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第6話「よるからのいざない」

 午前の授業終了のベルと同時にざわめく教室。

 颯真もコンビニで購入した昼食が入った袋を手に、立ち上がった。


 その颯真をちら、と冬希が見る。

 「私もすぐ行く」という意思表示だと気づき、颯真は小さく頷いて屋上に向かった。


 この学校の屋上は昼休みに限り解放されている。

 そのため、何組かのグループが屋上の思い思いの場所に座って談笑しながら昼食を摂っていた。


 颯真も、屋上の中で比較的人気がない隅を探し、腰を下ろす。

 お昼ご飯を先に食べてしまおうか、もう少し待っていた方がいいか、と考えていたら冬希が来る。


「こんなところに……と言いたいけど、内緒話をするにはうってつけの位置取りだな」


 そんなことを言いながら、冬希が颯真の隣に腰を下ろし、コンビニの袋からカレーパンと牛乳を取り出す。


「……」


 冬希がパンの袋を開封し、かじる姿をまじまじと見てしまう。


「……? どうした?」


 冬希が不思議そうに颯真を見る。


「あ、いや……カレーパンなんだって」


 何故か、意外だなと思ってしまった颯真が冬希の手の中にあるカレーパンを見る。


「ああ、カレー好きだけど?」


 それがどうしたと言わんばかりの冬希の顔。


「早く食べないと話す時間が無くなる」


 冬希に言われ、颯真も慌ててサンドイッチの封を切り、食べ始めた。

 しばらく無言の昼食タイムが続く。


「君はどうして昨夜あんな所に」


 そう、冬希が言ったのは、二人が昼食を終え、互いにパックの飲み物を飲んでいる時だった。


「あ……」


 始まった、と颯真が身を固くする。


「どうしてって、昨日、温海君に言われて……」

「だと思った」


 冬希としてはただの確認だったのだろう、颯真の答えにため息を一つ。


「昨日の昼、君が温海に絡まれているのは見たけど、夜にあそこに行こうという話だったか……」

「……うん」


 両手で紙パックのオレンジジュースを抱えるように持ち、颯真が頷く。


「行きたくなかったし、【夜禁法】に違反するから駄目だって言ったんだけど、僕の両親がどうなってもいいのかって言われたら行くしかなかったよ」

「あーあー、強要罪まで重ねてたか」


 いくら少年法があったとしてもこれはひどい。

 父親の権威で揉み消せると思ったのだろうが、高義はあまりにも考えなしだった。


「ああそうそう、これは極秘情報なんだけど、温海の父親、息子がバカすぎたせいで失脚しそうだ」

「……え」


 いいのか、そんな極秘情報をペラペラと話して。

 冬希はかなり口が固そうな人物だと思っていたが、その認識は改めた方がいいのか。


「どうせすぐ噂になるし。『極秘情報』ほど世の中に広まりやすいものはない」


 そう言う冬希の顔は相変わらず無表情だったが、その声はほんの少しだけ楽しそうな色を孕んでいることに颯真は気付いた。


 「氷のプリンセス」と呼ばれ、常にクールな冬希ではあるが、結局は一人の女の子なのだ。

 恐らく、女の子扱いすれば相当な制裁が待っているだろうが。


「あ、あの、それで、話って……温海君のこと?」


 冬希がこんな話をするためだけに自分を呼び出すとは思えない。そう思った颯真は本題に入ろうとした。

 ん? と反応した冬希が、違う、と即答する。


「昨夜のこと。あの後、体調とかに問題はない?」


 「あの後」とはあの謎の光で【あのものたち】と戦った後のことだろう。

 特に異変も感じなかった颯真は「大丈夫」と答える。

 あの光は気付けば消えていた。その後気分が悪くなったりもしなかった。


 流石に夜通し逃げて戦って、で疲労はピークに達していたから、布団に入ればすぐに眠ってしまった程度だ。

 あの光は、冬希も使っていたが何かデメリットでもあるのだろうか、と颯真が冬希を見る。


 ぱっと見た感じ、冬希も特に疲労しているようには見えない。自分と違って毎晩戦っているだろうに、その疲れを微塵も見せない冬希のバイタリティが凄い。


 颯真の返事に、それならよかった、と冬希は安心したように呟いた。


