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第18話「よるにとびこむ」

「南、君は意外と煽り耐性がないな」


 訓練のために道場併設のVRルームに向かいながら、冬希がそんなことを言った。


「……大人げなかった」


 冬希と並んで歩きながら、颯真も反省したように呟く。


「まあ、それでもあの夜あの場所にいたのが納得できる。いくら温海に脅されたとしてもあの態度を見るとこそまで抵抗したようにも見えない」

「それは、まあ……」


 反論できない。

 確かに、颯真ははじめは嫌だと言ったし、高義も両親をだしに脅してきたのは事実だ。だが、それでももう少し抵抗する余地はあったのでは、いくら高義の父親が区議会議員であったとしても【夜禁法】を超越できたとは今考えるとあり得ない気もする。


 結局、冷静さを欠いていたのか、という反省が颯真に浮かんでくるが、過ぎたものは仕方がない。


「私が言えたことではないが、君はもう少し煽り耐性を付けた方がいいかもしれない」

「……反省してます」


 冬希にズバリと言われてしまい、颯真はそう答えざるを得なかった。


 今後、【あのものたち】と戦うにしても挑発に乗るのは危険だ。【あのものたち】に挑発するほどの知能があるのかどうかは分からないが、それでもふとしたことをきっかけに熱くなるようではいざというときに致命的なミスを犯すかもしれない。

 挑発には気を付けよう、そう思い、冬希と共にVRルームに入る。


 四つあるコフィンのうち、二つは真と卓実がスタンバイしている。

 他のメンバーは、颯真と冬希を見ると「どうぞどうぞ」と順番を譲ってくる。

 なるほど、と颯真も冬希もすぐに納得した。


 真と卓実は颯真の動きを間近で見たいのだろう。そして他のメンバーはVRルーム備え付けのスクリーンで各種データと共に颯真の戦いぶりを見たいのだ、と。

 それなら、と颯真が空いているコフィンの一つに入る。


「……」


 冬希が何か言いたそうに颯真を見るが、すぐに残りのコフィンに身を滑らせ、起動準備に入る。

 先日のチュートリアルで見た起動演出の後、街並みが再現され、颯真の周りに冬希、真、卓実の三人が出現した。


「お、おいでなすったか」


 両手にハンドガンを握った卓実が楽しそうに笑う。

 その隣には鋲の付いたグローブを両手に嵌めた真が。


「とりあえずはお手並み拝見といきますかね」

「ああ、まずはどんな武器を使うのか、どういう戦いを見せるのか見せてもらおうか」


 ブリーフィングルームで初めて顔を合わせた時から気付いていたが、この二人は任務の時もバディを組むほど仲がいいらしい、と颯真が考える。


 単独行動でピンチに陥ればどうなるかを考えると無理もない話で、二人の武器選択を見る限り、卓実がやや後方からフォローしたところを真が突撃する、といったスタイルだろうか。

