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第16話「よるにさくはな」

 颯真を一時帰宅させてから、誠一は自室の端末を開き、通信回線を開いた。

 数度のコールの後、ディスプレイに一人の男の姿が映し出される。


《神谷君か。|新人《ルーキー》たちの育成はどうだ?》

「ああ、八坂やさか司令、新人の仕上がりはまずまずですよ。みんななかなか筋がいい」


 誠一が回線を開いたのは【ナイトウォッチ】を統括する司令官、八坂やさか和樹かずきだった。


 【ナイトウォッチ】は一応は公的機関である。警察庁に属し、【夜禁法】や【あのものたち】に関わる全権を委ねられている。例えば、夜間に展開される電磁バリアの開閉権限も、【ナイトウォッチ】は末端の戦闘員ですら有している。


 そんな【ナイトウォッチ】を統括する司令官。

 有事の際には上位組織である国家公安委員会を素通りして内閣府にアクセスするためのホットラインも持っているとは言われているが、現時点でそのような事態が発生したこともなく、真偽は不明。


 いずれにせよ、【ナイトウォッチ】の最高位の人間が、戦闘員、それも新人の教育を任されている誠一からの直接の連絡を受け取っている。


《しかし、定例会議でもないのに君が連絡してくるとは珍しいな。スカウトの権限も全隊員に与えられているから特に連絡することもないだろうに》


 和樹は誠一のことを全面的に信頼していた。【ナイトウォッチ】創設時からのメンバーであり、チップの開発者、南竜一の護衛も務めた優秀な隊員である誠一は信頼するに値する。ただ一つ、懸念点があるとすれば竜一の死の際、誠一が生き残ったことに関わる噂だろう。「原型チップ一号」を埋め込まれるほどの強力な魂を持った人間が竜一を守り切れなかったことは大きな失態である。「襲撃者を手引きした」という噂も立って当然だ。


 だが、竜一の死以来、誠一がその実力を発揮することはできなくなった。深い後悔の念に晒され、一時期は魂技の解放すらできなくなったこともある。

 それらを考えると、誠一が竜一を敵に売るとは考えられない。そういったことから誠一の疑いはひとまず晴らされ、最前線で戦えなくなった誠一は新人教育に力を入れることになった。


 それでも誠一が和樹と連絡を取っているのは和樹が個人的に誠一を信頼しているから。

 誠一ならきっとより良い隊員を育ててくれる、心技体、そして魂の全てが磨き抜かれた隊員が生み出されると信じているのだ。


 実際、誠一の教育は厳しくも確かなものだった。【ナイトウォッチ】は数こそ多くないものの精鋭揃いの集団となっている。

 その中でも和樹が特に気になっているのが冬希だった。

 新人で、戦闘となると戦闘服をしょっちゅう破損させているようだが、【あのものたち】を恐れない戦いに今後に対する期待を寄せている。


 もしかすると、その冬希に対する何かの話だろうか、と和樹が期待に満ちた目で誠一を見ると、誠一は一つ頷き、口を開いた。


「今回、【ナイトウォッチ】に一人入隊させました。かなり見どころのある少年です」

《ほほう、見どころのある》


 そういえば、冬希から「チップもなくに魂技を使用した人間がいる」という報告を受けていたなと思いつつも和樹が興味深そうに言葉を繰り返す。

 チップなしで魂技を使える、特異体質の人間だろうか、興味深い、と和樹が続きを促すと。


「いえ、実際は既にチップが埋め込まれた人間でしたよ。名前は南颯真……。あの、南竜一の息子です」

《なんだと!?》


 ディスプレイの向こうで、和樹が声を上げる。


《南颯真は確かに君に一任していたが、遂に【ナイトウォッチ】に入隊するに至ったのか?》


 【ナイトウォッチ】は竜一の息子である颯真のことは認識している。ただ、颯真が幼かったことと、まずは成長するまで多くのことを経験してほしい、と誠一に一任していたのだ。遅くても成人したら【ナイトウォッチ】に入隊させるつもりではあったが、それよりも早く入隊するに至るとは。