「瀬名さん、あの光って何だったの」


 教えてもらえないだろうと思いながらも、颯真は冬希に訊ねた。


 【あのものたち】が【夜禁法】によって秘匿されているのだ、それに対抗する【ナイトウォッチ】も秘匿されているのだからこの光に関しても同じことだろう。


「君のあの光については私も分からない」


 颯真の質問に、冬希が答えになっていない回答をする。


「少なくとも、私の魂技と同じ力を感じるけれど――君にそれが使えるとは思えない」


 だから、と冬希は颯真を見据えた。


「今君をここに呼んだのは温海のことを教えておこうと思ったのと、もう一つ」

「え」


 冬希に見据えられ、颯真の心臓が跳ね上がる。

 冬希の赤い瞳が真っすぐ颯真を射抜く。

 ポケットからメモ用紙を取り出し、冬希はそれを颯真に差し出した。


「放課後に、その住所の場所に来てほしい」


 多分、それで詳しいことが分かる、と冬希は説明した。


「ここに行けば……」

「強制はしないから知りたくなければ来なくてもいい。けれど、そうなると昨夜のことは無視できなくなるから、君を逮捕しないといけないかもしれない」


 どうする? と冬希が訊ねる。

 行かない、という選択肢もある。逮捕されるかもしれないが、何も知らずにただ平和に塀の中の生活を送ることができるかもしれない。


 行けば、今までの生活が崩れるということは何となく分かった。【あのものたち】に抵抗し、戦うことができた颯真がそのまま野放しにされることはないはず。この力は、きっと、誰もが望むもの。


 そう考えてから、颯真は「答えは決まってるじゃないか」と思った。

 颯真は何も知らずに安穏と生きるほど無知ではない。

 【あのものたち】と戦えるかというとそこまでの度胸はなかったが、もし、自分の力で【あのものたち】に対抗できるのなら、抗いたい。


 冬希や両親以外の人間に興味はない。【夜禁法】を破って外に出て【あのものたち】に殺されるならそれは法を破った人たちが悪い、と思う。


 その点では「街の住人を守りたい」という強い意志はなかったが、「冬希や両親を守れるかもしれない」と思ったら戦ってもいい、と思った。


 それに、冬希が教えた住所が【ナイトウォッチ】の本拠地か何かで、【あのものたち】が何か、あの光が何かを教えてもらえるのなら教えてもらいたい。


「勿論、行くよ」


 ほんの少し迷ったが、颯真はそう答えた。

 颯真の答えに、冬希が「そうか」と呟く。


「君ならそう答えると思ったよ。それじゃ、放課後にその住所の場所へ」


 そう言って冬希が牛乳の紙パックを握りつぶし、立ち上がった。


「私も行くけれど、一緒に行けば目立つから、君一人で来て」

「……うん」


 颯真も頷き、立ち上がる。

 時計を見ると間もなく昼休みが終わろうとする時間。

 屋上に来ていた他の生徒たちも教室に戻るべく移動し始めていた。


 その場で冬希と別れ、教室に戻る颯真。


「あれ、颯真お前氷のプリンセスと一緒じゃなかったのかよー」


 朝、颯真と冬希が話していたのを見ていた後ろの席の男子が颯真を茶化すが、それをスルーし、颯真は午後の授業の準備を始めた。

 そのついでに、冬希からもらったメモを開き、携帯端末で住所を検索する。


 その住所は住宅地の真っただ中だった。

 航空写真を見るとかなり大きな邸宅のようだが、これが【ナイトウォッチ】の本拠地だろうか。


 ちら、と冬希の方を見る。

 冬希は自分の席で何人かの女子に囲まれていた。


 常にクールで、人を寄せ付けないような雰囲気を見せている冬希だが、それに惹かれる女子生徒は多いのか休み時間は常にクラスの女子が話しかけている。


 席が離れているため、何を喋っているかは分からなかったが、女子がちらちらと颯真の方に視線を投げていることを考えると後ろの席の男子のように昼休みに颯真と会っていたことについて話しているのかもしれない。


 相変わらずみんなゴシップが好きなんだな、と思いつつ、颯真はノートと教科書を開いて授業が始まるのを待つことにした。

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