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第23話「よるのはじまり」

「颯真君にもそろそろ現場に出てもらおうか」


 誠一が颯真にそう言ったのは、颯真が【ナイトウォッチ】に正式に入隊し、一ヵ月近くが経過した時のことだった。


「現場に、ですか」


 颯真がそう訊き返すが、別に現場に出たくなかったわけではない。

 一体いつになったら現場に出ることになるだろう、という思いは確かにあった。とはいえ、現場に出て実際に【あのものたち】を前にした時に戦えるのか、仲間の足を引っ張ったりしないか、という不安は大きい。

 それでも、颯真は現場に

出て、自分の力を試したい、と思っていた。

 だからこそ誠一のその言葉は颯真にとって期待と不安を呼び起こすものだった。

 ああ、と誠一が頷く。


「VR訓練ではそこそこの結果を出しているからな。あとは実戦で慣らしていくだけだ。安心しろ、アルテミスの予測で比較的弱い【あのものたち】が出やすいエリアに行ってもらうから危険はほとんどない」


 誠一の言葉に、颯真がアルテミス? と首をかしげる。

 そもそもはギリシャ神話に登場する狩猟の神だが、誠一が「予測」という言葉を使ったことでそれではない、と判断する。


 確か、大規模災害やそれに匹敵する事件を予測するスーパーコンピュータが「アポロ」という名前であったはずだが、それを考えるとギリシャ神話上で予言の神とされるアポロと双子の立場にいるアルテミスの名を冠していてもおかしくない。


 そんなことを考えていた颯真に、誠一がアルテミスとは何だと考えているのだろうと判断したのだろう、颯真の目の前に一枚のホログラムスクリーンを表示させる。

 そこに表示された未来観測装置アポロとアルテミスの画像やカタログスペックを、颯真は食い入るように見つめる。


「アルテミスは【ナイトウォッチ】に用意された【あのものたち】出現予測用のスーパーコンピュータだ。未来観測装置アポロは知ってるだろう? あれは予測パターンが膨大すぎて大規模災害や重大事件を優先的に予測するように調整されているが、アルテミスはアポロの予測パターンの中から【あのものたち】に関するものだけを受信してより精密な出現位置やその規模を予測する、【あのものたち】特化の未来観測装置となっている。狩猟の神の名を冠しているだけあって、【あのものたち】を狩る我々に必須のスーパーコンピュータだよ」


 なるほど、と颯真が頷く。

 アポロの稼働開始からもうかなりの年月が経過しているが、常に最適化され、火山の噴火や巨大地震など、大規模な避難や対策が必要とされる災害はその被害が激減した。テロや要人暗殺といった重大事件も今では未然に防がれ、世界は【夜禁法】さえなければ平和そのものだろう。


 しかし、誠一の言う通り、アポロは全てを予測できるわけではない。予測されるパターンは膨大で、全ての事件を予測するにはリソースが足りなさすぎる。だからこそ予測されるパターンの中から【あのものたち】のデータだけを抽出し、より正確にその出現などを予測できるスーパーコンピュータがあれば【ナイトウォッチ】も動きやすい、というものだろう。


 【ナイトウォッチ】は少数精鋭、それゆえに闇雲に隊員を派遣するわけにはいかない。しかしアルテミスが「ここにこの規模で【あのものたち】が発生する」と予測できれば、ピンポイントで部隊を送り込み殲滅することができる。

 そして、誠一はアルテミスが予測した【あのものたち】の出現エリアのうち、比較的弱めのものが出現するだろうと予測された場所に颯真を送り込むという。


 【あのものたち】の強さについては颯真も既に聞かされていた。【あのものたち】には知性が宿っているが、その知性の高さに応じて強さが変わる、ということを。

 例えば知性がほとんどないタイプ、颯真が襲われた夜、颯真たちの前に現れた【あのものたち】は知性がほとんどないゆえに自分の体の一部を固化させ、爪のようにして攻撃してきた。こういったものたちは一撃をまともに喰らえば大ダメージ必至だが、攻撃自体は単調で比較的回避しやすい。逆に、知性が高くなるにつれ攻撃パターンは複雑化し、最適な立ち回りを要求される。


 とはいえ、【ナイトウォッチ】もただ経験だけでその攻撃に対処しろというわけではない。

 【ナイトウォッチ】隊員は出撃時に戦術データリンクのための端末を耳にセットする。イヤーフックのようなこの小さな端末は、脳に埋め込まれたチップと連動して視覚にアルテミスからの詳細なデータ――交戦時の【あのものたち】の予測攻撃パターンまで投影してくれる。

