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第19話「よるにはなひらく」

「っていうかさ、あんたらバディじゃないのか? なんか連携取らずにそれぞれ勝手に突っ込んでたけどさー……」


 颯真と、颯真の隣にやってきた冬希の目の前に歩み寄り、卓実が呆れたように言う。


「え、僕は――」

「私は――」


 颯真と冬希が互いに顔を見合わせる。


『別にバディなんかじゃない』


 二人の声が重なった。


「マジかよ! え、あんたら組むんじゃないの? 特に冬希、あんたはいい加減バディ見つけろって言われてるし、ここは颯真新人と組む流れだろ!」


 二人が否定したことで、卓実が一気にまくしたてる。

 普段誰にも冷たい態度を見せる冬希が、颯真にだけ何となくいい雰囲気で接しているのは卓実もうすうす感づいているところだった。それなのにこの二人、「バディでない」と同時に宣言している。


 いや待てあんたらちゃんと組めよ、組んだらきっとうまく行くから! と内心叫びながら、卓実ははぁ、と大仰にため息をついてみせた。


「駄目だこいつら何とかしないと……」


 そんな卓実の肩をポンと叩き、真が首を横に振る。


「あくまでも『今のところは』だろう。必要となれば組むだろうから今は静かに見守ってやれ」


 なんでぇ、と反論する卓実。

 そんな卓実と真を見ながら、颯真と冬希も顔を見合わせる。

 その二人の顔が、何故か赤くなる。


「そんな、僕が冬希さんとバディなんて」

「そもそも私にバディなんて」

『はいはいそこいちゃつかない!』


 二人が二人だけの世界を作り出していることに見かねた朱美の鋭いツッコミが入る。

 はっと我に返り、ぶんぶんと首を振る二人に、VRの内外の新人たちは「こいつらもうバディ組めよ……」と思わざるを得なかった。


 だが、確かにこの二人は組めばいいバディになれそうではあるが、間近で二人の戦いを見ていた卓実と真は危うさも感じ取っていた。


 颯真も冬希も独断専行しすぎる。

 一つのターゲットを取り合うようなことはなく、それぞれがぞれぞれのターゲットを選定して戦っている。しかし、それでは片方に何かあった場合、もう片方がフォローできない。


 それはおいおい連携を取る訓練をすればいいだろうが、それ以上に真は颯真の危うさに気が付いていた。


 先ほど、颯真に言った「勇気はあるようだが、それだけではだめだぞ」という言葉を自分の中で噛み締める。

 捕食するような行動をとる【あのものたち】に、真達もリアルで遭遇したことはある。


 だが、それは捕食行動を回避し、外から打撃を与え、排除していた。

 まさか口内に飛び込んで内側から排除するとは誰が考えるだろうか。


 今回はデータの都合もあり、それはうまく行った。とはいえ、それが本番で通用するとは限らない。

 【あのものたち】を前にして臆さない颯真の勇気は純粋に素晴らしい、と真は思っていた。


 しかし、本当にそれでいいのだろうか。


「南、お前には、いや、お前と瀬名にはストッパーが必要だ。バディを組んだ方がいい」


 真が、真っすぐ颯真を見て言う。


「そんな、僕は」

「お前はあまりにも無謀すぎるんだよ。【あのものたち】の捕食行動に真正面から突っ込む奴がいるか」

「あれは、そうした方が効率がいいかと思って」


 真の言葉に反論する颯真だが、実際のところ「どうせこれはVR訓練だ」と思っているところがあった。痛覚緩和システムペインコントロールが弱めでも、少し痛みを感じるだけで済むだろう、という。


