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第17話「よるとなかま」

 手続きや戦闘服の手配などで数日が経過し、颯真は漸く【ナイトウォッチ】の一員として正式に入隊することとなった。


 訓練の設備はというと、誠一の家の敷地がそのまま訓練施設として使われており、颯真は改めて家の中を案内され、その広大さを思い知ることとなった。


 元々高級住宅地に構えられた家だったが、周辺の家に比べて数倍はあろうかという敷地に様々なトレーニング器具やグラウンド、果てはプールまで設置されており、訓練生をサポートするスタッフも常時数人が控えているという徹底ぶり。


 それでも誠一の家はあくまでも「新人がある程度の実力を付けるまでの一時的な訓練施設」だというから【ナイトウォッチ】の少数精鋭ぶりが窺える。


 新人が新人と呼ばれなくなるほど力を付ければ全国にある【ナイトウォッチ】の施設を利用することになるらしいが、颯真や冬希は同じ二十三区内に住んでいることなどを考慮すると新人期間が終わってもこの訓練施設を利用するのが一番手っ取り早いだろう、とのこと。


 ぐるりと家と施設を案内され、颯真は敷地内の一室、「ブリーフィングルーム」と書かれた部屋に通された。

 そこには冬希をはじめとして、数人の男女が思い思いの席に座っている。

 颯真がブリーフィングルームに入ると、彼らは一斉にそちらに視線を投げた。


「お、新人かー?」


 真っ先に声を上げたのはこの中でもリーダー格だろうか、体格のいい青年だった。

 何かしら武道を嗜んでいるのだろうか、服越しでもしっかりと筋肉が付いているような印象を受ける青年を、颯真が真っすぐ見返す。


「おー、いい目してんな。気に入った」

まこと、いじめんじゃないぞー?」


 体格のいい青年に、少し小柄な別の青年が声をかける。

 真、と呼ばれた青年は「なんだよー」と言いつつも颯真に向かってひらひらと手を振る。


「お前、名前は?」


 呆然と立ちすくむ颯真に、真は名前を聞いた。


「……颯真……。南颯真」


 ぼそり、と颯真が答える。


「へー、颯真って言うんか。よろしくな! 俺は足立あだちまこと。ここにいるやつらと同じく【ナイトウォッチ】の新米だ」


 楽しそうな真の声。

 どうやらこの真という青年はかなり人がよさそうだ、と颯真がほんの少しだけ肩の力を抜く。


 とはいえ他のメンバーが自分に対してどのような感情を持っているのか分からず、颯真は警戒だけは完全に手放さずにいた。


「そこ、勝手に自己紹介しないで」


 冬希が相変わらず冷たい口調でそう言うが、颯真はそれが興味ないとかそういうものではなく、単純に冬希の口が悪いだけだ、と理解していた。


 もう少し女の子っぽく喋ってもいいじゃないか、と思いつつも、それが冬希の生き様なら口出しすることもないか、と部屋に入り、適当な席に座る。


 ほんの少し待つと、ブリーフィングルームに誠一が現れ、部屋の中の新人たちを一瞥した。


「もう知っていると思うが、今日付で南颯真君が【ナイトウォッチ】に配属された。仲良くしてやってくれ」


 教卓に手を付き、誠一がそう声をかける。


「とりあえず君たちも仲間になるんだから自己紹介くらいはしておけ。まぁ――もう自己紹介もした奴もいるようだが、全員な」


 誠一がそう言うと、ブリーフィングルームのそこここから「はーい」という声が上がる。


「じゃ、冬希君から」

「えっ」


 いきなり誠一に指名され、冬希が声を上げる。

 が、すぐに「分かりました」と立ち上がった。


「瀬名冬希。南とは同じクラスだからこれ以上紹介する必要もないと思うので省略」

「え、冬希のクラスメイトなん!?」


 そんな声が飛んでくるが、冬希はちら、とその方向を一瞥しただけでさっさと着席する。

 【ナイトウォッチ】の中でも相変わらずの反応を見せる冬希にほっとしつつ、颯真は次のメンバーの自己紹介を待つ。


「はいはい、じゃー次俺な」


 そう言って勢いよく立ち上がったのは、真に声を掛けた小柄な青年だった。


「俺は中川なかがわ卓実たくみ! こう見えて昼間はスポーツジムのインストラクターのバイトしてる!」


 だからトレーニング器械の使い方とかは俺に任せてくれ! と元気よくまくしたてた卓実が、これまた勢いよく着席した。

「それなら次は俺だな。さっきも自己紹介したが俺は足立真。一応、柔道で全国大会に出たことはある」


