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第28話「よるにといかけられる」

 その夜の任務は、誠一が「新人たちもそろそろ本格的な任務に慣れていった方がいいだろう」という判断で【ナイトウォッチ】本隊のとある部隊と行動を共にすることになった。


 それはそうだよね、と颯真も納得したように頷く。

 新人はいつまでも新人のままではいられない。今は実戦に慣れるという名目で、アルテミスが予測した小規模な【あのものたち】の発生現場に赴くだけだったが、本隊はもっと危険な任務に就いている。知性のかけらを見せ、狡猾に攻撃してくる【あのものたち】や、先日颯真たちが遭遇した大型と戦うことも多い、ということでブリーフィングを受ける新人たちの表情も緊張に満ちている。


「まあ、アルテミスの予測では今回は大規模な侵攻は起こらないとされている。いきなり危険な目に遭うことはないだろうが、今までのノリで挑むと怪我をするからな」


 誠一の説明に、颯真をはじめとした新人たちが「はい」と応える。


「とりあえず23区内各地に二人一組で行ってもらう。基本的にいつも組んでいるペアでいいが——冬希君と颯真君はまだ正式に組んでいなかったね、今回はペアで行ってくれ」

「え、私が——」

「了解しました!」


 言葉に詰まる冬希と即答する颯真。

 颯真が即答したことで、冬希がちら、と颯真を睨んだ。

 それには気づかず、颯真は張り切った様子で誠一の説明を聞いている。

 これはダメだ、後できっと痛い目に遭うやつだ、と思いつつ、冬希は小さくため息を吐いた。



 ◆◇◆  ◆◇◆



「はあぁぁぁっ!」


 颯真が【あのものたち】に刀を振り下ろす。

 普段相手にするものよりも少々手強かったが、颯真の振り下ろした刀は【あのものたち】のコアを打ち砕いていた。

 聴覚には届かないが、断末魔の叫びが聞こえたような気がする。

 それを、首を振ることで振り払い、颯真は少し離れたところで戦う冬希を見た。

 冬希も危なげなく戦っていたが、敵が普段のものに比べて知性があるためかいつもの戦いができていないように見える。


「冬希さん!」


 颯真が慌てて加勢する。冬希の後ろに回り、背後から爪を突き立てようとした【あのものたち】を両断する。


「余計なことを!」


 冬希がそう吐き捨てるが、颯真はそれに構わず、冬希を狙う別の【あのものたち】に斬りかかる。


「……」


 それを見ていた【ナイトウォッチ】デルタチームのリーダー、鏑木かぶらぎ 淳史あつしは顔をしかめた。

 今回、【ナイトウォッチ】上層部からの指示で誠一率いる新人チームの一部を受け入れて任務に当たっている。かつてのエースで、教官としての能力も申し分ない誠一の教え子だから戦闘能力も高く、知性を持った【あのものたち】に対する適応も早い。


 しかし、淳史は今回受け入れた二人、特に颯真に対して危うさを感じていた。

 颯真の太刀筋はまだ粗削りだがしっかりしている。腰が引けているところもない。少しだけ無鉄砲に突っ込むことはあるがそれでも命を粗末にするような戦い方はしない。

 それでも、淳史はしっかりと見ていた。


 颯真には。まだ、迷いがあるように見える。

 迷いが太刀筋に現れ、いいところを見せたいという邪心が動きに出ている。


 これは一度びしっと言ってやった方がいいな、と思いつつ淳史は目の前の【あのものたち】を斬り捨てた。

 そのまま、【ナイトウォッチ】が有利な状況で戦闘は進み、深夜もかなり早い時間にその場にいた【あのものたち】は一掃された。


 一掃した、と言っても夜の間は裏の世界とこの世界をつなぐ通路は夜明け頃までは開いているので油断していれば増援は来る。

 暫くは休憩を交えた警戒の時間か、と淳史は隊員たちに声をかけ、少し楽にするよう指示を出した。


「……ああ、南、ちょっと来い」


 冬希に「大丈夫だった?」と声をかけていた颯真を、淳史が呼び寄せる。


「はい」


 冬希との会話を中断し、颯真が淳史の前に立つ。


「南、お前、何がしたくて【ナイトウォッチ】に入隊した?」


 淳史が単刀直入に訊く。

 予想していなかった質問に、颯真がえっ、と言葉に詰まる。


「それは、【あのものたち】から街の人を守りたいと思って——」

「それは本心か?」


 ずばり、と淳史が颯真に切り込んでいく。

 「街の人を守りたい」、それは颯真が誠一と出会って、自分の可能性を自分で経験して、その時初めて思った感情だった。その点では本心であることに偽りはない。

 だが、本当にそれは心の奥底から願った動機なのだろうか、と颯真は自問した。

 そう思って訓練し、戦ってきたが、本当に本心からの願いなのだろうか、と。


 そう自問した時点で颯真は気付いた。その願いは、きっかけには過ぎないが自分を突き動かす原動力ではない、ということを。今、颯真を突き動かしている衝動はそれではない、と。

