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第7話「よるのつながり」

 放課後。

 颯真が冬希から受け取ったメモの住所にあった場所に到着する。


 場所としては電車で数駅、そこから少し歩いたところにある閑静な住宅街。

 大きな邸宅の門を前に、颯真はどうしよう、と考えていた。


 【夜禁法】や【あのものたち】について興味はある。教えてもらえるかもしれないと思ってここに来た。しかし、いざ来てみると緊張が先に立って「来てよかったのか」という不安が浮かんでくる。


 どうしよう、でもここで帰ったら昨夜のことで逮捕される、そう考えているうちに冬希が歩み寄ってきた。


「ああ、来てくれたか」


 そう言った冬希の声音はほんの少しほっとした雰囲気を孕んでいた。

 冬希とまともに声を交わすようになったのは昨夜からだが、表情こそは変わらないもののその声には様々な感情が出ていることに颯真は気が付いた。


 瀬名さんって意外と感情の起伏が激しい? と場違いなことを考えつつ、颯真が頷く。

 冬希が来たことで、颯真の「来てよかったのか」という不安は吹き飛んでいた。


「ここは?」


 颯真が訊ねる。


「ああ、ここは私の師匠の家。私の、というか【ナイトウォッチ】の新人が結構世話になる人、かな」


 冬希にそう言われ、颯真は門に掲げられた表札を見た。


 「神谷かみや」と書かれた表札。


 その名前を見た瞬間、颯真の心臓がどきりと跳ね上がった。


「っ……!」

「? どうした、南」


 颯真の反応に、冬希が怪訝そうな顔をする。


「……いや、なんでも……ない」


 ふるふると首を振り、颯真は呟くように答えた。

 何故か、この苗字が気にかかる。

 神谷という苗字などありふれているだろうに、どうしてこんなに気になってしまうのだろう。


 知り合いにこの苗字の人間などいないはずだ。それなのに何故か「知っている」と颯真の心が叫ぶ。

 幼いころから何件もの家を転々としてきた颯真。しかし、その全ての家庭を覚えていたが、そこに神谷という家はなかったはずだ。


 戸惑いを見せる颯真を、緊張で挙動不審になっているだけだと判断したか、冬希がインターホンを鳴らす。

 ややあって聞こえる男性の声。


『ああ、冬希君か。鍵を開ける』


 その声の後で門のロックが解除され、ゆっくりと開いていく。


「南、行こう」

「……うん」


 冬希に連れられ、恐る恐る、颯真は敷地に踏み込んだ。

 手入れされた庭を通り、平屋の家の前に立つ。

 すぐに玄関が開き、一人の男が出迎えてくれた。


 見た目は颯真より数歳程度年上の青年だが、身に着けた作務衣と漂わせる雰囲気でずいぶんと大人びているように感じる。


「あ——」


 男を見た瞬間、颯真がどきりとする。


「いらっしゃい、冬希君。彼が君の言っていた……?」


 そう言いながら颯真を見た男も硬直する。


「……颯真……君……?」


 男の言葉に今度は冬希が驚く。


「南を知っているのですか?」


 冬希に訊かれ、男ははっとしたようだった。


「とにかく中に入ってくれ。立ち話もなんだからな」


 そう言い、男は颯真を迎え入れた。

 応接室に通され、来客用のソファを勧められる。

 ソファに座った颯真と冬希の前に紅茶と茶菓子が置かれる。


「久しぶりだな、颯真君」


 二人の向かいに座った男が、開口一番そう言った。


「僕を……知ってるのですか……?」


 「久しぶり」ということはこの男と会ったことがあるのか、と颯真が考えていると、男ははは、と笑った。


「君が小さい頃だったからな、覚えているはずもないか……」


 そう言い、男が姿勢を正す。


「私は神谷誠一せいいち。君のお父さんにはよくしてもらったよ」

「え?」


 驚きの声を挙げたのは颯真ではなく冬希だった。

 男——誠一が、懐かしそうな目で颯真を見る。


「父を……知っているのですか」


 颯真の問いに、誠一が頷く。


「私は君のお父さん——竜一りゅういちの護衛を務めていた。力及ばず、死なせてしまったがな……」

「……」


 颯真も父の死についてはある程度聞かされていた。曰く、「何かを研究していたが、それを良しとしない何者かに殺された」と。


 そんな父、竜一の護衛を務めていたのが誠一とは驚きだが、それなら誠一が颯真を知っているのも無理はないだろう。


