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第20話「よるをしんじる」

 誠一の声に、全員が一斉にその方向を見る。


「自主トレしろとは言ってたが、まさか魂技有りでの組み手をしているとは思わなかったな」


 そう言いながら柔道場に上がってくる誠一に、颯真が慌てて拘束を解除、真と共に姿勢を正す。

 近寄ってきた誠一は二人を見て怪我がないことを確認し、ふぅ、と息を吐いた。


「足立君、颯真君と手合わせしての感想は?」

「……」


 誠一にそう質問され、真はどう答えようか、と考えた。

 颯真の実力は計り知れない、そう、純粋に思う。

 【ナイトウォッチ】に入隊して、訓練というものもまだ始まっていないも同然の状態で【拘束Bind】を使用した。


 魂技自体はコマンドワードとその効果を理解してさえいれば誰でも使えるものだが、コマンドワード自体多岐に渡り、誰でも使えると言ってもその効果量は使用者によって異なる。例えば、朱美の【回復Heal】はかすり傷程度なら誰でも治療可能だが、それなりの傷となると適性のある人間でなければ治療できない、といった風に。


 【拘束Bind】自体は比較的初歩的なコマンドワードなので、当然、真も使える。しかし、颯真相手に使うことは全く思い浮かんでいなかった。


 そう考えると、体格面や素の戦闘能力で真に劣る颯真が【拘束Bind】を使うことは当然であるが、第一の問題として颯真はこのコマンドコードを

 それなのに【拘束Bind】を使ったことが、誠には信じられなかったのだ。


「……こいつは、将来とんでもない大物になるかもしれません」


 やっとのことで言葉を絞り出し、真は颯真を見た。


「【ナイトウォッチ】に入隊したばかりの新人ニュービーだと油断していました。まさか、【拘束Bind】をもう覚えているとは」

「そうだぜ! 実は瀬名に秘密の特訓してもらってました、とかなのか?」


 柔道場の外縁から卓実がヤジを飛ばすが、その隣では冬希が「違う」と首を振っている。


「この週末は私も実家に帰っていたし、南とは全然連絡も取っていなかったからそれは無理だ」

「じゃあなんで【拘束Bind】使ってんだよ!」


 チートかよ、ここ現実だぞ? と喚く卓実を無視し、誠一が颯真を見る。


「颯真君?」

「はい」


 誠一に声をかけられ、颯真が少し困ったような顔をする。

 実際のところ、【拘束Bind】は使う直前に誰かの声を聞いたのがきっかけだ。しかし、声はコマンドワード自体を教えたものではない。ただ、その声がヒントとなって、コマンドワードが閃いた。


 それはまるで自分の中に最初からコマンドワードが登録されていて、その一覧が突然自分に開示されたかのようで。


「……なんか、閃いた……と言えばいいんでしょうか。【拘束Bind】があるって、なんか気がついて……」


 うまく言語化できず、颯真が辿々しく説明する。


「閃いた……?」


 颯真の言葉を繰り返す誠一。


「確かに、チップの中に全てのコマンドワードは登録されているが……」


 信じられない、と言った面持ちの誠一、それを颯真が心配そうに見る。


「やっぱり、僕は異常だったり……」


 生まれた時からチップを埋め込まれている、といったことや竜一が「颯真には可能性がある」と言ったことを踏まえると、自分には常人にない何かがあるのだろうか、と不安になる。

 同時に、その「何か」が未来の希望にもなるのであればそれでいいじゃないか、という思いも生まれる。


 今まで、颯真は自分のことを何の取り柄もない平凡な人間だと思っていた。

 しかし、あの夜に魂技を発動させ、【あのものたち】を撃退して、その後も誠一との試合で一太刀浴びせたことを考えると、ただ自分が気づいていないだけで何か途轍もないものを秘めているのかもしれない、と気づき始めていた。


 だが、それを過信して天狗になってはいけない、という意識も颯真にはあった。

 確かに自分には何かあるのかもしれない。だが、それを過信して振る舞えばいつかその報いを受ける。


 自信過剰になってはいけない、思い上がってはいけない。あくまでも自分は【ナイトウォッチ】の新人で、周りの人間に師事しなければいけない、そう自分に言い聞かせる。

 少しずつ確実に自分の才能を花開かせて、いつかは夜を取り戻す。


 それは決して自分一人の力ではなくて、今ここにいるメンバーや、他の隊員、誠一をはじめとした大人の協力もあって初めて達成されることで。

 だから、自分を「異常」だとか麒麟児だとか思ってはいけない。

 自分は自分、できることを確実に増やしていくだけだ。


「神谷さん」


 颯真が誠一に声をかける。


「教えてください。もっと、いろんなことを」

「颯真君……」


 颯真の言葉に、誠一が一瞬言葉に詰まるが、すぐに力強く頷いてみせた。


「ああ、君を一人前の【ナイトウォッチ】に育ててみせる。もちろん——」


 そう言い、誠一が周りの新人たちを見回す。


「君たちも一緒だ。颯真君一人を特別扱いはしない。確かに、颯真君には才能があるかもしれない。だが勘違いしないでほしい。君たちも【ナイトウォッチ】に入隊できている時点でみんな特別なんだ。それを忘れないでくれ」

