルーで薔薇の花が描かれた浴衣を着ていた。淡いブルーの薔薇が、普段の「氷のプリンセス」という呼び名を思わせる鋭さで控えめながらもはっきりとその存在を主張している。
青い薔薇があしらわれたかんざしでアップにされた白い髪と、鋭く光る赤い目が浴衣によって際立ち、冷たい美しさを振りまいていた。
「……? どうした? 南」
食い入るように見つめてくる颯真に、冬希が首を傾げる。
その声に我に返った颯真が、なんでもない、と首を横に振った。
「なんでもない。強いていうなら、似合ってるな、って」
「……そう」
普段と変わらない、クールな様子で冬希が颯真の隣に立つ。
ふわり、と甘い香りがするのはコロンでも付けているのだろうか。
いつもは決して見せないその姿に、颯真は思わずため息をついた。
「……綺麗だ」
「何か言った?」
思わず呟いた颯真に怪訝そうな視線を投げた冬希だが、すぐに時計を見て颯真を急かす。
「急がないと、調査の時間が足りない」
「あ、そうだね」
冬希を見ている場合ではない、と颯真も頷き、二人で玄関を出る。
電車に乗り、二人は目的地の商店街に移動した。
その間、二人の間に特別何か会話があったわけではない。
元々東京23区内で、そう遠くない場所であったため、移動時間自体は長くない。商店街自体も駅からさほど遠くなく、二人は迷うことなく現場に到着した。
「わあ……」
思わず颯真が声を上げる。
商店街は人でごった返していた。様々な柄の浴衣姿の男女が商店街を歩き、縁日を楽しんでいる。屋台も数多く出ており、見る人を飽きさせない。
時間はまだ昼過ぎ。昼食がまだだった二人は出店で何か買うか、と顔を見合わせた。
二人並んで人ごみに混ざり、屋台で焼きそばを購入、落ち着いて食べられそうな場所を探す。
ちょうど近くの休憩スペースに空きができ、二人は並んでベンチに腰を下ろした。
焼きそばを食べたついでに颯真が浴衣の袂に入れていた調査機器を起動、普段の任務で使用するデータリンク用通信端末経由で周囲の状況を確認する。
誠一からは「商店街自体の調査は終わっているから直前の兆候チェックだけだ」と言われていたため、その調査も数分で終了する。
「……」
「……」
与えられた任務があっさりと終わり、二人は顔を見合わせた。
このまま帰還してもいいが、二人とも、何故か「まだ帰りたくない」と思っていた。
それは祭りの、縁日の活気に当てられたからだろうか。
「ねえ冬希さん」
おずおずと、颯真が口を開いた。
「……せっかくだから、もう少し見て回らない?」
言ってから、颯真はしまった、と心の中で呟く。
そもそも冬希はあまり人と接することを好まない。ましてや人ごみなど苦手な方だろう。それなのに、縁日の活気に当てられ、誘ってしまった。
「あ、あの、嫌だったら別にもう帰っても——」
「いいよ」
意外にも、冬希は考え込むそぶりも見せずに頷いた。
「え——」
冬希の返答が信じられず、颯真が思わず冬希の顔を見る。
「いいの?」
「せっかくできた空き時間だ、私も祭りを楽しみたい」
冬希としても、颯真の誘いはありがたかった。
普段は「氷のプリンセス」と呼ばれ、距離を置かれがちな冬希だったが、時には祭りくらい楽しみたくもなる。
それに、颯真の誘いなら満更でもない。
それじゃ、と冬希は立ち上がった。
「ほら、南、行くぞ」
冬希に促され、颯真も立ち上がる。
「うん、行こう」
休憩スペースを出て、縁日に戻る。
人でごった返す商店街で、颯真は「あ、そうだ」と呟き、冬希に手を伸ばした。
颯真の手が冬希の手に触れ、そっと握る。
「みな——」
「はぐれたら合流するの大変だから」
そう言い、颯真が冬希の手を引いて歩き出す。
「いや、私は大丈——」
そう言いかけるも、冬希がすぐに思い直し、颯真に自分の手を委ねる。
颯真の言う通り、はぐれてしまえば合流するのが面倒になる。
いくら通信端末を持っていたとしても、これだけ人がいれば接続が悪くなるし、第一合流ポイントを設定するのも難しい。一人になったところを良からぬ人間に狙われる可能性もあるし、ここは二人で行動した方がいい。
冷静に、合理的に考え、冬希は颯真について歩き出した。
——それに、南と一緒なら——。
今は祭りを楽しもう、と冬希は颯真と共に人ごみを掻き分け、商店街の奥へと進む。
しばらく屋台を冷やかしつつも二人が祭りを楽しんでいると、突然商店街の照明が落とされた。
日光が差し込まない形式の全蓋式アーケード商店街であるため、商店街全体が薄暗くなる。
照明の故障? と颯真が首を傾げた瞬間、冬希が隣であっと声を上げた。
つられて颯真が冬希を見、冬希が商店街の天井を見ていることに気づき、視線を投げる。
そこには夜空が広がっていた。
プラネタリウムほど精度の高くない、天井をスクリーンにしたプロジェクションマッピング。
そこで、無数の星が煌めき、時折流れ星が再現された夜空を横切る。
夜を奪われた人類が、夜を思い出すためのちょっとしたアトラクション。
本物の夜空に比べて明らかに作り物の子供騙しなのに、颯真は思わず夜空に見入っていた。隣の冬希も無言で天井に再現された夜空を眺めている。
そこここで歓声が上がり、人々の興奮も徐々に高まっていく。
——と、その夜空に大輪の光の花が咲いた。
光の花は次々と夜空を彩り、儚く散っていく。
「花火ショーも盛り込まれていたのか」
どうせすぐに任務が終わって帰るし、と夏祭りに関して何の情報も見ていなかった冬希が呟く。颯真も同じく事前情報を仕入れていなかったため、突然始まった花火ショーを夢中で眺める。
「……すごいね」
颯真が、花火に照らされる冬希の顔を見る。
その表情こそは普段と変わらず冷たいものだったが、様々な色の光に照らされるからだろうか、心なしか明るいように感じる。
来てよかった、と颯真は思った。
初めはなんて任務だ、と思ったが、こんな冬希の顔を見られたなら受けてよかった、と感じる。
そして思う。
今は偽物の空に映された紛い物だけど。
いつか、本物の夜空に上がる花火を、冬希と見たい、と。
冬希の手を握る颯真の手が、不意に握り返される。
「……南、」
いつの間にか、冬希は颯真を見ていた。
「取り返そう、夜空を」
「……うん」
いつか、本物の空で花火を見るために。
手を握り合ったまま、二人は無言で作られた夜空に広がる光の花を眺めていた。