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第11話「よるのささやき」

「あ――」


 最初、誠一は自分がどこにいるのか分からなかった。

 だが、すぐにここが自室で、既に夜が明けていて、朝日が窓から差し込んでいることに気付く。


「夢、か……」


 颯真と竜一のことを考えて眠れなかったと思っていたが、いつの間にか眠っていたらしい。


 夢での竜一との会話を思い出す。

 竜一は「勝ち筋が見えるのならベットしろ」と言った。

 颯真はその期待に応えられないほど弱くない、と。


 できるのか、と誠一は呟く。

 呟いたが、誠一の心は決まっていた。


「分かった、竜一。私に任せてくれ」


 『颯真を信じ、君が信じたままに育ててくれ』という竜一の言葉が脳裏によみがえる。


 大丈夫だ、自分ならできる。

 自分に埋め込まれたチップ可能性なら、きっと。

 そう思い、誠一はベッドを降りた。



「おはようございます」


 颯真が冬希に案内されてダイニングに顔を出す。


「おお、おはよう。さあ、朝食はできている」


 誠一がそう声をかけると、二人は頷いてテーブルに着いた。


「颯真君、君は厳しくしごかれる覚悟はあるか?」


 颯真が席に着くなり、誠一がそう問いかける。


「え?」


 突然の言葉に、颯真が思わず声を上げる。


「神谷さん、それって……」


 誠一の言葉の意図を察したのか、冬希も声を上げる。

 ああ、と誠一が力強く頷いた。


「昨日は悪かった。だが、一晩寝て考え直したよ。君はやはり私が育てた方がいい」


 そう言って、少し思い上がった発言だったかな、と思いつつも誠一はもう一度力強く頷いた。


「もし君が昨日の言葉を撤回しない、【ナイトウォッチ】として戦いたいと言うのなら私が力を貸そう。君ならきっと、誰よりも強い戦士になる」

「神谷さん……」


 颯真の顔つきが引き締まったものに変わっていく。


「分かりました、よろしくお願いします!」


 席を立ち、颯真は誠一に向かって深々と礼をした。


「ははは、そこまでされることじゃないよ」


 そう言いながらも誠一の頭の中では既に颯真のトレーニングメニューの構築が始まっていた。

 まずはこれか、いや、これかと頭の中でぐるぐるとトレーニングの項目が回っていく。


「どうする颯真君、確か君のご両親は現在長期旅行中だったよな。そして今日は土曜日、学校も休みだ。軽く慣らしていくか?」

「えっ、あ、はい、そうですね」


 もう訓練が始まるのか、と颯真が顔を引き締める。


「あ、でもその前に……午前中に行きたいところがあるんですが、いいですか?」


 颯真のその言葉が、少し緊張している。

 どうかしたのか、と思いつつも誠一は頷いた。

 颯真が何かをしたいというのであれば、それを妨げる権利は誠一にはない。あるとすればそれは法に違反するようなことや他人に迷惑をかけることくらいだ。


「ああ、行っておいで。私はトレーニングメニューを作っているし、ちょうどいいだろう。あ、冬希君」

「はい」


 急に話を振られ、冬希が誠一を見る。


「本部から新しい戦闘服が届いている。後で確認しておきなさい」

「分かりました」


 会話はそこで途切れ、三人は黙々と朝食を摂る。


「……では、行ってきます」


 朝食を終えた颯真が、身支度を整え出かけていく。


「……神谷さん、」


 颯真を見送った冬希が誠一を見る。


「昨日はあれだけ『本部に鍛えてもらう』と言っていたのに、何故ですか」


 その疑問は必ず投げかけてくるだろう、と思っていた誠一はにやり、と笑った。


「人間、誰しも気まぐれなものなんだよ」


 そう言い、誠一は、


「君にも心配をかけたね、だがもう大丈夫だ」


 そう、謝罪した。



 颯真が誠一の元に戻ったのは、誠一が思っていたよりもかなり早い時間だった。


「早かったな」


 そう言って出迎えた誠一がはっとしたように颯真を見る。


「颯真君、君――」

「ああ、南、戻って――」


 誠一に続いて颯真を出迎えた冬希も硬直する。


「あ、あの……」


 なんか変ですか? とおずおずと尋ねる颯真は出かける前に比べてスッキリとした見た目になっていた。

 特に、目元を隠すかのように伸ばしていた前髪が短く刈られ、その目を露にしている。


