誠一が説明を続ける。
曰く、「昔は夜になったからと言って裏の世界が繋がって【あのものたち】が押し寄せてくることはなかった。だが、ある時を境に裏の世界とつながる力が強まった」と。
なるほど、と颯真は頷く。
確かに【夜禁法】は二〇五四年に制定された。現在が二〇八二年ということを考えると二十八年が経過しているわけで、三十代以降の大人は夜の街を自由に出歩ける時代を知っていた、ということになる。
とはいえ、目の前の誠一はどちらかというと二十代前半に見え、【夜禁法】以前の夜の町など知らないのではないか、と思える。
そう、誠一を眺めている間にも説明は続いていく。
「【ナイトウォッチ】は【あのものたち】から住人を守るために結成された。その結成の引き金となったのが君の父親、竜一なんだ」
「え?」
誠一の年齢について考え込んでいたため、その説明は颯真にとって寝耳に水も同然だった。
突然出てきた父の名に、颯真が驚く。
「父さんが……?」
「ああ、竜一は【あのものたち】に対するカウンターとなるものを研究していた。それが『チップ』と呼ばれるものだ」
「チップ……」
思いもよらなかった展開に颯真はついていけない。
誠一が竜一の護衛をしていた、死なせてしまった、というだけでも驚きなのに、竜一が【あのものたち】と戦うための力を研究していたとなると驚くしかない。
そして思う。
竜一が殺されたのは、その力の研究のためだったのか、と。
少しずつ明かされていく父の過去に、颯真は心臓が高鳴るのを感じた。
もしかして、という期待が胸を過る。
もしかして、そのチップとやらが僕にも埋め込まれているのか、と。
「チップは『魂魄共鳴増幅チップ』が正式名称。人間の脳に埋め込むことでその人間の『魂』がもつ可能性を引き出すことができる」
そう言って、誠一は片手を颯真の目の前に突き出した。
「【
誠一の言葉に反応し、その手を、焔のような赤い光が包み込む。
「人間には——いや、この世界の生物には『魂』というものが存在する。竜一はその魂の可能性を研究し、増幅して【あのものたち】と戦う力を生み出した」
そう言い、誠一は壁に立てかけてあった木刀を二本、手に取った。
そのうちの一本を颯真に手渡す。
「こういうものは実際に体験してみた方がいい。颯真君、手合わせ願えるかな?」
「え?」
突然の申し出に、颯真が素っ頓狂な声を上げる。
「無理です! 僕には何も——」
「だが、君は実際に魂技を使って【あのものたち】と戦った。つまり、素質はあるということだ」
いくらなんでも無理だ、と颯真は思った。
いくら体育の授業で柔道は学んだとしても大抵は他のクラスメイトに投げられてばかり、剣道なんて竹刀を触ったことすらない。
昨夜、【あのものたち】に対して棒状の何かで対抗したものの、ただ闇雲に振り回しただけで型も何もあったものではない。
大丈夫だ、と誠一が笑う。
「勿論、君には防具を付けてもらう。竜一の大切な一人息子に怪我を負わせるほど私も悪趣味じゃないよ」
「いや、そういう問題じゃなくて」
颯真はあの光の出し方が分からなかった。
あの時も無我夢中で、気が付けば光に包まれていただけだ。
それなのに。誠一は「まあまあそう言わずに」と冬希に指示をして颯真に防具を付けていく。
あれよあれよという間に防具を付けられた颯真は誠一に背を押され、板張りの道場に足を踏み込んでいた。
「それでは颯真君——いざ参る!」
「だから待ってください!」
あまりにも強引な誠一に、颯真は声を上げるが誠一は木刀を上段に構えて真っすぐに突っ込んでくる。
見よう見まねで木刀を握り、颯真はそれを受け止めた。
重い衝撃に、手がしびれて木刀を取り落としそうになる。
「く——!」
誠一が巧みな剣さばきで颯真に一太刀浴びせようと木刀を振る。
必死でそれについていきながら、颯真はどうすればいい、と自問した。
その時点で、颯真は自分が誠一の攻撃を全て受け止めていることに気付いていない。
「なかなかやるな颯真君! だが、魂技を使わなければ私に勝てないぞ!」
「そんなこと言っても!」
いくらなんでも無理だ。
相手は手加減しているとはいえ剣道の段くらいは取得しているだろう。それに勝つなど、よほどのチートでも発生しない限りあり得ない。
颯真の小手を狙い、木刀が振り下ろされる。
それを咄嗟に竹刀を振りかぶることで避け、颯真はがら空きになった誠一の面を狙った。
「それは見え見えの手だよ!」
素早く誠一が手首を返し、今度は胴を狙う。
——強い!