 颯真の目が揺らぎ、それを見た淳史がふっと笑う。


「お前の入隊時の話は上や神谷から聞いている。巻き込まれて、たまたま目覚めて、流されるままに入隊を決めた。【ナイトウォッチ】に入隊する、と決めたのはお前の意思だろうが、それでも戦うための信念が、お前にはない」

「それは——」

「いや、それを責めているわけではない。だが——信念なき戦いは、いずれ身を滅ぼすぞ」


 そう言い、淳史はぐるりと周りで待機する隊員たちを見た。


「【ナイトウォッチ】の隊員はそれぞれ、自分の信念を持っている。その信念があるからこそ、魂技もより強く輝き、鋭いものとなるんだ」


 淳史が隊員を見回したのを見て、颯真も同じように周りを見る。

 あの隊員も、この隊員も、それぞれ信念をもって戦っている、ということか——冬希も。

 それに比べて自分には何があるんだろう、と颯真は自問した。自分が傷つかないよう、冬希が傷つかないよう、ただがむしゃらに戦ってきた。


 それだけでは駄目だぞ、と淳史は言っているのだ。

 もっと、何かのために、その何かのために自分の命を懸けられるくらいの信念を持て、と。

 一体、何のために戦えばいいんだろう、と考えた颯真の頭を淳史が小突く。


「まあ、いきなり信念を持って戦え、と言っても難しい話だ。入隊したばかりで、周りを見るだけで精一杯だろうし自分が生き残ることが第一だ。だがな——たまには、一息ついて空を見上げるのも大事だぞ」


 もうそろそろ第二波も来るだろうし、お前も警戒に戻れ、と淳史が颯真に背を向けて他の隊員たちに視線を投げる。

 その背を見ながら、颯真は「何のために」と口に出してみた。

 確かに、街の人を守りたい、という思いはある。【あのものたち】を一匹残らず駆逐して夜の平穏を取り戻したい、とも思う。

 しかし、そこに「何故」が混ざると途端に分からなくなってしまう。


 何故、街の人を守りたいと思うのか。何故、【あのものたち】を倒したいと思うのか。

 分からない。ただ漠然と、そう思っていることに気が付いて颯真は愕然とした。

 勿論、動機としては弱すぎるものではない。街の人を守りたいと思う気持ちも、そのために【あのものたち】を倒したいと思う気持ちは本物だ。ただ、分からないのだ。

 「その願いが叶った時、自分はどうするのか」が。


 淳史が言っていることはそれなのだろう。何のために街の人を守りたいのか、何のために【あのものたち】と戦うのか、その目的を明確にしろ、と。


「何のために、か……」


 もう一度、颯真が呟く。

 もしかしたら、それが分かったら自分の魂はもっと輝くのだろうか。

 冬希の隣に立って、堂々と刀を振るうことができるのだろうか。

 そこまで考えて、颯真は苦笑した。

 まただ。また、冬希のことを考えている。


 冬希は新人チームの中でもひときわ強い魂を持っている。

 それはとても強い信念で、誰にも負けないという意志で、その意志が、闘志が、冬希の魂を強く明るく燃え上がらせている。

 そんな冬希の隣に立ちたい、と颯真は思った。

 互いに深く信頼して、助け合って、どのような敵であっても立ち向かいたい、そう思う。


 冬希さんに信頼してもらうにはどうすればいいだろう、と考え、颯真はふと、空を仰いだ。

 それは、完全に無意識の行動。

 それでも、颯真の視界に大きな丸い天体が入り込んだ。


「あ——」


 地球に唯一存在する衛星、月。

 理科の教科書で、一定周期で満ち欠けし、潮の満ち引きにも影響すると記載されている月が、天頂で煌々と輝いていた。

 初めて見る夜の月。ちょうど満月だったのか、ほぼ正円を描いたその天体は蒼白く、そして優しく輝いていた。

 同時に、得体のしれない感情が颯真の背筋を這い上がる。

 ぞわり、と背筋が総毛立つような、不快感にも似た感情。


 この世界に、自分一人しかいないような錯覚を覚え、颯真は思わず空から視線を下ろした。周りを見て、少し離れたところに【ナイトウオッチ】の仲間たちがいることを確認してほっと息を吐く。

 【ナイトウォッチ】の仲間だけではなく、街を巡回する警らドローンや巡視ロボットの姿もちらり、と見え、颯真は今ここにいるのが自分だけではないと実感する。

 考えることは多いな、と考え、颯真はぶんぶんと首を振った。


 今はまだ、明確な信念は持っていないかもしれないが。

 そんな颯真の考えは、淳史の声で中断される。


「休憩は終わりだ。第二波が来るぞ!」


 その言葉と同時に、周囲の影が集まり、【あのものたち】を形作る。


「はい!」


 刀を構え、光を纏わせ、颯真は自分に気合を入れるかのように応答した。

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