 卓実に続いて立ち上がったのは真。

 そこまで話してから、真は卓実に視線を投げた。


「そこの卓実とはまぁ腐れ縁だな。普段もバディを組んでいる」


 颯真が部屋に来た時よりは真面目な口調で自己紹介する真に、颯真は「意外と真面目なんだな」という印象を受けた。

 体格がいい、とは思っていたが、柔道で全国大会に出たと言うのならその実力は確かだろう。

 そう颯真が思っていると、今度は一人の少女が立ち上がった。


 ツーサイドアップにした髪がふわりと揺れ、颯真が一瞬どきりとするも、少女は颯真を見てふん、と笑う。


「はいはい、じゃあ次は私。私は弘前ひろさき朱美あけみ。その辺の脳筋と違って回復ヒールが得意なの。魂技って、意外と色々あるのよ」


 颯真が思っていた以上に気の強そうな様子の朱美。

 そういえば先日、冬希が怪我をしていたが「朱美さんのヒールで回復した」と言っていたな、と思い出す。


 気の強そうな態度を取っているが、実は優しい人なのだろうかと颯真が考えているうちに他にも数人、自己紹介が続き、最後に誠一が颯真を呼ぶ。


「颯真君も自己紹介してくれ。簡単でいいぞ」

「あ、はい」


 誠一に言われ、颯真が席を立つ。


「南颯真です。皆さんの足を引っ張らないように、頑張ります」


 そう言って一礼、席に着く。


「ところで神谷さん、南って測定できないんですか?」


 颯真が席に着いたところで、突然卓実がそんなことを言い出す。

 途端に、ざわ、とざわめく室内。


「中川、測定したのか?」


 手が早いな、などと呟きながら誠一が確認すると、卓実は「そりゃあまあ」と頷いた。


「【ナイトウォッチ】に来るんならやっぱ強いのかなーと思って測定したら、何も見えないんですよ。なんでそんな南が?」


 卓実の疑問は至極真っ当なものだ。本来なら、測定して、一定基準を超える魂を持つ人間を【ナイトウォッチ】はスカウトする。逆に「視えない」となるとスカウトにも躊躇するはずだが。

 それは他のメンバーも思ったようで、颯真を見てうんうんと頷いている。


 これはどう説明すればいいんだ、と颯真は考えた。

 実際のところ、自分がなぜ測定できないのかはよく分かっていない。誠一曰く「可能性がある」ということらしいが、それが説明として納得できるかというとそうではない。


 どうしよう、と颯真が悩んでいるところで、誠一が口を開いた。


「颯真君は通常のチップでは測定できない可能性を秘めている。たまたま冬希君が見つけなければその才能は埋もれたままだっただろう」

「へー、氷のプリンセスが……」


 誠一の説明に、卓実が声を上げる。

 ここでも学校で囁かれる冬希の通称、「氷のプリンセス」の名前が出てきて、颯真は「相変わらずだなあ」と内心呟いた。

 心の中で様々な感情は渦巻いているようだが、冬希はあまりにも顔に出なさすぎる。


 損をしているのか得をしているのかは全く分からないが、本人が困っていないのなら問題はないのだろう。


「とにかく、颯真君はすぐに君たちに負けない強さに育つと思う。お互い助け合えよ」


 それじゃあ、私は道場で準備をしてくるから君たちも準備してくるように、と誠一がブリーフィングルームを出ていく。

 それを見送った瞬間、卓実は面白そうに颯真を見た。


「期待されてるんだ~?」

「……中川、さん?」


 恐る恐る颯真が卓実の名を呼ぶ。

 嫌な予感がする。

 しかし、ここで怯んではいけない、と自分を奮い立たせる。

 何を言われても逃げてはいけない。今ここで逃げてしまえば、【あのものたち】を前にした時にも逃げてしまう。


 心の中で深呼吸をして、颯真は卓実を見た。

 そんな颯真を見て、卓実は、


「正直言って、こんなもやしに何ができるってんだって思うんだよな。な? 真」


 そう、挑発するかのように、そう言った。


「いや、神谷さんには『見た目で決めつけるな』と言っていただろうに」


 真が卓実にそう言うと、卓実は「まぁそれもそうか」と引き下がった。


「だけど、そのうち手合わせしようぜ」


 やっぱ「通常のチップでは測定できない可能性」とか言われると気になるしと言う卓実に、颯真は、


「……分かりました。訓練で模擬戦とかあるんでしょう? その時なら受けて立ちますよ」


 そう、思わず返していた。

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