 颯真が隣に立つ冬希を見る。


 あの夜、冬希が単独で行動していたことを考えると、特定のバディを持たず、基本体に一人で行動しているのだろうか。

 普段の学校生活も踏まえ、常に一人でいようとするところを考えるとそれはそれで納得できる。


 しかし、今自分が隣に立っていることに関して、冬希は一体何を考えているのだろうか、と颯真は考えた。


「南、準備はいいか?」


 真と卓実に構うことなく、冬希が颯真に声をかける。


「うん、大丈夫」


 冬希がストレージからいつもの刀を呼び出したことを確認し、颯真も同じ刀を呼び出し、握り締める。


「へー、あんたらは刀メインか」


 卓実がひゅう、と口笛を吹くが、二人ともそれをスルーする。


『VRトレーニングモード、ステージ渋谷駅前、シチュエーションケース3』


 アナウンスが流れ、街並みが一度パーティクルとなって消失、それから渋谷駅前のスクランブル交差点として再構築された。

 直後、スクランブル交差点のそこここに出現する【あのものたち】のダミー。


 見た目はあの夜に見た【あのものたち】そのものだが、恐らくは過去の戦闘データを元に精巧に再現されたものなのだろう。


 四人が身構え、【あのものたち】の動きを視認する。

 【Start】の文字が空中に表示され、直後、敵が四人に向かって襲い掛かった。


『【解放Release】!』


 四人の声が重なる。

 その瞬間、四人の武器がそれぞれの魂に共鳴した光に包まれる。

 燃え盛る炎のようなオレンジ色の真、禍々しい夜を思わせるような紫色の卓実、氷のように冷たく鋭い蒼白の冬希、そして闇を切り裂く朝日のような金色の颯真。


「ほらほら、かかってきな!」


 真っ先に攻撃を仕掛けたのは卓実だった。

 紫の光に包まれた卓実の二丁の銃から、同じく紫の光に包まれた弾丸が放たれ、【あのものたち】に突き刺さる。


「真!」


 着弾を確認した卓実が誠に合図する。


「任せろ!」


 合図を受けた真が、卓実の銃弾を受けた敵に肉薄する。


「うおぉぉぉぉぉ!!」


 オレンジの光に包まれた拳が、銃弾を受け動きを止めた敵に叩き込まれる。

 拳を受け、敵が弾けるように霧散した。


「……強い」


 真と卓実のコンビネーションに、颯真が思わず声を上げる。

 特に、初めて会った時から軽口が多い卓実の攻撃は的確だった。


 どちらかと言うとサポート系にはなるのだろうが、銃弾を受けた敵は麻痺するかのように動きを止めた。それがなければ近接戦闘を行う真の接近は難しかったかもしれない。


 二人の息のあった連携に、颯真はただ「強い」としか声が出なかった。

 自分はどうだろうか、と颯真が冬希を見る。

 冬希はというと、颯真には目もくれず別の敵に斬りかかっていた。


「はあぁっ!」


 蒼白い光に包まれた刃に、敵が両断される。

 それを見て、颯真も地を蹴り、手近な敵に斬りかかった。

 ぐばあ、と【あのものたち】を模した敵が口を開くように広がり、無数の爪を牙のようにして颯真に襲い掛かる。


「そう来たか!」


 颯真を飲み込まんと口を開く敵に、颯真はそのまま真っすぐ突っ込んだ。


「はぁ!?」


 自分たちの目の前の敵を倒し、颯真たちを見ていた卓実が声を上げる。


「あ、あいつ食われに行ったぞ!?」


 いくらVRでも痛覚緩和システムペインコントロールはゲームほど強くないんだぞ? と卓実が慌てて銃を向けるが、それを真が制止する。


「なんで!」

「見てみろ」


 落ち着き払った真の声。

 どういうことだよ、と卓実がいつでも銃を撃てるよう向けたまま手を止めた。


「うおぉぉぉっ!」


 口を開く敵に颯真が真っすぐ突っ込んでいく。


――もっと強く!


 颯真が自分の全身に語りかける。

 もっと強く、もっと鋭く、もっと大きく――!

 ぶわり、と颯真の前身を金色の光が包み込む。


「は!?」


 後ろの方で卓実の声が聞こえた気がしたが構わず、颯真は刀を突きだすように腰だめに構え、【あのものたち】の口に飛び込んだ。

 視界が瞬時に闇に包まれ、一瞬、方向感覚が消失しかける。


 しかし、それでも颯真は真っすぐ進む。

 刀の切っ先が何かを刺したような手ごたえを感じる。

 それを感じた瞬間、颯真は刀を横薙ぎに振り抜いた。


 金色の光に包まれた刀が闇を切り裂き、その向こうにスクランブル交差点が見える。

 すぐに手首を返し、今度は左下から右上へ、逆袈裟切りに刀を振り上げる。

 同時に颯真を包む金色の光が膨張し、敵が霧散した。


「……」


 颯真が振り返ると、そこには銃を構えたまま呆然と眺めている卓実がいた。


「……なんて奴だ……」


 新人ルーキーが初手であいつの飲み込みに真正面から突っ込むとかありかよ、と卓実が呟く。


 実は、とんでもない新人が現れたのではないだろうか。

 いくらこれがVRによる仮想現実であると分かっていても、痛覚緩和システムペインコントロールが商用のVRゲームよりはるかに弱い、ダメージを受ければそれなりに痛みを感じるのであればどうしても躊躇するものである。それに、化け物に食われると分かって自分から飛び込んでいくのはあまりにも無謀すぎる。


「死ぬのが怖くないのかよ……」


 呆然と呟く卓実の横を真が通り過ぎ、颯真に歩み寄る。


「南、」

「……何、」


 目の前に立った、自分よりはるかに体格のいい真に、颯真が臆することなく返答する。


「勇気はあるようだが、それだけではだめだぞ」

「……え」


 思いもよらなかった真の言葉。

 褒められるとは思っていなかったし、褒められたいとも思っていないからそれはいい。


 しかし、厳しくもどこか気遣うような真の言葉に、颯真は【ナイトウォッチ】の隊員とは、単純な「強さ」だけでは務まらないのかもしれない、と、ふと思った。

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