闇が揺らめき、実体化したような【あのものたち】は颯真たちの姿を認めると一気に襲い掛かってきた。
その数は三、VR訓練でもこれくらいの敵は相手にしているので問題ない。
刀を構えた颯真と冬希も地を蹴り、【あのものたち】に突撃した。
蒼白い光と金色の光が闇を切り裂き、【あのものたち】も両断する。
二人が刀を返し、残りの一体に斬りかかる。
それぞれの色の光を帯びた二本の刀が同時に突き刺さり、【あのものたち】が霧散した。
「ま、これくらいは南も余裕、といったところか」
手にした刀を、血を払うかのように一振り、冬希が鞘に収める。
颯真も刀を鞘に納め、ぐるりと回りを見た。
不気味な気配はそこかしこに漂っている。いつ、どこから【あのものたち】が現れてもおかしくない。
警戒を緩めず、二人は木々が生い茂るミニSL乗り場の周辺を歩き回る。
データリンク用の端末からはどのエリアで遭遇、排除、といった報告が流れてくる。
二人も時折現れた【あのものたち】を難なく斬り捨てながら、状況を確認していく。
——と。
《まずい、援護願う!》
唐突に真から応援要請が入った。
途端に、他のメンバーからの「嘘だろ!?」という言葉が次々と耳に届き、颯真と冬希も顔を見合わせた。
真と卓実と言えば現時点での新人チームの中ではトップクラスの攻撃力を誇るバディである。卓実の銃撃による麻痺と真の拳による粉砕攻撃はチーム内の誰よりも強い。
そんな真からの応援要請に、一同は動揺を隠せなかった。
この二人が苦戦するほどの【あのものたち】は一体何なのか、いや、アルテミスの予測では今回の発生は新人たちで対処できる規模だったはずだ。
通信の向こうから、誠一の声が聞こえる。
《無理はするな! 私も今すぐ現場に向かう!》
司令拠点とした輸送車両の中で待機していた誠一が外に飛び出したのが入ってくるノイズで分かる。
《真、とりあえず一旦退け!》
他のメンバーが真に指示を出すが、真は「無理だ」と返してくる。
《逃げようにもしつこくて……! クソッ!》
「足立さん!」
颯真が叫び、冬希を見る。
「冬希さん、行こう!」
「行こう、って、相手は足立が手を焼いてる奴だぞ!? 君が行ったところで!」
走り出そうとする颯真を冬希が止める。
しかし、颯真はその制止には従わなかった。
「このままじゃ足立さんが危ない! 神谷さんが到着するまでの時間稼ぎだけでも!」
颯真の言葉に、冬希がしかし、と反論する。
確かに、真と卓実の現在地に一番近いところに颯真と冬希はいる。
自分たちの現在位置はSL乗り場付近、対する真、卓実組はその奥のかえで広場にいる。
二人が走れば十分間に合う距離、二人より四人なら誠一が到着するまでの時間稼ぎはできるだろう。
それでも、あまりにも危険すぎる。
冬希一人ならまだ立ち回れるかもしれない。しかし、ここには初陣の颯真がいる。
実戦での実力も知らない颯真が危険度の高い【あのものたち】に立ち向かって怪我一つなく終わるはずがない。それこそ攻撃をうまく避けられずに大怪我をして、戦線に復帰できないほどのトラウマを受けつけられるかもしれない。
それなのに、颯真は二人の援護に行くという。
もう一度、冬希がやめろと言うが、颯真はその制止を振り切ってかえで広場に向かって走り出した。
「南!」
冬希が颯真の名を呼び、走り出す。
「【
自分の身体能力を底上げするコマンドワードを発動、冬希の脚が蒼白い光に包まれる。
目の前の颯真も同じく脚力を強化しており、100メートル走の世界記録保持者も驚くスピードで広場を駆け抜けていく。
やがて、目の前に複数の個体が融合したかのような巨大な【あのものたち】と、そこから鋭く伸びる幾つもの棘に苦戦する真と卓実の姿が見えてきた。
「【
走りながら颯真が刀を抜き、魂技の出力を上げる。
『南!?』
まさか援軍が来るとは思っていなかったのだろう、颯真のコマンドワードを唱える声を耳にした真と卓実が驚きの声を上げる。
「ひよっこが来るんじゃねえ! 喰われるぞ!」
卓実が颯真にそう叫ぶが、それを聞き入れる颯真ではない。
「うおおおおおおおおお!!」
颯真が刀を最上段に振りかぶり、巨大な【あのものたち】に向けて振り下ろす。
刀を包む光がひときわ強く輝き、【あのものたち】に向かって金色の斬撃波が放たれる。
斬撃波は地面に突き刺さる闇色の棘を次々と打ち砕き、【あのものたち】に直撃した。
が。
「まだ死んでないぞ!」
状況を冷静に観察した卓実が叫ぶ。
【
しかし、そんな【
「こいつ、化け物かよ!」
