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第15話「よるにかたる」

 その後、【ナイトウォッチ】の組織体系など、詳しく説明を受けた颯真は着替え等の都合で一旦帰宅することとなった。


 帰宅したところで、颯真の養父母は長年真面目に仕事を続けてきたことの労いを受けて長期旅行中、養父母の間には子供がいなかったため家の中には誰もいない。


 それでも、颯真は「ただいま」と言って帰宅し、冷蔵庫を開けて中の食材で賞味期限が近いものを確認、夕食の献立を考える。

 今後、誠一の家に泊りがけで行く日が増えることを考えると生鮮食品は買い控えた方がいいだろうか、などと思いつつ、冷蔵庫から取り出した牛乳を飲む。


 夕食を摂り、シャワーを浴び、部屋着に着替えて自室のベッドに倒れ込んだところで颯真は漸く緊張が解けたのだろう、どっと疲れが襲ってくる。


 あの夜、【夜禁法】を犯して【あのものたち】に襲われ、冬希に助けられ、あれよあれよという間に【ナイトウォッチ】に入隊することになった。それは颯真自身が決めたこととはいえ、今思えばかなりの急展開だったな、と思う。


 時計を見る。時間は夜の八時を過ぎたところ。

 ベッドから降り、窓のカーテンを開けると、外は外出禁止のための電磁バリアが展開されていた。


 これは人間が触れると電気ショックを受けたような激痛が全身に走るだけでなく、光学的、音響的にも外界と隔絶される。つまり、バリアの外を見ることも、バリアの外で響く音を聞くこともできない。


 始めは【夜禁法】を守らせるために展開されたものだと颯真は思っていたが、誠一に説明されてその考えは変わった。


 【あのものたち】は特定の周波数の電磁波を極端に嫌うらしい。電磁バリアはその周波数の電磁波も投射しており、【あのものたち】が民家に近づかないようにしているという。


 つまり、電磁バリアは法律を守らせるため、もあるが、それ以上に街の住民を【あのものたち】から守るために設置されている。バリアの外を見せないのも【あのものたち】が街を闊歩するのを見た住人がパニックを起こすのを防ぐためなのだろう。

 カーテンを閉め、颯真が再びベッドに寝転がる。


「【ナイトウォッチ】か……」


 冬希に助けられて初めて聞いた組織の名前。恐らくはこれも住人をパニックに陥らせないために伏せられたものなのだろう。


 ナイトウォッチ、すなわち「夜警」。

 夜間に公共の場所や街中を回って火事や犯罪を防ぐための行動、そしてそれを行う人々。


 確かに【ナイトウォッチ】は「夜警」の名にふさわしい組織と言える。

 夜を闊歩する【あのものたち】から人々を守る、夜警。

 誠一は颯真に「可能性がある」と言っていた。「誰よりも強い魂がある」とも言った。


 しかし、冬希の言葉を借りれば颯真の魂は計測することができない。

 颯真は自分が誰をも圧倒するような力の持ち主ではない、と思っていた。いくら腕力と魂の強さが比例しないと言われても腕っぷしは強い方でもないし、誠一との試合も誠一が魂技を開放していたらあっさり負けたのではないか、とすら思っている。


 ただ、それでも一つだけ信じるものがあるとすれば、それは「可能性」だ。

 竜一によって生まれてすぐにチップ、それも量産品よりもはるかに強力な「原型チップ二号」を埋め込まれているのだ。竜一が「このチップを埋め込むにふさわしい」と思ったほどの可能性を秘めていると考えれば。


