「……」
誠一が、床に落ちた木刀と颯真を交互に見る。
「まさか、ここまでとは」
「今の……」
颯真が呆然として呟く。
颯真を包み込んでいた光は、いつの間にか消えていた。
「今のが魂技だ」
誠一が説明し、木刀を拾い上げた。
「魂技って、それなら、本当に南はチップが埋め込まれていると……?」
道場の隅で試合を眺めていた冬希が信じられない、といった面持ちで声を上げる。
「そうだ、颯真君にはチップが埋め込まれているんだよ」
そう言い、誠一が再びタブレット端末を手にして何かを操作すると、颯真の目の前に小さなホログラムウィンドウが展開した。
「これは——」
「
そう言いながら、誠一は説明する。
「冬希君、君はどんな人物がチップを埋め込まれるか分かっているかな?」
「それは、【ナイトウォッチ】に入隊した人が——」
「それなら、【ナイトウォッチ】に入隊できる条件はどうだったかな?」
そう質問され、冬希は考える。
自分が【ナイトウォッチ】に入隊したのは——。
「私が入隊できたのは強い魂の可能性がある、ということでしたが」
「そうだ」
誠一が肯定する。
「チップは強い魂を持つ人間に埋め込まれる。勿論、そこに人間性なども考慮されるがな」
強い魂、と颯真が繰り返す。
僕に、そんな強い魂があるのかと。
勉強はできたとしても体力は人並み程度、喧嘩はしたくないので自分の腕っぷしの強さなど分からない。
そんな自分にそんなものがあるなど、信じられない、と颯真は呟く。
「ははは、魂なんてただ腕っぷしが強ければ強いとは限らないよ」
どういうことだろう、と颯真は首をかしげる。
颯真にとって「強い」とはどちらかと言うと腕っぷしが強い、という印象だった。勿論、「心が強い」や「考え方が強い」という強さがあることも理解している。
それでも、【ナイトウォッチ】で戦うのであれば、腕力がものを言うのではないか、と思っていた。
それとも、いくら腕力が非力であっても、魂技と言うものはそれを補い、さらには増幅させるものなのだろうか。
「魂が強いとか弱いとか、イメージしづらいかもしれないが、結局のところここぞという時に自分をしっかり持てるかどうか、ではないかと私は思っているね。そして颯真君にはその可能性が無限大にある」
「どういうことですか」
やはりイメージしづらいものがある。自分なんていろんな人に流され、関わりたくないと思って、逃げてばかりだったのに、と颯真は思うが、その考えは誠一が否定した。
「普段は流されようが相手に同調しようが構わないんだ。常に自分の意志を持ち続けるのは生きていくうえでも大変なことだからね。だが、どうしても曲げてはいけない時、立ち向かわなければいけない時、そういった時に自分をしっかり保てるのであれば、それは強い武器になる」
それが魂技の基本なんだよ、と誠一は説明した。
「立ち向かわなければいけない時……」
「そう、颯真君はさっきの試合も『負けられない』と強く思っただろう? その思いがチップの力を発動させたのだよ」
なるほど、と颯真が頷く。
しかし、まだ腑に落ちないこともある。
それは自分に「チップが埋め込まれている」ということだ。
脳にチップを埋め込むのであればそれなりの手術的なものも必要だろう。だが、颯真にそんなものを受けた記憶はない。
それとも、誰かが、何かしらの意図をもって、颯真が眠っているときを狙って埋め込んだのだろうか。
「でも、僕にチップが埋め込まれている、って……」
「ああ、それはね」
誠一が笑ってタブレット端末を操作、颯真の前のウィンドウを閉じる。
「竜一が生まれてすぐの君に埋め込んだんだよ」
「え——?」
誠一の言葉が何故か理解できない。
生まれてすぐ、埋め込んだ?
冬希の反応を見る限り、【ナイトウォッチ】に入隊したら埋め込まれると思っていたのに、どういうことだ?
