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第27話「よるをふりかえる」

「そういえばさ」


 初陣から一夜明け、学校も八月で夏休み真っ盛りということでトレーニングをしていた颯真に卓実が声を掛けた。


「なんですか?」


 体力トレーニングやVR訓練をはじめとして様々な訓練を行って早くも一ヵ月、初陣も済ませて【ナイトウォッチ】の一員としての実感が湧きつつあった颯真だが、他のメンバーに対しての敬語はまだ抜けていない。


「別にタメ口でもいいぜ? もう同じ釜の飯を食う仲間だろ」


 颯真が乗っていたランニングマシンの隣のマシンに乗り、走り出した卓実がそう言ってにっ、と笑う。


「俺、こう見えてもお前のこと高く買ってるんだぜ? なんか神谷さんには『可能性がある』とか言われてても驕ることもなく頑張ってるところとかさ、好感持てるわー」

「それはどうも」


 一ヵ月も共にいれば新人メンバーの性格は大体分かる。

 卓実はムードメーカーでありながら深い洞察力を持った人間で、周りの様子をしっかり把握し喧嘩なども未然に防いでしまう。

 実際のところ、新人たちの中には少々血気盛んな者もいて、やれ盛られた料理の量が多いだの少ないだので一触即発になることもたまにある。そんな状況を、卓実は素早く把握してうまく丸め込んでしまうのだ。


「おっと、颯真くん? そのランニングフォームはひざを痛める。肩と手の力も緩めな?」


 走りながら、卓実が颯真のランニングフォームを指摘し、理想的なランニングフォームを披露する。

 さすがはスポーツジムのインストラクター、そのランニングフォームは完璧で美しい。


 なるほど、と卓実のランニングフォームを参考にしながら姿勢を正し、颯真が「それで?」と尋ねた。

 最初に声をかけてきている時点で、自分に何か用事があるはずだが、その用件はまだ聞いていない気がする。

 おおそうだ、と卓実が走りながら頷いた。


「いやー、お前、初陣で逃げなかったどころかあの大物に無謀にも突撃したよなーって」


 卓実の言葉に、颯真がなるほどと納得する。

 確かに、あの時目の前に現れた雑魚を前にしても颯真は怯えることもなかった。それどころか率先して大物に突撃した。

 傍から見ればひよっこが無茶をする、という認識になるのも無理はない。


 実際のところ、颯真には【あのものたち】に対する恐怖は全くなかった。もしかすると、初めて【あのものたち】と遭遇したあの夜に魂技に目覚め、戦った経験があるから怯えることがなかったのだろうか。

 うーん、と小さく唸り、颯真はどうかな、と呟いた。


「……初陣の前に一度戦ったから、かな……」

「あー……。そう言えばお前【ナイトウォッチ】に入隊したきっかけが【夜禁法】破って襲われたからだっけ」

「はい。あの時に魂技に目覚めて戦った、のが初めてだから……」


 よく考えたらあれからもう一ヵ月も経ったのか、学校も夏休みに入るはずだよと思いつつ颯真がちら、と卓実を見る。


「まぁ、一度死ぬほどの思いしてそこから逆転してたら初陣でビビることはないか。やっぱいきなりスカウトされて【ナイトウォッチ】に入隊すると初陣でビビってチビる奴はザラだからな」

「そういう中川さんは」


 ふと気になって颯真が訊ねた。

 訊かれた卓実はというとははは、と走りながら器用に頭を掻く。


「俺はビビったなー。流石にチビりはしなかったが、VRで見るのとリアルで見るのは全然違うからな。VRでは痛くても死ぬことはないがリアルだと死ぬかもしれない、そう思うと足が竦んで」


 だから初陣であそこまで立ち回れたお前を尊敬するわーと続けた卓実がもう一度にっ、と笑った。


「だから自信持てよ。それに、俺もお前に期待してるんだぜ? 『可能性』なんて話を信じてるわけじゃないが、それでもお前はやってくれるんじゃないかって思わせる雰囲気があるんだよな。そこへもっての昨夜のアレだろ? 俺は確信したぜ!」


 走りながらも興奮気味に言う卓実。

 そんなに期待してくれるのか、と思う反面、その期待に応えられなければどうしよう、と思ってしまった颯真だったが、その考えはトレーニングジムに備え付けの鏡に冬希の姿が映ったことでかき消された。