 真が一つため息を吐く。


「VRだからって甘く見るなよ。VRで成績良くても実戦でさっぱりという奴もいるらしいが、お前はそうなるなよ」

「別に僕はVRだからって油断は――」

「南、やめろ」


 颯真が真に楯突こうとしていることに気付き、冬希が制止に入った。

 だが、颯真はスイッチが入ってしまったようで真を真っすぐ見据えたまま、きっぱりと言い放つ。


「そんなに言うなら魂技ありでの試合、受けるけど」

「南!」


 颯真の発言に冬希が声を上げるも、颯真はそれに動じない。

 「それはただの蛮勇だ」と言おうにも、真を真っすぐ見つめる颯真にはこの声は届きそうにない。


「……やるか?」

「真まで!」


 真サイドでは卓実が慌てて止めに入るが、スイッチの入った二人はそれで止まるような様子はない。


『いいじゃんやらせろやらせろ』

『これだから男子は……』


 外部からヤジが飛んでくるが、颯真も誠もそれに構う様子はない。


「それじゃ、道場で」


 颯真がそう言い、真もああ、と頷き、四人は次のメンバーに代わるためにもログアウトした。



 柔道場の中央で、颯真と真が向かい合って立っている。

 二人とも、【ナイトウォッチ】の戦闘服を身にまとい、臨戦態勢でいた。


「マジでやるんかよ……」


 柔道場の外側では卓実が頭を抱えている。


「……南がここまで頑固だとは思わなかった……」


 冬希も額に手を当て、唸っている。

 他にも朱美をはじめとした新人たちが興味深そうに集まっており、柔道場の颯真と真を眺めている。


「っていうか、VR空いてんだから訓練してこいよ!」


 野次馬根性で集まるメンバーに卓実がしっしっ、と追い払うように手を振るが、それに構うメンバーではない。


「いいじゃん見させろ」

「あの真に喧嘩売ってんだから、見るしかないだろ」


 口々に言うメンバーに、再び頭を抱える卓実。

 もう、皆血の気多すぎだろ、と思うもののそもそもが【ナイトウォッチ】として戦う人間なのだから仕方ないのかもしれない。


「魂技ありでしょ? だったら怪我してもわたしのヒールで回復してあげるから思う存分やっちゃいなさい!」

「朱美まで!?」


 いけー、いてこましたれー! と煽る朱美に、冬希も再び額に手を当てる。


「で、どっちに賭ける?」

「えー、俺は真にアイス賭ける」

「それじゃあ賭けにならないじゃない、誰か颯真君に賭けてよ!」


 頭を抱える冬希、卓実をよそに始まる勝敗予想。

 その声は柔道場にいる二人にも届いていた。


「……本当にやるのか?」


 外野の騒ぎにいささか毒気を抜かれた真が確認する。


「勿論。僕だって戦えることを、証明したい」


 颯真が拳を握り、ファイティングポーズを取る。


「一応、警告はしたからな」


 真も拳を固め、身構える。


『【解放Release】』


 二人が同時に力を開放、その拳が金色とオレンジの光に包まれる。

 じり、とにじり寄る二人。


 互いに相手の隙を窺い、すり足で畳の上を移動する。


――どう攻める?


 真に隙を見せず、そして真の隙を窺いながら颯真が考える。

 何の考えもなしに打ち込んだところであっという間に叩き伏せられるのは分かっている。真が柔道の全国大会に出場した経験も考慮すると、掴まれれば確実に寝技で固めてくるだろう。


 今回の勝負、別に柔道のルールに則ったものではない。投げ技で一本を決めたとしても、相手が負けを認めない限り試合は続行する。


 それならば決着をつけるにはどうするか。

 相手の動きを完全に封じる寝技か関節技しかない、と颯真は踏んでいた。


 打撃も魂技を解放した状態の防御力を考えれば効果は薄い。だが、寝技や関節技なら相手の動きを封じることができるし、最悪の場合脱臼による戦闘不能も狙える。


 朱美という回復担当もいるのだから、それくらいはされるだろう、という読みが颯真にはあった。

 体格では圧倒的に真に劣る颯真。普通なら、決して勝てる相手ではない。


 しかし、この試合では颯真にも勝ち目はあった。

 それは魂の強さによる補正。

 いくら体格面、体力面で劣っていても、魂の強さが真を上回っていれば勝ち目はある。


 負けない、と颯真は自分に言い聞かせた。


――信じろ。僕の可能性を。


 先ほどのVRでの戦闘のように意識を集中させ、全身に力を巡らせる。


「……魂の出力を上げれば勝てると思ってるのか?」


 そう言いながらも、真は一切隙を見せない。

 下手に攻めれば負ける。しかし攻めなければ活路は見いだせない。


『ならば、絡めてみるか?』


 不意に、声が聞こえた。

 あの、初めて魂技を解放した時にも聞こえた何者かの声。

 何故か懐かしさを感じるその声に、颯真はどうやって、と声に問いかける。


『魂の可能性を信じろ』


 声は、そう颯真に告げる。

 明確な答えではない。ヒントではあったかもしれないが、それでも行動の指針などを提示されたわけではない。


 だが、颯真は確かに「可能性」を受け取った。

 颯真の両手が僅かに広げられる。


「……?」


 颯真の動きの意図が読めず、真が訝し気に眉を寄せる。

 気を付けろ、何かをしてくる。

 警鐘が頭の中で鳴り響き、警戒しろと本能が叫ぶ。

 じり、と二人が円を描くように動く。


 先に動いたのは颯真だった。

 ただし、真に向かって動いたわけではない。

 両手を広げ、「解放の詞コマンドワード」を叫ぶ。


「【拘束Bind】!」

「な――!?」


 入隊して間もない、コマンドワードもろくに教わっていないはずの颯真がその言葉を口にしたことで、真の動きが一瞬止まる。


 颯真の両手の光が触手のように伸び、真に迫る。

 光の触手が真に絡みつき、動きを封じた。


『えええええ!?』


 颯真の背後から複数の声が上がる。

 まさか、誰もこうなるとは予想していなかった展開。

 颯真が【拘束Bind】のコマンドワードを知っているとは思わなかったし、まさかそれを使って動きを封じるとは想定していなかった。


 誰もそれを卑怯、とは思わない。

 そもそも魂技ありでの試合なのだから、それを効果的に使える方が強いのは自明の理である。


「……あいつ、やるな」


 ぽつり、と卓実が呟く。

 そんな声には気づかず、颯真は真に肉薄し、光を纏った拳を眼前に突き付けた。


「勝負ありだと思うけど?」

「く――!」


 明らかに自分の負けではあったが、真はそれを認められなかった。


 なぜこんな入隊したての新人に、という屈辱感が浮かぶ。

 自分の魂の出力を上げ、真は光の触手を振りほどこうとする。


 だが、


「そこまで!」


 道場全体に、誠一の声が鋭く響き渡った。

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