卓実が動きを鈍らせるために銃を連射するが、かなりのダメージを受けているはずの【あのものたち】に効いている様子はない。
「元から化け物だろ!」
真も両手にオレンジ色の光を纏わせ、【あのものたち】を殴り続けるが、巨大な分かなりのしぶとさを誇っている。
「ああもう、仕方ない!」
颯真が突撃したことで冬希も腹をくくったか、刀を構え、コマンドワードを口にした。
「【
冬希の刀の光が鋭くなる。
「南! 【
そう叫び、冬希が地を蹴り、【あのものたち】に肉薄した。
【あのものたち】が冬希に狙いを定め、太い棘を射出する。
「出力を上げれば、斬れないものはない!」
その冬希の言葉と意志に応じるかのように、握られた刀の光が強くなり、刃渡り2メートルはあろうかという蒼白い光の大剣を形作る。
「こん、のぉぉっ!」
射出された太い棘を光の大剣が切り裂き、冬希はさらに踏み込んだ。
「いい加減に、しろ!」
薙ぎ払われた光が【あのものたち】を切り裂いていく。
「ダメだ、決定打になってない!」
卓実が叫ぶ。
切り裂かれ、分断した【あのものたち】の小さい方は霧散したが、大きい方の塊は健在。
どうやら本当に通常の【あのものたち】が融合していたようで、断面では大小さまざまな【あのものたち】が蠢いている。
どうやら個体差はあるようだが、そんなことを考えている場合ではない。
光の大剣を振り抜いた冬希が手首を返し、逆袈裟切りの姿勢に入る。
だが、そこへ、
「はああぁぁぁああぁぁっ!!」
後ろから颯真が飛び込んできた。
【
その、颯真の刀もまた、金色の光で刃が形作られた大剣と化していた。
切り裂かれた【あのものたち】の頭上から地上にかけて、金色の光の刃が叩き込まれる。
左右に分かれる【あのものたち】。
「まだまだ!」
颯真が刀を右下に振り下ろし、手首を返す。
「冬希さん!」
「ああ!」
颯真に声を掛けられ、冬希も刀に意識を集中させた。
「これで——」
「終わりだ!!」
颯真が右下から左上にかけて、冬希が左下から右上にかけて刀を振り抜く。
金と蒼白の光の刃が交わり、膨大なエネルギーとなって爆発する。
流石の【あのものたち】もその強大なエネルギーの爆発に耐えられず、跡形もなく霧散した。
「……や、やりやがった……」
同じタイミング、同じ所作で刀を鞘に納める颯真と冬希に、卓実が呆然として呟く。
「……とんでもないコンビだな」
構えを解き、真も呟く。
まさか、一番最後に入隊した新米と、普段はクールに見せかけて突っ走る二人が倒してしまうとは。
「ってか、冬希の奴、いつにもまして鋭かったよな」
卓実の言葉に真が頷く。
冬希は普段から魂技の使い方には長けていたが、今ほどの鋭さは見せたことがなかった。
まるで、颯真の攻撃に共鳴するように、その鋭さを増し、颯真に追従していた。
そもそも、颯真の魂技の出力もおかしかった。
颯真が最初に使った【
それは、颯真の魂の可能性が為せる技だと卓実は思っていたが、冬希はそれに追従する形で出力を上げた。
「これは……とんでもねえバディが成立するかもしれんな」
他に【あのものたち】が現れないか、アルテミスからの情報を確認しながら卓実が言うと、真もそれは同感だったようでそうだな、と頷く。
しかし、その直後、真は拳を固めて身構えた。
「卓実!」
真の声に、卓実も銃を構え、目の前の颯真と冬希に声をかける。
「油断するな! まだ来るぞ!」
その声に、颯真と冬希が刀の柄に手を掛ける。
ざわり、と空気が揺らめき、禍々しい気配が辺りを支配する。
——と、闇がかえで広場を、その場の四人を包み込んだ。
ざぁっという音が聞こえるほどの勢いで闇が四人の前に収束していく。
「こいつ——!」
そう、声を上げたのは誰だろうか。
瞬きするほどの時間で、闇は一体の【あのものたち】を作り上げた。
先ほどと同じ、多数の【あのものたち】が融合したかのような巨大な個体。
「嘘だろ!?」
卓実が声を上げる。
こちらは先程の個体を撃破するのでかなりの体力と魂を使っている。
あの一体を撃破するだけでここまで消耗しているのに、さらに現れるとは。
巨大な【あのものたち】から無数の棘が伸び、四人に襲い掛かる。
咄嗟に回避した四人は半ば絶望に染まった眼差しで巨大な【あのものたち】を見た。
——このままでは、負ける。
四人の思いは同じだった。
消耗した四人は、それでも負けるわけにはいかない、とそれぞれの武器を構えた。
「南、行けるか?」
肩で息をしながら冬希が隣の颯真に声をかける。
「冬希さんこそ!」
刀を握り締め、颯真も自分を奮い立たせるようにそう声を上げた。