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第10話「よるからゆるす」

「それじゃあ、南は【ナイトウォッチ】に入隊するということでいいんですか」


 冬希が誠一に確認する。

 ああ、と誠一が頷いた。


「だが、颯真君はちゃんと【ナイトウォッチ】本部で訓練を受けた方がいい」


 素質は十分把握した、それなら私が教えるより本部で鍛えた方が効率がいい、と続ける誠一に、冬希は驚いたようだった。


「え、神谷さんは【ナイトウォッチ】の新人を鍛えてるんじゃなかったんですか」


 誠一の言葉に、冬希が反論する。


「まぁ……見どころのある隊員は私のところに連れてこられるがな。だが、颯真君に私が教えられることは何もない、本部に特別メニューを組んでもらった方が、より可能性を引き出せると思う」

「どういうことですか」


 聞き方によっては「颯真は私が教えるほどの価値がない」ともいえる発言。

 先ほど、あれだけ可能性を見せつけて、可能性があると言われて、それで自分にもみんなを助ける力があるのかもしれないと思ったのに、誠一の発言は矛盾しているように聞こえる。


 だが、それ以上に誠一の面持ちに悲痛なものが混じっていることに颯真は気が付いた。

 まるで「颯真の教育はしたくない」、そう言いたげな誠一の表情に何かあったのか、と颯真は考える。


 誠一は竜一のことを懐かしく思っているようだった。しかし、同時に、竜一に対して深い罪の意識を持っているようにも見える。

 確かに誠一は竜一の護衛をしていた、と言っていた。守れなかった、とも。


「僕の訓練ができないって、まさか――」


 父のことがあるのですか、と颯真は尋ねた。

 それに対し、誠一は首を横に振る。


「いや、そういうわけではない。ただ――君の可能性は私には眩しすぎる。やはり、本部で特別に訓練してもらった方がいいと、思う」


 どことなく辛そうな誠一の言葉。

 自分の手で颯真を育て上げたい、しかし自分にはそんな権利はない、そんな雰囲気を感じ取り、颯真は口を閉じた。

 誠一と話して、試合をして、この人に鍛えてもらいたい、と思った。


 それは冬希も鍛えてもらっているらしい、ということからの「一緒に成長できるかもしれない」という期待がなかったかと言えば嘘になるが、冬希ならきっと良き先輩として色々アドバイスしてくれると思っていた。


 それなのに。

 そう思っていたところで、遠くで夜七時をアナウンスする広域放送が聞こえる。


「おや、もうこんな時間か」


 颯真君との試合に熱中していて時間の経過に気付かなかった、と誠一が笑う。


「今から帰宅するのも間に合わないだろう。二人とも、今日は泊まっていきなさい。冬希君は今日、休みになったんだろう?」


 誠一に言われ、冬希がまぁ、と不服そうに頷く。


「あの程度の傷、朱美あけみさんのヒールで回復でしています。万全だと思うのですが」

「戦闘服の替えがないと言われたんだろう? 全く、君は毎回毎回戦闘服を損傷させるから」


 やれやれといった面持ちで言う誠一、それにえっとなる冬希。

 冬希はちら、と颯真を見て、それから相変わらず表情を変えずに両手を振った。


「あ、あの、その、それは」

「ぷっ」


 思わず颯真が噴き出す。


「え、瀬名さん、毎回あの服破いてるの?」

「え、だ、だからそれは」


 表情は変わらずとも、冬希は確実に慌てた様子を見せている。


「……瀬名さんって、意外と考えなしなんだね」

「南!」


 冬希が颯真の肩を両手で掴む。


「き、君は何も聞いてない。いくら私が新米でも、そんな毎回戦闘服を破るなんて――」

「おいおい、口止めか?」


 茶化す誠一。瀬名さんって意外と感情豊かなんだなと考え直す颯真。

 「氷のプリンセス」と言われても、冬希は一人の女の子なのだ。ただ、人知れず戦うという秘密を背負っているだけで。

 それに、女の子には少しくらい秘密があった方が可愛げがあるのよ、と育ての母親が言っていた気もする。


 それだけで、颯真の冬希に対する好感度は大きく上がっていた。


「と、とにかく今の話は全て【ナイトウォッチ】の極秘事項だ! 絶対に! 口外しないこと!!」

「……は、ハイ……」


 冬希の勢いに気おされ、颯真が頷く。


「よろしい」


 そう頷き、冬希は、


「それでは、今日のところはありがたく泊まらせていただきます」


 と、何事もなかったかのように誠一に言った。



 布団の中で、誠一は夕方のことを思い出していた。

 冬希が連れてきた颯真。

 竜一の忘れ形見が、何の因果か自分のもとに戻ってきた。


「……」


 息を吐き、寝返りを打つ。

 颯真は自分で自分に隠された可能性を引き出した。


 竜一が言っていた、「いつか、人類と【あのものたち】に対しての希望となる」言葉が実現する時が来たのだろうか。


 実際のところ、【あのものたち】が夜に現れ、人間を襲う理由は分かっていない。ただ、人類に対しての脅威だから排除しているだけだ。夜に開く通路も何故開くのかすら分かっていない。


