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第13話「よるののろい」

「なかなかやるな。これは鍛えがいがありそうだ」


 コフィンから出てきた颯真にスポーツドリンクのペットボトルを手渡しながら誠一が満足げに頷いている。


「本当に、僕にできるんでしょうか」


 先程、自分に「僕にはできる」と言い聞かせたものの、颯真にはまだ不安があった。


 基本的な力の使い方は何となく分かった。とはいえ、自分に埋め込まれている「チップ」というものが単に魂の可能性を引き出して【あのものたち】に対する攻撃力にするだけとは思えない。実際のところ、冬希はあの魂の光を増幅し、飛ばして攻撃していた。


 訓練すれば自分にもできるだろうが、早く冬希に追いつきたい。冬希と並んで戦いたい。

 そんな思いが颯真にはあった。


「ははは、早まるな早まるな」


 颯真の顔にわずかに焦りがあることを見て取った誠一が笑って颯真の肩を叩く。


「颯真君、君には素質があるが、焦っていてはそれを十二分に引き出せないぞ」

「でも!」


 早くみんなの役に立ちたいんです、と言う颯真に、誠一が再び苦笑する。


「そもそも敵も【ナイトウォッチ】もよく分かっていないのに戦っても食われるだけだぞ。まずは、敵を、そして味方を知るところからだ」


 まぁ、焦る気持ちも分かるがな、と言いながら誠一は道場の隅の休憩スペースを指さす。


「冬希君は暫く特訓するらしいからね、出てくるまでは【ナイトウォッチ】や【あのものたち】について詳しく説明しようか」


 それから改めて訓練メニューとかを考えよう、と誠一は提案した。


「そうですね」


 焦っていても仕方ない。誠一の言う通り、敵を知り、味方を知り、そして着実に進むことが実力をつけるための最短コースとなる。

 スポーツドリンクのペットボトルを手に、颯真は休憩スペースのベンチに腰掛けた。


「【あのものたち】については昨日既に説明したな。今日は【ナイトウォッチ】について、それからチップについてももう少し詳しく説明しておこうか」


 はい、と颯真が頷く。

 【あのものたち】については昨日の説明で大体分かった。【ナイトウォッチ】も夜の治安を守るのではなく、【あのものたち】と戦う組織であるという程度には理解している。

 誠一が颯真の前にホログラムスクリーンを展開する。


「まず、【ナイトウォッチ】は【夜禁法】が施行された二〇五四年に発足した。竜一が『魂魄共鳴増幅チップ』――通称『チップ』を実用化し、それを埋め込む技術も確立したからね」


 ホログラムスクリーンに映し出される【ナイトウォッチ】設立からの年表。


「私はその時の初期メンバーとして【ナイトウォッチ】に入隊した。竜一とはそれ以前から交流があったが、その時に正式に護衛を任され、チップを埋め込まれた」


 誠一の言葉に、そうまがえっと声を上げる。

 誠一の話で感じる矛盾。そんなことがあるはずないだろう、という疑問。


「ちょっと待ってください、神谷さんって、僕とあまり変わらないように――」


 颯真が、初めて誠一と言葉を交わしたときのことを思い出す。そして、誠一を見る。

 誠一の外見は颯真より数歳程度年上に見えるものだった。その割に、大人びた口調だったり、【夜禁法】以前のことをさも知っているかのように話をしていたし、その点はずっと疑問に思っていた。