 颯真の目は決意に燃えていた。

 もう逃げない、誰が何と言おうとも立ち向かう、その決意に誠一と冬希が圧倒される。


 こんな目ができるんだ、昨日の「大切な人を守りたい」という言葉は嘘でも一時的なものでもなかったのだと思わせる。

 態度はまだおどおどしたところがあるかもしれない。だが、それも吹き飛ばしてしまいそうな目力に誠一も冬希も颯真の可能性を確信せざるを得なかった。


 颯真ならできる。もしかすると、新しい風になるかもしれない。

 そんな思いが二人を揺らす。


「男前になったな」


 誠一の言葉に、颯真がはは、と照れ臭そうに笑う。


「僕なりの決意、です。もう、負けたくないから」


 それは高義のような横柄な奴にでも、【あのものたち】でもなく。

 今までの、弱い自分にもう負けたくない、という意思の表れだった。


 確かに腕っぷしではまだ弱いのかもしれない。それでも、冬希や誠一に見せたあの光、あの力はただ腕力で二人を圧倒しただけでなく、颯真自身をも奮い立たせていた。

 この力があるから負けない、ではない。


 自分に、負けたくないという意思が芽生えたからこそ、可能性がそれに応えてくれたのだ、と颯真は思った。

 今までは多くの人間に裏切られ、闇を見せられ、他人と関わってもろくなことはないと思っていた。


 今の両親のもとに身を寄せてから、両親の温かで颯真を一人の人間として認めた対応で、人間なんてどうでもいい、や人間なんて滅びた方がいいんだ、といった過激な思想には至らなかったし、むしろ「他人をもう少し信じてもいいのかもしれない」という考えにはなっていたが、それでも他人と関わることは怖かった。高義のような横暴な人物に絡まれたくない、という思いもあった。


 しかし、今の両親やあの夜の冬希、そして誠一と出会って、颯真の心は変わっていった。

 「自分の意志で、自分の周りも変わっていくのだ」と。


 勿論、颯真一人の力で世界が変わるとは思っていない。

 それでも、颯真自身の周囲の人間関係には影響する、と思った。


 だから、颯真は決めた。

 誰にも強要されず、自分の意志で。

 自分に恥じない生き方をしたい、と。


「僕、もう逃げません。だから、僕を強くしてください」


 きっぱりと、颯真が言い切って誠一を見る。

 昨日の段階で見せていた迷いや戸惑いはどこにもない。

 こんなにも強い目をしているのだ、と誠一は少しだけ驚いた。


 颯真の可能性は昨日の試合で実感している。しかし、それ以上の可能性を予感させる目を、今の颯真はしていた。


「ああ、任せろ。きっと、君を一人前にしてみせる」


 そう言い、誠一は颯真の肩をぽん、と叩いた。


「それじゃあ、早速トレーニング……の前にテストをしようか」

「テスト、ですか?」

「ああ、まずは君のポテンシャルを確認しておきたい」


 そう言って、再び道場に向かう。

 道場でトレーニングウェアに着替えた颯真の隣に、同じようにトレーニングウェアに着替えた冬希が立つ。


「あれ? 瀬名さん?」


 テストをする必要がないだろう冬希が隣に立ったことで、颯真は首をかしげた。


「ああ、私はトレーニングついでに最新のデータを取ってもらおうかと」

「ははは、冬希君も負けず嫌いだね」


 誠一は冬希の意図に気付いたか、苦笑しながら冬希の分の準備を始める。


「どういうこと――え?」


 そこで、颯真も気づいたらしい。


「……瀬名さん?」

「ん? なんだ南」


 相変わらず表情を変えず、冬希が颯真を見る。


「……負けず嫌いなんだね」


 恐らく、冬希は颯真後輩には負けたくない、自分はこれだけできるぞとアピールしたいのだろう。

 そんな負けず嫌いな一面に、颯真も苦笑する。


「うん、負けないよ、瀬名さん」

「……冬希でいい」


 表情は変わっていないが、少々むすぅ、とした口調で冬希が言う。


「いつまでも君に名字で呼ばれているのは、なんか歯がゆいんだ」


 そんな冬希に颯真が再び苦笑する。

 顔には全く出ないのに感情豊かで、負けず嫌いで、真っすぐな冬希が妙に可愛いと思えるし強い人だ、とも思える。


 負けたくない、ということは僕のことを少しは認めてくれたんだろうか、そう思いながら颯真は誠一の指示に従い、テストを開始した。


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