 とはいえ、出会ったのは本当に小さい子供の頃だったはずだ。高校生になった颯真を一目見て気付けるものなのか。


 そんなことを考えつつも、颯真が誠一を見る。

 誠一は紅茶を飲みながら冬希に声をかけていた。


「そういえば、本部に『チップもなしに魂技を使った人物がいた』という報告をしたそうで。本部から連絡を受け、もしや……とは思っていたが、颯真君がそうなのか?」

「はい。私の目の前で魂技を使いました。しかも、かなりの出力のものを」


 冬希が頷きながら説明する。

 その説明を聞いた誠一が、納得したように頷いた。


「そうか、颯真君が『目覚めた』か……」

「目覚める?」


 思いもよらぬ誠一の言葉に、颯真が首をかしげる。

 誠一が、颯真を見て一つ頷いた。


「ああ、颯真君、君は——生まれた時からチップを埋め込まれているからね」

「生まれた時からチップを!? そんなことが——」


 冬希が驚いて颯真を見る。

 颯真はというと誠一の言葉の意味が分からず、冬希が驚いた理由も分からず、呆然としている。


「どういうことですか?」


 颯真の質問に、誠一は大体の事情を把握したらしい。


「……そうだな、君は知っているはずがないか——。しかし、教えるべき時が来たのかもしれない」


 誠一がソファから立ち上がる。


「来たまえ。説明するにはここでは設備が少なすぎる」


 誠一の言葉に冬希が立ち上がり、それを見た颯真も慌てて立ち上がる。

 誠一が廊下を抜け、離れの建物に二人を連れていく。


 その建物は、道場が併設されたトレーニングジムのようだったが、設備は颯真が全く見たこともないものだった。

 部屋の奥に入り、誠一がタブレット端末のようなものを手に取る。


「今回、君が【夜禁法】を犯したのは必然だったのかもしれないな」


 そんなことを言いながら誠一がタブレット端末を操作すると、颯真と冬希の前にホログラム状のスクリーンが浮かび上がった。


「君は【あのものたち】を見たのだろう?」


 誠一の問いに、颯真が小さく頷く。


「その前に、一つ説明しておくことがある。この世界は、一つではない」

「一つではない……?」


 突然の話に、颯真がついていけない。

 世界が一つではない、それは異世界が存在する、ということなのだろうか。

 誠一が説明する。


「この世界は鏡映しのような構造になっている。仮に、我々がいるこの世界を『表の世界』と呼ぶなら、その世界は『裏の世界』と呼んでもいいだろう」


 目の前のスクリーンに、鏡合わせになった二つの地球のモデル図が浮かび上がる。


「本来、二つの世界は鏡映しで存在するだけで、互いに干渉することはない。だが、特定の条件を満たせば二つの世界は接触する」

「まさか、その条件って——」


 いくら鈍くても気が付くだろう。特に、【あのものたち】を見ていれば。

 ああ、と誠一が頷く。


「二つの世界が接触する条件、それが——夜、だ」


 颯真の予想通りの答えが返ってくる。

 夜が、二つの世界を繋ぐ。

 つまり、夜になると現れる【あのものたち】は——。


「裏の世界の住人が、【あのものたち】……?」


 恐る恐る颯真が尋ねる。

 颯真の質問に、誠一は、


「ああ、その通りだ」


 肯定した。


「【あのものたち】は夜になると開かれる二つの世界を繋ぐ『通路』を通ってこちらの世界に現れる。夜が明けると裏の世界へと帰っていくが、今、この世界の夜は【あのものたち】に支配されているも同然となっている」


 スクリーンに映し出される通路の模式図。そして【あのものたち】の立体映像。


「【夜禁法】は【あのものたち】から人類を守るために制定された。同時に、【ナイトウォッチ】も設立された」

「【ナイトウォッチ】は【あのものたち】から人類を守るために存在するんですね」


 ここまで説明されれば、大まかな状況が理解できる。

 【あのものたち】は人間に太刀打ちできる存在ではない。並の武器ではただすり抜けるだけでダメージを与えることはできない。


 しかし、冬希が使っていた刀に纏った蒼白い光や颯真の腕を包み込んだ金色の光は【あのものたち】を撃退した。

 それを考えると、【ナイトウォッチ】はこの光を操れる集団なのだろう、と颯真は理解した。


 そして思う。

 冬希が颯真を通報せずに一度解放したのは、颯真を誠一に会わせて【ナイトウォッチ】の一員にしたいと思ったからではないのか、と。

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