 やはり、誠一の話には矛盾がある。外見から推定される年齢と、誠一自身が体験したという内容が噛み合わない。

 それで誠一が詐欺師であるとか、信用に値しない人間だとは思わなかったが、誠一の外見は実は実年齢と乖離しているのではないか、とふと思う。


 そこにどのような技術が使われているのかは分からないが、自然の摂理に従った年齢の重ね方をしていないことだけは感じ取ることができる。


 そんな颯真の疑問に気づいたのだろう、誠一が苦笑した。


「ああ、君が何の疑問も口にしないから『そういうもの』として受け入れているのかと思っていたよ」

「神谷さんって、実際は……何歳なんですか」


 これが女性に対してだったら確実に怒りを買う質問。だが、誠一はそれに対して再び苦笑で返す。


「もう、年齢なんて関係ないとは思うが――アラフィフに片脚を突っ込んでいるよ」

「え」


 颯真が言葉に詰まる。

 【夜禁法】施行前の夜の街を知っているとは思ったが、まさかその世代だったとは。


 颯真の父、竜一の護衛をしていたと言っていたが、竜一は颯真が生まれた年に死んでいる。その時点で誠一は既にある程度の年齢に達していたことになるが、まさか既に五十近い年齢だったとは。


 それにしても外見はどう見ても二十歳に届くか届かないかというところである。

 一体何が誠一を若く保っているのかと考え、颯真は一つの考えに行き着いた。


「まさか――」


 一つだけ、考えられるものがある。チップだ。

 チップを埋め込んだ代償、いや、この場合は見返りだろうか、とにかくチップの機能で誠一は不老になったのではないか、と考えてみる。


「……チップ……」

「そうだ。私に埋め込まれたチップが、私をその時の姿のままでいさせてくれる。正直、真っ当に老化していれば今ごろもっと渋いイケオジになっていたと思うんだがなあ」


 ははは、と誠一が笑う。

 その笑いに後悔や嫌悪がないことに、颯真はほっとした。

 誠一はなんだかんだ言って、今の姿で充実しているのだ、と。


「イケオジですか……。確かに、神谷さん、年をとった方が堂々としてそうな気がします」

「お、言うねえ」


 再び誠一が笑う。

 颯真もつられて笑ったが、その心の内にはほんの少し不安があった。


 自分には生まれた時からチップが埋め込まれているという。何も知らずにここまで成長したが、もしかして魂技ちからを解放したことになり、自分もここで成長が止まってしまうのではないかと。

 同じく、冬希もこのままの姿で生き続けることになるのかと。


 いや、考えようによってはこの状況は美味しいかもしれない。いつまでも若い姿のままで冬希といい雰囲気に――。


「颯真君?」


 誠一が颯真の顔を覗き込む。


「は、はいっ!」


 考えを見透かされたような気がして、颯真の声が裏返る。


「もしかして、自分や冬希君も同じように不老になると思ったのか?」


 見透かされていた。


「え、いや、それは」

「ははは、健全な男子だなあ君は」


 そう笑った後、真顔に戻り、誠一はそうだな、と呟いた。


「私がこの姿なのは、私に埋め込まれたチップが特別なものだからな」


 特別なもの? と颯真が繰り返す。


「ああ、竜一が作り出した最初のチップ、『原型チップ一号』と呼ばれるものが私には埋め込まれている。私の中に宿る魂が適合したらしいが、それでもその代償として私は老いることがなくなった。同期が次々引退していく中、私だけ今だに現役だよ」

「それじゃあ、僕たちは」

「いや、冬希君は大丈夫だろうが、君はどうだろうな」


 意味ありげな誠一の言葉。

 どういうこと、と颯真が誠一を見る。


「君には生まれてすぐにチップが埋め込まれたと言っただろう。つまり――君に埋め込まれたものも『特別』なものなんだよ」

「え――」


 声に詰まるものの、颯真はすぐに理解する。

 竜一が自分を「希望」として未来を託すのであれば、量産品を使うはずがない。

 ああ、と誠一が頷いた。


「『原型チップ二号』。それが君に埋め込まれたチップの正体だ」


 誠一の言葉に、颯真の唇が震える。


「原型チップ……二号」


 やっとのことで出せた声がそれだった。


「『原型チップ』と呼ばれるチップは量産品に比べて装着者を選ぶ。より強い魂、より強い可能性を持つ者に埋め込まれる。竜一は、見つけたんだろうな、君により強い可能性を」


 そう言い、誠一は慈しむような目で颯真を見た。

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