 それに対し、竜一は何かしらの仮説を持っていたようだが、そんな彼は死んでしまった。必ず守ると約束していたのに、守れなかった。


「……竜一……君は、私を恨んでいるんだろうな」


 ずっと考えないようにしていた竜一への悔恨が次から次へと浮かんでくる。

 颯真と再会したことで、それが強く出てきてしまった。

 本来なら【ナイトウォッチ】の新人は最初に誠一によって鍛えられることになっている。


 だが、颯真に対してはできない、と思ってしまった。

 竜一が襲撃者によって刺され、応急処置をしても出血が止まらず、冷たくなっていったあの感覚は今でも忘れられない。

 それと同じ罪を、颯真に対しても犯してしまうのではないかと言う恐れが、誠一にはあった。


 【ナイトウォッチ】に入隊した以上、危険は避けられない。実際に【あのものたち】との戦闘で命を落とす隊員もいる。

 それに対しても「自分の訓練が足りていなかったのか」と悔やまれることがあるのだ。颯真の身に何かあった場合、その感情はいつも以上に大きくなるだろう。


 あの、護衛対象ではあったが良き友であった竜一の忘れ形見を、自分の責任で喪いたくない。


「……入隊させるべきでは、なかったのかもしれないな」


 ふと、呟く。

 いくら颯真に可能性があったとしても、【ナイトウォッチ】に入隊させなければ危険からは遠ざけられる。颯真には【あのものたち】の存在を知られたが、それ以上のものを知られずに生きてほしい。


 そう、思ってしまう。


「竜一……君はどう思う?」


 その呟きは闇に消えていくはずだった。

 それなのに。


『らしくないな、誠一』


 声が、聞こえた。

 がばり、と誠一が身体を起こす。


「竜一!?」


 聞こえた声は、明らかに竜一のものだった。

 いや、竜一はいない。もう十年以上も前、颯真が生まれて間もなく死んでいる。


 新手の【あのものたち】の攻撃か、とも思うが、この家周辺は【あのものたち】が嫌う電磁バリアで守られている。入ってくるはずがない。


『久しぶりだな、誠一』


 誠一の目の前で、ぼんやりとした金色の光が人の形を作っていく。


『颯真は自分の意志で戦うことを決めた。お前は、それを拒むのか?』


 竜一の声にはっとする。


「しかし、颯真君は君にとっての希望のはずだ。その可能性を、私は摘んでしまうかもしれない」


 誠一が心の中の恐れを口にする。

 すると、目の前の人影はふっと笑ったようだった。


『らしくないな、以前のお前なら勝ち筋が少しでも見えるなら分の悪い賭けでもベットしたはずだ』

「駄目なんだ、勝ち筋が見えたとしても、私にはその勝利を掴む力がない」


 あの時、君の手を掴めなかったじゃないか、と誠一は呟く。


『そうかな? 手を伸ばしてくれた友がいたというだけで、俺は嬉しかったんだぞ』


 優しくも心強い竜一の言葉。


「君は――私を、恨んでいないのか?」


 思わず、誠一はそう問いかけた。


『何を恨む必要がある? 俺は運が悪かっただけ、お前は運がよかっただけだ。恨む必要なんてどこにもない』


 そう言った金の人影がゆらり、と揺れる。


『だから、前みたいにベットすればいい、その期待に応えられないほど、颯真は弱くないぞ』

「……竜一……」


 恨まれていない、というだけでこんなに心が軽くなるものなのだろうか。

 誠一は、心にのしかかっていたものが溶かされていくような錯覚を覚えた。


 颯真を私の手で育てていいのか。颯真の行く末を見届けていいのか。


「竜一、私は……」

『誠一、俺はお前を信じているんだ。だから、颯真を――』


 金の人影が揺らめき、消えていく。


「竜一!」


 思わず誠一が竜一を呼び止めようとその名を呼び――。

 目を覚ました。

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