誠一が強くて当たり前だろう。家に入る前、冬希が言っていたではないか。
「私の、というか【ナイトウォッチ】の新人が結構世話になる人」と。
【あのものたち】を前にした冬希の刀捌きは洗練されていた。それこそきちんとした師範に師事していたかのように。
その師範が誠一なら納得できる。
いくらでも颯真から一本を取ることができるはずだが、颯真が初心者であることと、一本を取ることが目的ではないから攻め込みは甘い。
逆に、颯真にとって攻め込む隙はいくらでもあるのだが、それはそれで的確にいなされ、決定打を打つことができない。
それでも誠一の攻撃は徐々に激しさを増し、颯真は少しずつ道場の隅へと追い込まれていっていた。
『誠一のやつ——仕方ないな』
不意に、昨夜聞いた声が聞こえてくる。
その声に苦笑が混ざっているような気がして、颯真は「この声の主は神谷さんを知っているのか?」と考える。
「何をぼさっとしている、がら空きだぞ!」
ぱぁん、と小気味よい音が颯真の面から響く。
同時に頭を襲った衝撃にくらり、としつつも颯真は木刀を構え直した。
「お、面を取られても諦めないか。見どころがあるな!」
楽しそうに、誠一が木刀の切っ先を颯真に向ける。
颯真も同じように木刀を構え、どうすればいい、と考えた。
このままただ誠一に打たれて終わるのは嫌だ。何本取られたとしても、誠一から一本奪いたい。
『誠一に勝ちたいか?』
颯真の勝ちたい、という気持ちに声が反応する。
それは、と颯真は頷いた。
——瀬名さんに、いいところを見せたい。
『動機が不純だぞ。だが、気になる女子にいいところを見せたいという気持ちは分かる』
それなら、と声が颯真を導く。
『自分を信じろ。自分の心に、魂に語りかけろ。「勝ちたい」と』
「勝ちたい……」
思わず颯真の口から声が漏れる。
その瞬間、颯真の周りの空気が変わった。
「む——」
一瞬にして張り詰めた空気を纏った颯真に、誠一が木刀を構え直す。
来る、そう思った次の瞬間、颯真が真っすぐ誠一に突っ込んできた。
「はっ!」
それを受け止め、押し返そうとする誠一。
剣道はただ避けるだけが回避ではない。攻めてこそ相手の攻撃を防げるところもある。
それを理解しているかどうかは分からないが、颯真が飛び込んできたことで誠一の攻撃の一手が防がれたのは事実だった。
「うおおおおお!!」
誠一を全身で押しながら颯真が叫ぶ。
同時に、自分自身に「勝たせろ」と語りかける。
——僕は、勝ちたい! この人に!
その思いが、颯真に火をつけた。
『それなら、唱えよ!』
声が聞こえる。
分かってる、と颯真は「その言葉」を口にした。
「【
ぶわり、と炎が立ち上がったような錯覚を誠一は憶えた。
一瞬、炎が広がるような熱が辺りに広がり、
「こん、のおおおおお!!」
颯真の全身が、金色の光に包み込まれた。
ずん、と誠一の木刀に掛けられた力が重くなる。
「く——!」
全身の力でそれを跳ね除け、誠一が一歩下がって距離を取る。
それを逃がさんとばかりに、颯真が再び突っ込んできた。
型も何もない、滅茶苦茶な突進。
だが、颯真が振り下ろした木刀は重く、誠一の手がびりびりと痺れる。
「うおおおおお!!」
再び颯真が叫び、手首を返し、全力で誠一の木刀に力をかける。
その力に、誠一は耐えられなかった。
誠一の手から木刀がはじけ飛ぶ。
カラン、と音を立て、少し離れた場所に木刀が落ちた。