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第30話「よるとへいこうせん」

「いやー、ペルセウス座流星群すごかったな」


 プラネタリウムを出て、大和が大きく伸びをしながら颯真に声をかける。


「うん」


 プラネタリウムに入場する際に配布された今日の演目のパンフレットを開きながら颯真も頷く。

 再現された空ではあったが、プラネタリウムで見た流星群は颯真の心にも深く突き刺さった。颯真自身に「一人でいたくない」という気持ちを自覚させ、他人に対する興味を拡大させた。


 ずっと一人でいい、誰も必要ないと思っていた日々から一転した【ナイトウォッチ】としての生活。気が付けば颯真の周りには常に誰かがいて、くだらない話をして、それを笑い飛ばして、そんな日常が当たり前になっている。

 はじめは誰かといることに戸惑っていた颯真だったが、いつしかそれに慣れ、こんな日々が続けばいい、と思うようになっていた。

 そんな自分に驚きつつも、颯真は自然と大和に声をかけていた。


「河部君、この後どうするの?」


 颯真に声を掛けられた大和が、驚いたように颯真を見る。


「え? 南、お前……」


 大和の反応に、しまった、と思う颯真。

 そうだ、自分なんかが声をかけても迷惑なだけだ、という思いが浮かび上がり、颯真は慌てて両手と首を振って今の発言を取り消す。


「ご、ごめん。河部君も忙しいよね、忘れて」

「んー?」


 大和が意味ありげな顔をし、次の瞬間、からからと笑った。


「なーに言ってんだ南、俺はこの後も暇だぞ?」

「そうだそうだ、どうせ帰ってもすることないし、カラオケでも行くか?」


 大和に続いて他のクラスメイトも颯真を取り囲み、この後の行動を次々に口にする。


「南が誘ってくるとか、びっくりしたぞ」

「そうそう、いつも『皆に任せる』って感じだったもんな」


 クラスメイトのそんな言葉を聞きながら、颯真は「拒絶されていない?」と考えた。

 自分はこの場にいてもいいのか、と考え、それから、そんなことを考えていた自分がバカらしく思う。

 別にクラスメイトは颯真のことを腫れ物を触るような扱いをしていない。クラスメイトとして、友人として、当たり前のように接してくれている。それなのに「拒絶されるかもしれない」と考える必要はないのだ。


 大和をはじめ、クラスメイトは颯真を友人として受け入れている。時間が合えば食事や遊びにも誘ってくれる。

 そうか、と颯真は誰にも聞かれないように呟いた。

 これが、学生としての当たり前の日常なんだ、と。

 他人との距離を取って生きていた時にはなかった日常。それが楽しくて、もっと一緒に遊びたい、と思ってしまう。


 もっとも、それは夕方までのことで、夕方になれば颯真は【ナイトウォッチ】として準備を始めなければいけないし、クラスメイトも【夜禁法】を守るために帰宅しなければいけない。

