新たに現れた巨大な【あのものたち】から伸びた棘が四人を襲う。
「っそ!」
真の言葉と共に四人が咄嗟に跳び退り、棘を回避するが、棘は鞭のようにしなり四人を追撃する。
「ヤバいぞ!」
卓実も状況を分析しながら叫ぶ。
先ほどの大物を倒すだけで四人ともかなり消耗している。特に颯真と冬希に至っては大技を使った反動かかなり疲弊しているようにも見える。
これは先ほどと同じ手は使えない、仮に使えたとしてもその後の二人がどうなるか分かったものではない、と卓実は棘を回避しながら考えた。
チップは埋め込んだ人間の魂を増幅するが、その代償として肉体にダメージを与えるようなことはない。あるとすれば魂を活性化させたことによる疲労だけだ。
とはいえ、疲労も蓄積すれば後の行動に支障が出る。
そう考えると、颯真と冬希にこれ以上大技を使わせるわけにはいかなかった。
現に、今四人を襲っている大物に呼び寄せられるかのように他の【あのものたち】も近づいている気配がする。
さて、どうする、と卓実は颯真を見た。
「このっ!」
颯真は棘を回避しながら、それでも回避しきれないものを刀で斬り捨てている。冬希も同じだ。
今までの行動から予測すると、颯真はもう一度【
そうは考えたものの、卓実はそれも無理だな、と低く呟いた。
大物の攻撃が激しすぎる。先ほど倒した大物はまだ緩慢な動きを見せるところがあったが、今回の大物はそれを学習したかのように素早く、的確に攻撃を仕掛けてくる。その攻撃を捌くので精一杯で反撃の隙を窺うことすら難しい。
——どうする?
卓実が頭の中で作戦を構築する。
今のところ、この場にいる四人だけでは突破は不可能だ。それなら——。
「どうした卓実?」
両手に込めた力で棘を弾き返しながら真が訊ねる。
「もう少しだけ時間を稼げるか?」
卓実も両手の銃で棘を弾きながら声を張り上げる。
「どういうこと?」
「何か策があるのか?」
颯真と冬希も攻撃を捌きながら卓実を見ると、卓実はああ、と力強く頷いた。
「さっき神谷さんがこっちに来るって言ってただろ! もうすぐ到着するはずだからそれまでなんとか凌いでくれ!」
卓実が発した「神谷さん」という名に、他の三人の心に炎が灯る。
朝になって【あのものたち】が撤退するまで防衛し続けなければいけないと考えていた三人はほんの少しだが戦意が消失しかけていた。
戦意の消失は同時に魂技の威力の低下を引き起こす。そのために、四人はしなくていい苦戦をすることになりつつあった。
だが、誠一がこちらに向かっている、それももうすぐ到着するという現状の把握は四人の戦意を燃え上がらせるには十分だった。
「だったら、神谷さんにみっともない姿は見せられないな!」
真の両手の光が輝きを増す。
「冬希さん、いける?」
「どうして私に声をかける。私は大丈夫だ」
颯真と冬希も互いを見て頷き合う。
(……やっぱこいつらバディ組めよ……。ってか付き合えよ……)
颯真と冬希の熱いやり取りにそんなツッコミを心の中で入れつつも、卓実が気合を入れてマガジンを交換する。
「んじゃ、いっちょ暴れますかね!」
時間稼ぎならこれが一番だ、と卓実は両手の銃を真っすぐ巨大な【あのものたち】に向けた。
「【
卓実が声高らかにコマンドワードを宣言する。
同時に、何本もの棘が卓実へと進路を変え、襲い掛かる。
次の瞬間、卓実の銃から紫の光がビームのように放たれた。
そのビームで薙ぎ払うように両手を動かし、卓実が後ろに声をかける。
「神谷さん!」
「応!」
四人の後ろから、一人の男——誠一が【
卓実が【
卓実の魂技は基本的に相手の足止めを行う
「……っそ、あとは、任せた……」
どっと襲い掛かる疲労感に卓実がその場に膝をつく。
【
颯真と冬希はまだ動けているから影響は少ない方かもしれないが、卓実がこのコマンドワードをここぞという時にしか使わないのは一度の使用で体力をごっそり持っていかれるからだ。当然、卓実も体力トレーニングは怠っていないがこれはもっとメニュー増やした方がいいかもしれないな、と空中を駆ける誠一を見ながら卓実は呟いた。
誠一が空中で刀を上段に振りかぶる。その刀に、誠一の闘志に呼応した強く、赤い光がまとわりつく。
何本もの棘が誠一に襲い掛かるが、それは卓実の攻撃により動きが鈍っており、全ての棘が誠一の背後で重なっていく。
「うおおおおおおおおっ!!」
気合に満ちた声と共に、誠一は巨大な【あのものたち】の脳天に刀を叩き込んだ。
【
「まだまだぁ!」
【あのものたち】を真っ二つにした誠一が、手首を返して刀を横薙ぎに振るう。
刀が、刀にまとわりついた赤い光が、【あのものたち】をさらに分断する。
「これで、終わりだ!」
誠一が刀を構え直し、【あのものたち】の一点に鋭い突きを放った。
その一撃に、【あのものたち】がこの世のものとは思えない叫びを放った——ような錯覚を四人は覚えた。
【あのものたち】を貫いた刀の先端に、黒いが、確かに存在感を放つ球体が突き刺さっている。
誠一の突きに耐えられず、黒い球体がパリンと音を立てて砕け散る。
その次の瞬間、巨大な【あのものたち】は霧散した。
まるでこの球体が急所であったかのようなその光景に、四人が息を呑む。
「君たち、ひとつ重要なことを忘れていないか? 【あのものたち】はコアを破壊すれば一撃だぞ」
刀を一振り、鞘に納めた誠一が振り返り、四人に説明した。
「……」
誠一の説明に、四人が顔を見合わせる。
そうだった、【あのものたち】にはコアが存在する。
とはいえ、コアを狙って攻撃するのはまだ新米の域を抜けない四人には至難の業だった。
流石に大物の【あのものたち】は巨大な分、コアも大きいが、敵も自分の弱点を理解しているからそう簡単に攻撃させてはくれない。
それなのに、【
「やべえな……」
疲労感は残るものの立ち上がった卓実が呟く。
それは颯真も同じだった。
かつては【ナイトウォッチ】のエースとして戦っていたという誠一。竜一を守れなかった、という一点で本来の力を発揮できずに一線を退いたと聞かされていたが、今、巨大な【あのものたち】を屠ったその力はかつてのエースとしての底力を感じさせるものだった。
強い、と颯真も呟く。
これが、【ナイトウォッチ】のエース。誠一はエースの座を降りているが、今のエースもこれくらいの力量を持っているのだろう。
強くなりたい、と颯真は続けて呟いた。
「……南?」
颯真の呟きを耳にした冬希が首をかしげる。
「……冬希さん、僕、強くなるよ。誰にも負けない、【ナイトウォッチ】のエースに、なる」
決意に満ちた颯真の呟きに、冬希はそうか、と呟いた。
「南、君はもう強くなっている。私たちの、誰よりも、ね」
「? なんか言った?」
冬希の呟きが聞き取れず、颯真が冬希を見る。
「いや、なんでもない」
そう言い、冬希は刀を構え直した。
「さて、皆疲れているところ申し訳ないが消化試合だ。夜が明けるまで雑魚を蹴散らすぞ!」
誠一が刀を抜き、かえで広場に集まってきた【あのものたち】に切っ先を向ける。
『はい!』
四人の言葉が、かえで広場に響き渡った。