 今までは訓練だったためこの端末を使うことはなかったが、現場に出るとなるとこれも支給されるのだろう。


「今夜が颯真君の初陣の予定だ。冬希君にサポートするよう伝えておくから、気を引き締めて任務に当たってくれ」

「分かりました」


 颯真が頷き、気を引き締めるように敬礼した。



 時間は夜の八時過ぎ。

 八時きっかりに展開された電磁バリアの発生装置に【ナイトウォッチ】の隊員がアクセスするとバリアの一部が消失し、人間が安全に通れるようになる。


 誠一の家の前も同じで、新人たちを乗せた兵員輸送車の運転手が発生装置のパネルにアクセスして電磁バリアを解除、車を発進させた。

 それなりの広さを誇る輸送車の中で、新人たちは今回の任務を確認する。


 輸送車の中央にはホログラムスクリーンが展開され、今回新人たちが赴く区域の地図やアルテミスによる出現予測が表示される。


「今回は世田谷区の世田谷公園周辺に行ってもらう。普段ならあまり出現する場所ではないが、まぁ夏だし屋外プールに子供が集まるし、で【あのものたち】も反応したのだろう」


 誠一の説明と共に地図が世田谷公園周辺にズームし、サブウィンドウに屋外プールの写真が表示される。

 【あのものたち】の習性としては、昼間に人の動きが活発化した場所に出現しやすいという傾向がある。その程度であればアルテミスの予測がなくともある程度は目星をつけて掃討に向かうことができるが、数日間で少し人の動きが活発化した、という程度だとアルテミスの精密が予測がなければ【あのものたち】を野放しにしてしまう。


 朝になれば裏の世界へ帰還する【あのものたち】ではあるが、ごくまれにこちらの世界にとどまり、住人に危害を加えるものもいる。世間一般的には怪奇現象として済まされることが大半だが、それでも「化け物を見た」という目撃情報から地域一帯が恐怖に陥ることもあるため、できるならすべて駆除してしまいたい。


 今回の任務は、そんな小規模な発生地点に赴き、【あのものたち】を駆除するものだった。

 アルテミスの予測では人の動きが活発だったが、強い敵が出現するほどの反応ではなく、新人たちの実戦訓練にもぴったりだろう、というもの。


 颯真より先に入隊していた他のメンバーにとってはかなりぬるい任務内容ではあったが、颯真にとっては初めての実戦である。緊張が高まり、武者震いが止まらない。

 やがて輸送車は世田谷公園の近くに到着し、中に乗っていた、颯真含む新人が降りていく。


「じゃーブリーフィング通りにそれぞれ担当な。瀬名、神谷さんに言われた通り南をしっかりお守りするんだぞ」


 両太もものホルスターに銃を収めた卓実がひらひらと手を振り、真と並んで公園の中に入っていく。

 他のメンバーもそれぞれのバディと共に公園に入り、最後に颯真と冬希が残される。


「……私が……南のお守り……」


 冷たい顔でぶつぶつと呟く冬希は、誠一に「颯真君を頼む」と言われたことがかなり不本意だったらしい。

 しかしそこで「じゃあ僕一人で行ってくるよ」とも言えず、颯真は苦笑した。


「冬希さん、今夜はよろしく」


 颯真の腰には、冬希と同じ、カーボンファイバー製のメカニカルなデザインの刀が下げられている。

 約一か月の訓練で、颯真はいくつかの武器を試してみたが、最終的にはこの直刃の刀がしっくりきたため、メインウェポンとして装備することにした。

 太もものシースにはサブウェポンとしてナイフも用意している。

 腰と太ももにかかるわずかな重量に、颯真の心も研ぎ澄まされていく。


「南、行くぞ」


 冬希も覚悟を決めたのだろう、颯真にそう声を掛け、歩き出す。


「うん」


 冬希に並んで、颯真も歩き出した。

 夜の闇に包まれた公園。

 公園内にはいくつかの街灯が設置され、ぼんやりと光を放っているが、公園の全てを照らしているわけではない。

 そんな薄暗い公園の中で、闇が渦巻いた。


「南!」


 冬希が刀を抜き、コマンドワードを口にする。


「【解放Release】!」


 颯真も刀を抜き、その言葉を口にした。

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