 夜も一緒に遊べたらいいのに、と颯真はふと思った。

 夜の街を歩いて、夜空を見上げて、夜遅くまで語り合いたい。

 そのためには【ナイトウォッチ】としての任務を全うしなければいけない。【あのものたち】を蹴散らし、人類に夜を取り戻さなければいけない。


 できるかな、と颯真は「次どこ行く?」と相談を始めた大和やクラスメイトを見て考えた。


『できるできないで考えるのはナンセンスだ。やるかやらないかだ』


 ふと、そんな声が聞こえる。


「……そっか」


 思わず、颯真は口に出して呟いていた。


「どうした?」


 颯真の呟きを耳にした大和が首をかしげる。


「いや、なんでもない」


 自分の呟きが聞かれていたことに苦笑しながら、颯真が首を振る。


「まぁ、時間が時間だからあんまり遊べないけどさ、近くのゲーセンでエアホッケー大会でもやらん?」


 クラスメイトの一人が提案し、大和がいいなと頷いた。

「じゃあ、エアホッケー大会やろうぜ! 言っとくが、俺は強いぞ!」

「大和、何言ってんだよ、この間俺に一点も取れずに負けたくせに!」


 ワイワイと和やかな雰囲気で一同が歩き出す。

 それを見ながら、颯真も一緒に歩きだした。

 よかった、と。仲良くなれてよかった、と。



◆◇◆  ◆◇◆



「——で」


 誠一の家、トレーニングジムの一角で颯真は冬希に睨みつけられていた。


「河部たちと遊ぶのが楽しくて遅刻した、と」

「……すみません」


 しゅん、とした様子で颯真が謝罪する。


「いや、私に謝っても仕方ないと思うけど。神谷さん、心配してた」


 文化センターを出た後、クラスメイトの提案で近くのゲームセンターに行った颯真たちは大いに盛り上がった結果、颯真が訓練の時間に遅刻するという結果に終わった。

 「颯真君がまだ来ない」という誠一の話を受けて颯真に電話を入れた冬希は、颯真が「あっ」と声を上げた瞬間に全てを察した。

 冬希としては、颯真の遅刻は組織の規律的には許されないものではあったが、少しだけ喜ばしいことではあった。

 【ナイトウォッチ】の新人のグループの中でも一歩引いた立ち位置で接してくる颯真には心配しかなかった。

 このままでは、いざという時に連携できずに孤立してしまうのではないか、という。


 それはまだ誰ともバディを組んでいない冬希も同じではあったが、それでも冬希は颯真ほど引いた目で他のメンバーと接したりはしない、と思っていた。

 颯真は危険だ。目を離しておけない危うさがある。初陣の時もそうだ。一人で突っ走って後先考えずに戦って、最終的には何とかなったとしてもいつかは痛い目を見るに決まっている、と冬希は思っていたが、颯真にその自覚がないのなら手に負えない。

 颯真こそ早く誰かとバディを組んで手綱を握ってもらわなければいけないだろうが、そんな颯真と組む、と言う人間は誰もいない。


 冬希は知らなかった。冬希と颯真を除く新人グループの全員が「お前ら、早よ組め」と思っていることに。

 颯真と冬希は他にいい組み合わせがないほどのペアだという認識が二人を除く新人グループの共通見解だった。気が付いていないのは当事者二人だけ。そのため、朱美をはじめとして数人がそれとなく二人に組むよう根回ししているのに、二人はいつまでもバディを組む気配がない。


 そんな颯真と冬希であったが、互いに互いを気にかけているという点では似た者同士だった。

 誠一も二人の様子には気が付いており、冬希には颯真を、颯真には冬希を気にかけてやってくれ、と声をかけていたが肝心の二人はいつまでも平行線。

 それでも、今回の颯真の遅刻に関しては流石の冬希も「これはまずい」と思ったのだろう。


「本当に、君は私が見ていないと何をしでかすか分からないな」


 そう、颯真に冷たく言い放っていた。


「何言ってるの、冬希さんだって任務の際はいつも突っ走ってるじゃない」


 負けじと颯真も反論する。

 何を、と冬希が颯真を再び睨みつけた。


「私は常に最善の手を考えて動いている。君みたいに『厄介のが出た、助けなきゃ』みたいに独断専行しない」

「そう言って、あの夜一人で僕を助けたのは誰だよ」

「う……」


 ずばり、颯真に論破されて冬希が呻く。

 そうだ、あの夜、【夜禁法】を破ったクラスメイトがいるからと一人でショッピングモールに突入したのは冬希だった。アルテミスの予測で【あのものたち】も出現しないと言われていたから一人でも大丈夫、と、卓実と真の同行を断ったのも事実だ。

 その結果、想定よりもはるかに多い【あのものたち】に囲まれた挙句、颯真が目覚める、といった展開になったのだが。


「と、とにかく後で神谷さんにちゃんと謝って! 心配してたから!」

「それはもちろん」


 颯真が頷き、「話はそれだけ?」と確認してくる。


「私からは以上だ。今後、時間には気を付けて」


 遊びに夢中になりすぎて外出禁止時間にもつれ込んだら大変だから、と冬希が続けると、颯真はそうだね、と頷いた。


「うん、時間には気を付ける」

「そうして。だけど……楽しかった?」


 え? と颯真が冬希を二度見する。

 まさか、冬希の口からそんな質問が出るとは思っていなかった。

 それでも、颯真は口元に笑みを浮かべてうん、と頷く。


「楽しかった。またみんなで遊ぼうって」

「そうか……」


 颯真の答えに、冬希が満足そうに頷いた。


「それなら、早く取り戻さないと」

「そうだね」


 【あのものたち】の手から、夜を取り戻す。

 クラスメイトとの交流がきっかけで、颯真は自分が夜を取り戻すための目標が見えてきた気がした。

 淳史に言われた「信念」の話を思い出す。

 何のために街の人を守りたいかと問われたら、今なら答えられるかもしれない、と颯真は思った。

 仲良くなった人と、これから仲良くなる人と、夜を楽しみたいからだ、と。


 まだ漠然としているかもしれないが、こういうことなのかもしれない、と考え、颯真は遅刻の分を取り戻すためにいつもよりも少しだけトレーニングをハードなものにすることにした。

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