困惑した目で颯真が誠一を見ると、誠一はそうだろうな、と小さく頷いた。
「竜一は、生まれたばかりの君に『可能性がある』と言っていた。人類の未来の可能性、【あのものたち】に対する可能性、そういったものがあると」
「可能性……」
颯真が言葉を繰り返す。
「竜一は言っていたんだ。『颯真には可能性がある。だからいつか来るべき時が来たら、きっと未来を切り開いてくれる』と」
「そんな……」
生まれて間もなく殺されたという父、竜一。
竜一がそんなことを言い、チップを埋め込んだのかと思うと、少し胸が熱くなる。
自分には可能性がある、という言葉は颯真を勇気づけた。
自分が【あのものたち】を全て蹴散らして人類に夜を取り戻す力があるとは思わない。それはただの思い上がりだ。
それでも、【あのものたち】から大切な人を守る力があるかもしれないということは颯真にとって勇気となった。
チップがどういうものかも大体分かった。それがあったから、あの時冬希を守れたことも分かった。
それなら——。
「……あの……」
おずおずと颯真が誠一に声をかける。
「どうしたんだ、颯真君」
「僕に、できるんでしょうか」
【ナイトウォッチ】に入って、大切な人を守りたい。
その可能性があるというのなら。
「【ナイトウォッチ】に入隊したいのか?」
誠一が確認する。
颯真が、小さく頷いた。
「僕に、力があるのなら、僕は大切な人を守りたい。いや、みんなを守りたい」
確かに、颯真は幼いころから大人たちに利用されたりつらく当たられたりすることも多かった。
人間なんてどうでもいいと思うこともあった。
それでも、颯真が「みんなを守りたい」と言ったのは、どこかで人間を信じていたからだ。
人間なんて守るに値する存在じゃない、とは颯真には思えなかった。あの高義たちですら、死んでざまあみろとは思えなかった。
人間には誰しも幸せに生きる権利がある。【あのものたち】にゴミのように殺されていい存在ではない。
だから、戦いたい、と颯真は思った。
可能性があるのなら、みんなの力になれるのなら、そして——父が期待していたのなら。
その期待に、応えたい。
「そうか……」
誠一が小さく呟く。
「まぁ、冬希君からの報告を受けて、君をスカウトする時が来たとは思っていたが……」
そう言って誠一が颯真を見る。
「君が自分の意志で【ナイトウォッチ】に入隊したいと言うのであれば、それを止める権利は誰にもない。君の両親——佐藤夫妻もきっと受け入れてくれるよ」
「えっ」
颯真が驚いたように声を上げる。
「両親を、知って——?」
「ああ、佐藤夫妻とは古くからの付き合いでね。君が佐藤夫妻のところで生活しているのは知っているよ」
だからあの二人はよく知っている、と誠一が笑う。
「だから、気に病むことはない。君が、自分の意志で決めたことなんだからね」
誠一が颯真に歩み寄る。
すっ、と右手を差し出され、颯真はその手を握り返そうとして、自分が防具を付けていることを思い出し、慌てて小手を外し握り返す。
「ようこそ【ナイトウォッチ】へ。君の活躍を、期待しているよ」
握手した誠一の手はとても力強かった。
力強かったが、そこに僅かな迷いがあることに颯真は気が付いた。
颯真が【ナイトウォッチ】に入隊することは上層部の中でも決定事項だったのかもしれない。しかし颯真はそれを打診される前に入隊を決意した。
それに対して、誠一は迷っているのだ、と颯真は何となく思う。
本当は、颯真に何も知らずにいてもらいたかった、何も知らずに生きてもらいたかった、という気持ちが何故か伝わってきたような気がして颯真は誠一の顔を見た。
表面では笑っている。だが、その笑顔はどことなく寂しそうで。
この顔を、見たことがある、と。
記憶には全くない。それなのに、昔、どこかで見たことがある、そんな気がした。
「颯真君」
手を放し、誠一が口を開く。
「これから、辛いことも悲しいこともたくさん経験するかもしれない。それでも、私は——君を、信じているよ」
「はい」
颯真が、誠一を元気づけるかのように力強く頷く。
「僕の力なんて大したことがないかもしれないけど、みんなの力になれるように、頑張ります」
「僕の力『なんて』と言うなよ。君の可能性は無限大なんだから」
そう言い、誠一はもう一度頷いた。