 とはいえ、その可能性が何なのかはまだ誰も分かっていない。

 もしかすると誠一は知っている可能性もあるが、聞いても意味はない、と颯真は考えていた。

 「可能性」は自分で見つけ出すもの。他人に言われたところで自分がそれを認識できなければそれは可能性ですらない。

 だから、颯真は誠一に敢えて質問しなかった。必要な時になれば分かるだろう、と。


「……可能性、か……」


 口に出して呟く。それが、【あのものたち】と戦う上でどのような効果を生み出すだろう、かと。

 と、その時、枕元に投げ出した携帯端末が着信を知らせてきた。

 手を伸ばして携帯端末を取り、応答ボタンをタップする。


《もしもし? 颯真君?》

「……恵子さん」


 声が聞こえた瞬間、颯真ががばりと体を起こす。

 電話をかけてきたのは颯真の養母、佐藤さとう恵子けいこだった。

 夫の智明ともあきと長期の休暇を取って世界を回る、と世界各国を飛び回っている。

 今はどこにいるんだろう、と思いながら颯真は口を開いた。


「どうしたの、こんな時間に」

《ふふふ、時差って怖いわねー。こっちはまだ昼間なの。颯真君、ご飯ちゃんと食べた?》


 看護師をしている恵子、颯真の体調は気になるところらしい。

 颯真が「大丈夫、ちゃんと食べた」と答えると、恵子はうふふ、と笑った。


《颯真君、育ち盛りなんだからしっかり食べるのよ》

「成長期はもう過ぎたと思うけど……」


 そう答えると、恵子が携帯端末を渡したのか、今度は智明の声が聞こえてくる。


《おう颯真、元気にしてるか?》

「うん、こっちは元気だよ」

《こっちは太陽がまぶしいよ。颯真にもこの景色はリアルで見せたいところだ》


 あ、後で写真送るから、と智明が続け、それから颯真の学校の話など、無難な会話が続く。

 暫く他愛もない会話を続けていると。


《颯真、何かあったのか?》


 不意に、智明がそんなことを言い出した。


「え、急に何を」


 何もなかったわけではない。【ナイトウォッチ】に入隊することを決めた。

 これは二人に伝えなければいけないことだったが、どうやって切り出そうかと颯真は考えているところだった。

 ちょうどいい、と颯真が一つ息を吐く。


「智明さん、恵子さん、僕……【ナイトウォッチ】に入ることにした」

《【ナイトウォッチ】?》


 通話の向こうで智明と恵子の声が重なる。


《それは……》

「【夜禁法】の範囲から外れて、夜の街を守る国の組織」


 颯真がざっくりと説明する。

 その説明を聞いた智明はそうか、と呟いた。


《誠一君に言われたのか?》

「あ――」


 そうだ、誠一は養父母のことを知っていた。確か、古くからの知り合いと言っていたか。

 そう納得し、颯真は首を横に振る。


「ううん、僕が、自分で決めた」

《自分で、か》

「うん、僕には『可能性』があるらしい」


 確かに、可能性があるとは言われたが、そう言われたから入隊を決めたわけではない。

 自分に力があることを実感し、その力を人々の役に立てたいと、入隊を決めた。

 それを止めるような二人ではないと思ったが、もし止められたとしても引かない、と颯真は考えていた。


《そうか、自分で道を選んだか》


 そう言った智明の声は、嬉しそうだた。


《引っ込み思案で、人と関わりたくない、という雰囲気を醸し出していたお前が、人のために働くというのなら、それは止めたりしない。思う存分、頑張ればいい》

《そうよ。自分で決めたことだから、後悔していないんでしょう?》


 智明と恵子が口々に言う。

 ああ、なんていい人たちなんだろう、と颯真は思った。


 佐藤夫妻に出会うまでは竜一の遺産を目当てにした家族や、颯真を気持ち悪いものとして見る家族のもとを転々としていたのだ。人が信じられなくなってきたところで出会った佐藤夫妻は颯真に真摯に向き合い、一人の人間として対等に接してくれた。

 その二人の愛情も、きっと今回の決断に至ったのだ、と思う。


「智明さん、恵子さん、僕、頑張るよ」


 颯真がそう言うと、端末の向こうで、海を渡った遠い地で、二人が朗らかに笑う。


《颯真ならきっとできるさ。誠一君に会ったのならきっと悪いようにはしないだろうしな》

《ええ、誠一さんなら信用できるわね》


 二人がそう言うのなら、誠一は本当に信用できるだろう。

 うん、と颯真が再び頷く。


「ありがとう」

《それじゃ、風邪ひかないようにするんだぞ》

《ええ、しっかり休みなさい》


 その言葉を最後に通話が途切れる。

 再びベッドに倒れ込み、颯真は天井を見上げた。

 二人が励ましてくれたことで颯真の心ははっきりと決まった。


 自分ならきっとできる。

 期待に応えなければ、という考えもあるにはあったが、考えすぎれば深みにはまる。


 自分にできることを、精一杯する。

 そう考えるうち、颯真はいつしか眠りに落ちていった。

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