「……神谷さん……」


 そう呟いたのは誰だろうか。

 颯真が訓練も受けずに【拘束Bind】を使用したことで、他のメンバーは「もうこいつだけでいいんじゃないか」という気持ちになりかけていた。


 しかし、誠一のその言葉に全員のその気持ちが覆されていく。

 そうだ、【ナイトウォッチ】にスカウトされた時点で自分たちも「特別」なのだ、と考え直す。


 その中で実力に差が出るのは当たり前だ。それに、誠一はそれぞれの特性を吟味した上でトレーニングメニューを考えてくれる。


 よくよく考えれば自分達もまだ新米の域を脱していない。ほんの少し才能を芽吹かせた颯真に負けたところで、それを糧に自分の個性を磨けばいいのだ。


 その自分の個性が輝けば颯真に勝てるかもしれないし、そもそも颯真に勝つことが【ナイトウォッチ】の目的ではない。

 それぞれがそれぞれの個性を理解し、磨いていけばいい。


「と、いうわけで改めて訓練開始といこうか」


 誠一が新人たちをぐるりと見回して宣言する。


『はい!』


 新人たちの声が重なる。


「だが、その前に、だ」


 誠一の顔から笑顔が消え、声も静かなものになる。

 その声に、その場にいた全員が思わず姿勢を正す。


「勝手に魂技ありの試合をしたこと、そしてそれに対して賭博を行なったことに関して、私は君たちに罰を与えなければいけない」

「……ヒィ」


 しんと静まり返った道場に卓実の声が小さく響く。


「全員グラウンド十周! 足立君と颯真君は追加で腕立て百回! 全員今すぐグラウンドに移動!」

『はい!』


 厳しい誠一の言葉に、全員が震え上がって道場を出ていく。

 他のメンバーに続いて道場を出ようとする颯真。

 その颯真の背に、誠一は声をかけた。


「颯真君」

「は、はい」


 颯真が立ち止まり、振り返って誠一を見る。


「君、意外と向こう見ずなんだな……」


 勇敢なのはいいが、状況を正しく見極める力を付けることが先決のようだ、と誠一が自分に言い聞かせるかのように言う。


「【拘束Bind】が使えるなら、他のコマンドワードもすぐに覚えるだろうな。いくつか教えるから、近々彼らと共に出撃してみるといい」

「えっ」


 颯真が思わず声を上げる。

 ここの新人はまだ訓練がメインで出撃などまだ先だと思っていた。

 しかし、すぐに考え直す。


 出撃がまだなら、あの時冬希が助けてくれることなどなかったはず。

 新人ではあるが、基本的なスキルを身につけたらすぐに実戦に投入して現場の雰囲気や実際の敵に触れて実力を磨く方針なのか、と颯真が考えていると、誠一はそんな颯真に歩み寄って背中を叩いた。


「ほら、さっさとグラウンドに行く! 特別扱いはしないからな」

「……はい!」


 颯真が頷き、グラウンドに向かって走り出す。

 その背を見送り、誠一はうん、とひとつ頷いた。


「颯真君……」


——君は、きっとこのメンバーをより高みに導いてくれる。


 颯真の「可能性」はそういうものなのだ、と誠一は呟いた。

 誠一が新人を教育する上で大切にしていることはメンバーの相乗効果シナジーである。とあるメンバーが他のメンバーを高め、そしてそのメンバーもまた別のメンバーによって高められる。


 それによる全体の練度の向上は目覚ましいものであり、同時にそれぞれの個性を際立てるものでもある。


 颯真の個性がどのようなものかは誠一もまだ理解していない。

 だが、颯真の成長次第で他のメンバーは伸びも腐りもする。

 それを見極め、颯真を育てるのが自分の使命だ、と誠一は思った。


 少し考えすぎか、と思わないでもないが、新人の育成を一手に引き受けている誠一には重要な考え方。

 その時点で、誠一は颯真に大きな期待を寄せているのだと実感した。


 しかし、それを颯真に押し付けてはいけない。

 過度なプレッシャーは伸びるものも伸びなくさせる。

 だから、誠一はこの期待を自分の中だけにとどめておこう、と考えた。


 まずは誰一人分け隔てなく教育すること。

 教育者として、誠一は改めて全員を最強の【ナイトウォッチ】に育て上げる、と考えた。

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