「ふーむ」
テストの結果を見ながら誠一が呟く。
「体力面だけで言えば良くも悪くも『普通』だが、一般人としてごく当たり前に生きてたんだ、当たり前だよ」
「でも……。もう少し、鍛えてたら、よかったです」
体力測定を終え、肩で息をしながら床に座り込む颯真が悔しそうに唸る。
「冬希さんは全然疲れてるように、見えない……」
「訓練で鍛えているからな」
涼しげな顔で、息一つ乱さぬ冬希が、どことなくドヤっているように見えてほんの少しだけ腹立たしい。
苛立つというよりは「そのうち見返してやる」という意識の方が強かったが、それに気付いた瞬間、颯真は苦笑した。
自分にこんな対抗心があったとは、それを気づかせてくれる冬希さんはやっぱりすごいな、と。
「さて、少し休憩したら実戦テストだ。体力等のデータは取れたからそれを元にVR空間で【あのものたち】のダミーと戦ってもらう」
「VR空間で?」
颯真の言葉に、誠一がああ、と頷いた。
「いくら人間相手に訓練をしても、いざ【あのものたち】を前にして動けなかったら意味がないからね。だから【ナイトウォッチ】の実戦訓練はVR空間に再現された【あのものたち】との戦いになる。まぁ、今回は君の素質を測るためのテストだからそこまで気負わなくてもいい、殺されても不合格にはしないよ」
流石に、ヴァーチャルであったとしても殺されるのは嫌だ、と颯真が身震いする。
特殊な設備で行う
颯真も高義に無理やり連れられてVRゲームを体験したことがあるが、そのリアルさに驚いたものだ。
とはいえ、VRには様々な制限がある。
例えば、ダメージを負うようなゲームでは、痛覚は可能な限り遮断する、など——。
VRで痛みを伴うダメージを受けた際、外傷はなくとも脳が現実のダメージと誤認し、最悪の場合ショック死することがある、というのが理由ではあるが、その点は【ナイトウォッチ】はどうなっているのだろうか。
命を懸けた戦いに赴くための訓練だからVR設備も恐らくはアミューズメント施設のものよりもはるかに高性能なものだろう。また、実際の戦いでダメージを受ける可能性を考えれば
【ナイトウォッチ】に入隊することを決めた颯真ではあったが、その訓練はどうなるのだろう、と考えていた。
「ああ、テストだからペインコントロールは最高レベルに上げておく。ダメージを受けたとしてもデコピンを喰らった程度で済むよ」
颯真の心配に気付いたか、誠一が指を弾いて見せながら説明する。
「じゃあ、この
誠一に案内され、道場の一角に据えられた一室に入った颯真が部屋に置かれた四つのカプセルを見る。
コフィンと呼ばれたカプセルに入り、
コフィンの一つに入り、颯真が天井を見上げる。
蓋となる扉が閉まり、目の部分にゴーグル状の機械が降りてきたのを確認して、颯真は目を閉じた。
【
【
そんな文字列が颯真の目の前に浮かび上がり、パーティクルと共に消えていく。
漆黒に光のグリッドラインが浮かび上がる空間が、塗り替えられるように夜の街並みへと書き換えられていく。
その目の前、少し離れたところに不定形の、闇が集まったかのような
《まずはお手並み拝見と行こう。そいつを倒してみてくれ。武器はメニューからストレージを開けば選択できる。メニューの開き方は分かるかな?》
チュートリアルだとばかりに誠一が声をかけてくる。
メニューの開き方は分かる。各VRシステムのシステムUIは規格化されており、同じ操作でメニューを開くことができる。
大丈夫です、と颯真が空中に指を走らせ、メニューを開き、ストレージをタップする。
そこには剣やナイフといった近接武器から銃火器といった中・長距離武器まで取り揃えられていた。
とはいえ、武器を手にしたことがない颯真にとってどれが使いやすいか、など分からない。
とりあえずは、と颯真はあの夜、冬希が手にしていたカーボンファイバー製の直刃の刀を手に取った。
刀であれば一応は棒きれや木刀を振り回している、多少は扱えるだろう。
刀を構え、集中する。
昨日の誠一との試合で何となく理解した。
この光は、自分の意志に応じ、音声認識によって現れる、と。
「【
言葉を解放すると、颯真の全身が淡い金色の光で包まれ、刀も包まれた光で光り輝く。
《もうそのレベルで魂技を使うことができるのか、すごいな》
誠一の声を聞き流し、颯真は地面を蹴った。
前もって測定した体力を反映させた結果だろう、全身に掛かる負荷に違和感はない。
颯真が刀を振り上げ、ダミーの【あのものたち】に振り下ろす。
【あのものたち】も闇を固化させたような爪で応戦するが、それを刀で振り払い、両断する。
《やるな! 次!》
今度は複数の【あのものたち】が現れる。
左右に分かれて挟撃してくる【あのものたち】に、どちらを優先すべきか一瞬悩む。
それでも、片方の爪を刀で弾き、横へ跳ぶことでもう片方の爪を回避した。
回避しながらちら、と同じくログインしている冬希を見る。
冬希は少し離れたところで颯真を見ていた。
よほどのことにならない限り手助けはしない、ということだろう。
だとしたら自分一人でこの場を切り抜けなければいけない。
——できるか?
いや、できるかできないかではない。やるかやらないかだ。
そしてここで「やらない」という選択肢はない。
行くぞ、と颯真は自分を叱咤し、再び地を蹴った。
一体ずつ確実に仕留めて、冬希にも誠一にも自分ができるということを証明したい。
金色の光に包まれている間は何故か体が軽く、普段より素早く、鋭く動くことができる。
「こん、のぉっ!」
まずは、と接近した【あのものたち】に刀を振り下ろす。
構えも何もなっていない、力任せに叩き落しただけの攻撃だが、【あのものたち】の爪を打ち砕き、両断する。
「次!」
振り向きざまに刀を一閃。
颯真の後ろに迫っていた【あのものたち】が横薙ぎに両断される。
《そこまで!》
颯真が二体の【あのものたち】を両断したことで、誠一が終了を告げる。
《なかなか筋がいいな。これなら、少し訓練しただけですぐに現場に立てるかもしれないな》
颯真の戦闘データを見た誠一が、驚きを隠せずそう言った。
《よし、颯真君はとりあえず戻ってきてくれ。冬希君は——このまま訓練していくか?》
誠一が、颯真から少し離れた後ろでウォーミングアップするかのように身体を動かす冬希に言う。
「はい、私は少しトレーニングをしていきます」
《分かった、それなら颯真君、詳しいことはこちらで話そうか》
分かりました、と颯真が頷き、再びメニューを開いてログアウトを選択する。
ログインする時と逆の動きで風景が切り替わり、そしてコフィンの扉が開く。
「……ふぅ」
体を起こし、颯真が小さく息を吐いた。
「なかなかやるな、颯真君。いいデータが取れたから、それを見ながら色々説明させてもらうよ」
そう言い、誠一は手にしていたタブレット端末をひらひらと振って颯真に見せた。
「……」
颯真がふと自分の掌に視線を落とす。
いくらテストとはいえ、自分でも驚く動きができた。
これが、自分に埋め込まれているチップとやらの力なのか、とふと思う。
この力があれば、きっと。
「……うん、大丈夫、僕ならできる」
そう呟き、颯真はコフィンから出て、ちら、と冬希が入っているコフィンを見てから、誠一のもとに歩みを進めた。