「なんだ、南も中川もここにいたのか」

「おうよ、この新人君に正しいランニングフォーム教えてたとこ」


 ランニングマシンを止め、足を止めた卓実が冬希に片手を挙げてみせると、冬希は小さく頷いてローイングマシンに腰を下ろす。

 ボートを漕ぐような動きで全身の筋肉を使うローイングマシンはランニングマシンに比べて関節への負担が低いとされている。体力をつけるだけならローイングマシンの方が負担が少なくて済むが、颯真がランニングマシンを使っているのは体力だけでなくランニングの能力を底上げする、という意図も含まれていた。


「確かに中川のアドバイスは確実だからな。南、しっかり教えてもらってる?」

「それはもうばっちりと」


 バーを握り、体を動かし始めた冬希に颯真が返す。

 それをふぅん、と気のない返事で応えた冬希が、体を動かしながら卓実に声を掛けた。


「で、中川もそれだけのために声を掛けたわけじゃないと思うが——昨夜のことか?」


 ズバリ、冬希が颯真と卓実の会話の中心を言い当てる。

 あー、バレた? と卓実が苦笑した。


「別に大したことは話してないぜ? 初陣だったのにビビらなかったよなってだけ」


 実際のところ、話の大半はそうだった。そこから、卓実が颯真に対して「期待している」と言っただけだ。

 卓実の言葉に、冬希もそうだな、と小さく頷く。


「思うんだが、南って意外と無鉄砲なんだよな、とは私も思う」

「冬希さん!」


 無鉄砲って、僕のことどう思ってるのと颯真が抗議する。

 いや実際無鉄砲だろと答えつつも、冬希は言葉を続けた。


「だが、そういう無鉄砲さも必要だと思うぞ?」

「……?」


 冬希の言葉に、颯真が首をかしげる。

 卓実もそれに納得したようでそーだそーだと首を赤べこのごとくぶんぶんと振っている。


「そーそー、慎重さも大切かもしれないが、慎重になりすぎて石橋を叩き壊したら意味ないだろ? たまには後先考えずに突っ込んで、それからどうすればいいか考えればいいんだよ」


 実際、お前が後先考えずに突っ込んだおかげで俺たちは助かったんだぞという卓実の言葉に、颯真はそうかな、と足を止めた。

 颯真としては、冬希が止めた通り一度足を止めて誠一に全てを任せた方がよかったのではないか、と思うところもあった。自分が一体目を倒してしまったから二体目が現れたのではないか、という不安が颯真にはあった。


 しかし、結果論になってしまうが、颯真が卓実と真の援護に向かい、一体目を倒したからこそ二体目に対処することができたということも考えられる。それこそ、颯真が援護に向かわなければ卓実と真は二体の巨大な【あのものたち】の餌食になってしまった可能性もあったのだ。


 颯真が冬希の制止を振り切って援護に向かったことが最適解だったかどうかは分からない。だが、結果として誰も傷つかずに戦闘が終わったならそれでいい。

 確かに慎重さは必要だろう。しかし、そればかり気にして時機を逸してはいけない。


 そうか、と颯真は自分の心に何かがすとん、と落ちたような錯覚を覚えた。

 もっと慎重に動けと怒られるかと思っていた。新人だから無茶をするなと言われると思った。実際、無茶ではあったが、その分颯真は結果を出した。

 この二人が結果オーライな考え方をしているとも考えられるが、それでも颯真は自分が間違ったわけではない、と自信を持つことができた。

 時には慎重にならなければいけないこともあるだろうが、それでも大胆な動きで敵の裏をかくことができれば。


「ありがとう」


 思わず、颯真はそう口にしていた。

 冬希と卓実が、一瞬えっ、という顔をする。


「何言ってんだよ南、お前のおかげでなんとかなったんだから自信持てよ」

「そうだ。恐れず飛び込めるところが君の強みなんだ、それを生かさずして何を生かすのかって私は思うな」


 卓実と冬希にそう言われ、颯真もそうだね、と頷いた。


「うん、これからも頑張る。もちろん、気を付けなければいけないところは気を付けるけど、きっと大丈夫」

「そーそーその意気その意気」


 ランニングマシンから降りた卓実が颯真の肩をポンと叩く。


「じゃ、次はチェストプレス行こうかー」

「えっ」


 今日はちょっと疲れてるから流しで行こうと思ってたんだけど……と固まる颯真をずりずりと引きずる卓実。


「筋肉は裏切らない! ってわけでまだいけるよな?」


 元気な卓実の声の後に、颯真の、


「もう勘弁してえぇぇぇぇ」


 という声がトレーニングジムに響き渡った。


「……南、中川の言う通りだ。筋肉は、裏切らない」


 颯真を見送り、冬希がぽつりと呟いた。

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