 はい、と誠一が頷く。


「【夜禁法】を破った件に関しては【ナイトウォッチ】の権限で不問としました。しかし、【夜禁法】を破ったことがきっかけで魂技を自ら発動させ、【あのものたち】を撃退するに至りました」

《なんと。そんなことが》


 和樹の驚きはもっともだ。訓練して、初めて使えるようになるはずの魂技を発動させ、戦ったというのなら竜一の言う「可能性」や「希望」は本物だったのかもしれない。


 颯真こそが【ナイトウォッチ】を牽引し、いずれは【あのものたち】から夜を取り戻す旗印になるということは誠一だけではなく、和樹も願うことだった。

 どれほどの可能性が秘められているのか。どのような戦いを見せてくれるのか。


 誠一の報告に、和樹の胸が高鳴る。

 はじめは特異体質かと思っていた。しかし、颯真が目覚めたというニュースは特異体質よりも大きなニュースだった。


 むしろ、特異体質の人間だった場合は話がややこしい。そんな人間が一人だけなはずがない。報告に上がらないだけで何人もいる可能性を考えなければいけない。そして、チップなしで魂技が使えるとなると【夜禁法】自体が崩壊する事態になりかねない。特異体質の人間が勝手に夜を歩き回り、魂技を悪用すれば社会全体の問題となってしまうからだ。


 とはいえ、竜一の開発したチップを信用するなら、魂技はこのチップを介してのみ発動するもの。今は特異体質の人間のことは考えなくてもいいだろう。

 それよりも颯真だ。颯真が目覚めたというのなら、誠一によって最高の訓練を受けさせたい。


 和樹がディスプレイ越しに誠一を見る。


《神谷君、頼めるかな》

「勿論、訓練しますよ。まぁ……最初は本部に任せようかと思いましたけどね」


 苦笑しながら誠一が答える。


「しかし、竜一に言われたんです。『俺はお前を信じているんだ』と」


 竜一に言われたらやるしかないですよ、と苦笑する誠一に和樹も笑う。


《そう言って、やる気満々に見えるんだが》


 和樹の鋭い指摘に、誠一は再び苦笑した。

 和樹の指摘通りだ。誠一は、颯真に対しての訓練プランなどを既に頭の中に描いている。


 それは他の新人隊員に比べて特別扱いするものではなかったが、それでも竜一の息子が自分の意志で【ナイトウォッチ】に入隊することを決断したこと、そして夢の中で竜一に託されたことを考えると決してぬるい訓練を行うわけにはいかない、と思っていた。

 鍛え上げて一人前の隊員にしてみせる。竜一が言っていた「可能性」や「希望」を見届ける。


「必ず、颯真君を一人前に仕上げてみせますよ。竜一に、頼まれましたから」

《それに、南颯真があのプロジェクトの鍵になるから、だろう》


 静かな和樹の声。

 和樹が「あのプロジェクト」と言った瞬間、誠一も真顔に戻る。


「……ええ、竜一が進めようとしたあのプロジェクトは颯真君がいないと成り立たない」


 竜一が進めようとしてきたプロジェクトには颯真は欠かせない。そのために、生まれたばかりの颯真に「原型チップ二号」は埋め込まれた。


《君も、現場に復帰する時が来たのかもしれないな》


 ぽつり、と和樹が呟く。


《あのプロジェクトは『原型チップ』を持つ君たちに掛かっている。立派な花を咲かせることを、期待しているよ》

「私はただの実験体ですよ。プロジェクトの成否は颯真君が握っている」


 【あのものたち】から夜を取り戻すための、最後の希望。

 その鍵が、今【ナイトウォッチ】の手の中にある。

 今はその鍵を磨き、来るべき時に備える時。


「竜一の希望を、私は無駄にしたくない」

《ああ、そうだな》


 和樹も頷き、誠一を見た。


《南颯真の訓練に関しては君に一任する。必ず、取り戻そう》


 和樹の言葉に誠一も頷く。


「ええ、取り戻しましょう――我々の、夜を」


 その言葉を締めに、回線が閉じられた。

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